デザイン会社初の上場企業はなぜ生まれたか 土屋尚史が仕掛けた「常識破り」の3つの戦略

2020年6月、日本のデザイン会社として初めて東証マザーズ(現グロース)に上場したグッドパッチ。創業わずか9年での快挙の背景には、創業者であり社長の土屋尚史氏による業界の常識を覆す3つの戦略があった。UI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス)デザインを軸に、現在は事業共創型モデルへの転換を図る同社の挑戦を追った。

 

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土屋 尚史(グッドパッチ 代表取締役社長 兼 CEO)

大手よりスタートアップ、「投資」としてのデザイン戦略

グッドパッチの土屋氏は、創業時から独自の価値観を貫いてきた。2011年9月の創業直後から、成長可能性の高いスタートアップとの協業を選択した。

最初に手がけたのは、当時大学院生3人が立ち上げたばかりのGunosyだった。初期のプロダクトには改善の余地があったが、土屋氏は松尾・岩澤研究室(通称、松尾研。東京大学の松尾豊教授が主宰する、深層学習を中心としたAI研究で日本を代表する研究室)発のスタートアップによるサービスに秘められた可能性を見出し、無償での支援を決断した。

「最初に見たときはデザインが全く施されていない状態で、改善の余地が大きいと感じました。しかし、サービスとしては非常に大きな可能性を感じました。松尾研出身の人材が集まって作るサービスで、これはもしかしたら日本からGoogleのような企業が生まれるかもしれないと思いました」と、土屋氏は当時を振り返る。

その後、創業期のマネーフォワードのUIデザインも手がけ、両社とも上場企業へと成長を遂げた。

「あれは単なる案件ではなく、私にとって未来への投資でした」。

土屋氏の先見性は、2011年当時わずか4%だったスマートフォン普及率が急拡大する波を的確に捉えていた。2008年のiPhone日本上陸時から「説明書がなくても使える」UIの重要性を確信していた土屋氏は、2011年にサンフランシスコのデザイン会社でインターンとして働いた。

「サンフランシスコのスタートアップが作る初期のサービスが、最初から非常に使いやすいのです。UIが非常に洗練されていて、英語版でありながら日本人でも使える、そういうデザインがされていました。サンフランシスコでは、創業者の中にデザイナーがいて、デザインが重要な差別化要素になっているということを理解して、ビジネスを展開していました。これは将来的に日本でも必ず同じことになるだろうと思いました」。

この経験を経て、当時はまだ市場が未成熟だったUI専門領域に特化する道を選んだのである。

 

5年で100人、組織変革を経て実現した「多数精鋭」

一般的なデザイン会社は30人規模が多い業界において、グッドパッチは創業5年で100人を超える組織へと成長した。

「デザイン会社としては前例のない成長スピードです。5年で100人になるデザイン会社は存在しないと思います。戦略的に取り組んだと言うと難しいのですが、それだけニーズがあったということです」。

急成長の過程では紆余曲折もあったが、2016年から2018年の変革期を経て、上場への道筋をつけた。

規模の拡大は、UI/UXニーズに対する市場でのプレゼンス向上という戦略的意図に基づいていた。創業2年目から開始したオウンドメディア(企業が運営する独自のメディア)での情報発信により、当時はまだ日本に「UIデザイン」という言葉が浸透していない時代だったが、「WebデザインとUIデザインの本質的な違い」を市場に啓蒙し、UI/UXデザインの専門企業としての地位を確立した。

「WebデザイナーとUIデザインを明確に切り分けて、『WebデザインができるからUIデザインができるわけではない』ということを情報発信していました。スマートフォンアプリのUIを専門的に考えて作るとなったら、その専門の会社はなかなかありません。専門でやっているのはグッドパッチという会社があるらしいと」。

2018年には経済産業省・特許庁が『デザイン経営宣言』を発表し、国もデザインの重要性を認識するようになったが、同社の取り組みはそれに先駆けた先見性のあるものだった。

 

事業共創型モデルへの進化、AI時代の新たな価値創造

上場達成後、土屋氏は次なる成長戦略として事業ポートフォリオの多様化に着手した。その先駆けとなったのが、2022年に設立した丸井グループとの合弁会社「Muture(ミューチュア)」である。

「丸井グループという会社の価値をより向上させていくためには、社内にデジタル領域の高度な専門人材が入っていかないといけません。しかし、ほとんどがプロパー社員の会社で、社内にそういう知見を持った人材がいませんでした。事業的には利益の8割以上がフィンテック事業から創出されているので、事業構造的にはフィンテックがより強い会社にならないといけないけれど、人材はそうではない。そこにギャップがありました」。

丸井グループのデジタル変革を支援するため、合弁会社を通じて先進的なデジタル人材の採用と育成を推進した。

「我々が関わったときに、UI/UXの会社と一緒にジョイントベンチャーを作って、そこを丸井グループのデジタル変革の起点にしませんかという提案をして、それが非常に共感されました。テック系メガベンチャーやSaaS企業出身者などこれまで丸井では採用できなかった経験豊富な専門人材を採用することができ、その結果、丸井グループのDXが大幅に進展しました」。

当初5名でスタートしたミューチュアは、現在では丸井グループのDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の中核を担う組織へと成長している。

この事業共創型モデルは、サイバーエージェントとのDX支援領域での業務提携や、化粧品会社mshとのレベニューシェア型(事業から得られる収益を事前に定めた比率で分配する契約形態)で新ブランド立ち上げなどへと広がっている。

人材育成については、土屋氏は明確な考えを持っている。

「イノベーションを生み出す人材は、既存の枠組みにとらわれない発想力を持っている。そうした自律的な人材の成長を支援する環境づくりが重要だと思っています」。

実際に、社内からは次世代のリーダーが育ち、新たな執行役員として事業を牽引している。

しかし、テクノロジーの急速な進化により、デザイン業界も大きな転換期を迎えている。AI時代におけるデザインの役割について、土屋氏は明確なビジョンを描いている。

「間違いなくAIの影響はあります。デザイナーの仕事、特に作るというところの仕事に関しては、かなり工数が減る可能性がある。でも、これはデザイナーだけじゃない。エンジニアもコンサルも全て同様のことが言えます」。

一方で、土屋氏はAI時代だからこそ重要になる価値があると考えている。

「選ばれるブランドを作るということにおいては、そこに人とストーリーが必要です。AIがストーリーを書いたとしても、それだけでは本質的な価値は生まれません。そのブランドが『なぜ存在するのか』『誰のどんな課題に向き合っているのか』という問いに対するリアルなストーリーと人の想いがそこにあって、それをストーリーに適切に落とし込めるということが、今後より重要になっていきます」。

現在260名規模へと成長した同社は、「デザインの力を証明する」というミッションのもと、業界の既成概念を超えた価値創造への挑戦を続けている。

土屋 尚史(つちや・なおふみ)氏
株式会社グッドパッチ 代表取締役社長 兼  CEO

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