創業118年の老舗企業が深海戦略で再成長 心理的安全性が支えた第二創業とDX
(※本記事は「関東経済産業局 公式note」に2026年7月13日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

創業118年の金物店が迎えた「静かなる危機」
株式会社金津屋は、明治41年に新潟県新津市(現秋葉区)にて創業。鍋の穴を修理する「鋳掛屋(いかけや)」として産声を上げ、その後五泉市に移転。時代の変化に合わせて、建材、サッシ、リフォームへと業態を柔軟に変化させてきました。
従業員数24名という限られたリソースでありながら、長年にわたり地域の職人と強固な信頼関係を築き、決算数値は黒字。一見すると順風満帆に見える老舗企業でしたが、水面下では深刻な危機が進行していました。「展示即売会の売上が目標の半分以下に落ち込んだとき、将来への強い不安に襲われました。『決算は黒字、でも未来は赤字。』 先行きが見通せない、暗闇の中を歩いているような感覚でした」(鈴木隆志社長)
伝統があるからこそ、過去の成功体験から抜け出せない──。そんなこう着状態にあった同社に、2021年、新たな風が吹き込みます。
外部視点が見つけた「宝の山」とSNSから見えた「深海」
大阪の大手文具メーカーでの勤務を経て、家業へと戻った鈴木知樹専務。彼が外部の視点から自社を見つめ直したとき、社内では「当たり前」化していたことが、光り輝く「宝の山」に変貌しました。
特に大きな転機となったのが、Instagramによる「高級カスタマイズ腰道具ブランド『KNICKS(ニックス)』」の発信でした。画面の向こうでは、プロの職人たちが自らの道具を誇らしげに見せ合い、熱く語り合う濃密な文化が形成されていました。彼らが求めていたのは、安さではなく「プロとしての品質と誇り」。
激しい価格競争が渦巻く一般的な「浅瀬の市場」とは一線を画す、この深く熱狂的な領域を、同社は「深海市場」と定義したのです。
「逆張り」でニッチを制する「深海戦略」の構造
金津屋が舵を切った「深海戦略」とは、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)を極限まで尖らせた「差別化集中戦略」です。価格競争の激しい「浅瀬」を捨て、品質志向の「深海」にリソースを全集中させる決断を下しました。
その具体策は、綿密なデータ分析と財務戦略の裏付けがあってこそ成立する「圧倒的な在庫による逆張り」です。通常、中小企業において在庫を抱えることは財務リスクとされます。しかし同社は、KNICKSをはじめとする高付加価値商品を戦略的に大量保有することで、「金津屋に行けば必ず手に入る」という独自の強固な価値を創出。この在庫とデータこそが、他社の追随を許さない「水圧(参入障壁)」となりました。
この戦略は、以下の3つの要素が有機的に結合して成り立っています。
また、この大胆な変革は同社単独ではなく、経営・戦略・DX・金融・分析のプロフェッショナルが結集した外部専門家チームとの強固な連携によって、より強固なものへとブラッシュアップされていきました。複数の専門領域が一体となって戦略を支えるという意味を込めて、このチームを『ペンタゴン』と呼んでいます。
「社長、もう限界です」
── 心理的安全性という真のDX
デジタル化と戦略の言語化が進む一方で、最大の壁となったのは「組織の悲鳴」でした。急速なEC事業の拡大に対し、現場を支える若手社員から、
「社長、もう限界です」
という痛切な声が上がったのです。
このとき、経営陣はトップダウンで押し切るのではなく、組織のあり方を根本から変える決断をします。エイミー・エドモンドソン教授が提唱する「心理的安全性」の構築へ舵を切ったのです。そこで経営陣は、「失敗の責任はすべて経営者が負う」というメッセージを明文化し、ハラスメント防止研修の実施と、定期的な組織アンケートの実施を行いました。
「『何を言っても大丈夫だ』という安心感が社内に浸透したとき、組織が見違えるように変わり始めました。現場の社員から『この在庫をもっと増やしたい』『新しい施策を試したい』という自発的な提案が次々と生まれるようになったのです。DXの本質はITツールの導入ではなく、挑戦を支える組織風土の変革にあります。」【鈴木知樹専務の声】
この経験から、同社は「心理的安全性」という土台の上で「深海戦略」が真に駆動することを実感したのです。
これら一連の組織変革とデジタル化への取り組みが評価され、同社は令和8年4月1日に正式に『DX認定事業者』としての認定を取得。
数字が証明する成果と、未来への「老舗の逆襲」
「心理的安全性」という土台の上で「深海戦略」が駆動した結果、同社は着実かつ飛躍的な成長を遂げています。
- EC売上比率:5年前の「0%」から「51%」へ急成長、初めて店舗売上を逆転
- 顧客基盤:新潟から全国47都道府県へ、プロ職人顧客数は1万5千人を突破
- マーケティング効率:広告費用対効果(ROAS)は業界平均4倍の866%
- 業務クオリティ:午前中注文の即日出荷率86.6%
- EC評価サイト(judge me)レビュー数1,150件超、顧客評価平均4.79/5.00満点
売上の中心は、関東圏や大阪などの都市部。新潟のローカルな金物店でありながら、デジタルを武器に全国市場の中核を担う構造を作り上げました。
このようにデジタルと組織変革を武器に全国市場の中核を担う構造を築き上げた同社は、すでに次なる『逆襲』の舞台を見据えています。今後は2028年を目標に、越境ECを通じた海外展開を予定しています。対象は主に台湾などアジアのプロ職人市場であり、日本の工具や腰道具の価値を届けていきます。
同社のビジョンは「世界中のプロが誇りを磨けるデジタル聖地となること」です。
知樹が家業に戻ってきてくれて、正直ほっとした。でも、それ以上に“この会社を次の100年に繋げるのは自分の役目だ”という気持ちが強くなった。老舗であることは重荷ではなく、未来への出発点だ。【鈴木隆志社長の声】
まとめ:「老舗の逆襲」から学ぶ、中小企業変革の5つのポイント
(1) 外部視点の積極的導入:家業に戻った後継者や外部専門家を「伴走者」として活用し、当たり前を「宝の山」として再定義する。
(2) 心理的安全性の組織的構築:トップが「失敗の責任は経営者が負う」と明文化し、研修とアンケートで土台を固める。これがボトムアップのイノベーションを呼ぶ。
(3) 「深海」への集中と逆張り:在庫とデータを「水圧(参入障壁)」に転換する。価格競争の浅瀬を捨て、品質と誇りを重視するニッチに全リソースを集中させる。
(4) データとSNSを「感覚器」として活用:Instagramなどを通じて顧客の深層ニーズを捉え、戦略を継続的にアップデートする。
(5) 外部専門家との「ペンタゴン」連携:経営・戦略・DX・金融・分析の専門家を結集させ、自社だけでは到達しにくい変革を実現する。「(例:在庫戦略を評価し融資へ繋げた地元金融機関など)」
元記事へのリンクはこちら。
- 関東経済産業局 公式note