編集部総論・数字で見る AI利用から生まれる新事業の可能性

AI技術の進化が加速している。2024年末から2025年初頭にかけて、米国、中国を中心に革新的なAIモデルが次々と発表され、開発競争はますます激化している。日本でも様々な現場におけるAIの活用が進み始めた。本特集では、最新のAI開発動向や企業の活用事例を紹介する。

ノーベル物理学賞を受賞した米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授
©Nobel Prize Outreach. Photo: Nanaka Adachi

年末年始に相次いだ新規公開
制約の中で性能を上げる中国AI

世界的な生成AIの開発競争の中、2024年末以降、各社の生成AIのアップデートが相次いでいる。2024年12月4日には米Amazon社のフルマネージドサービスである「Amazon Bedrock」でのみ使用できる基盤モデル群、「Amazon Nova」の提供が始まった。同12月11日、Google社は新規の大規模言語モデル(LLM)である「Gemini 2.0 Flash」を発表、一般提供は2025年2月5日に開始された。それまでのLLMである「Gemini 1.5 Pro」に比べて処理の負荷を下げつつ、同等以上の性能が発揮できるようにしたものだ。

2022年11月の「ChatGPT」の公開により、生成AIの社会実装を切り開いた企業であるOpenAIも2024年12月20日、人間に近い推論能力を備えた汎用人工知能(AGI)への進化を目指した「o3」をリリースした。そして2025年1月27日には、中国の人工知能研究企業であるDeepSeek社が「R1」を発表。半導体の輸出規制により計算資源の面で不利な立場にありながら、性能面では勝るとも劣らない生成AIを中国企業が開発したことで注目を集めた。「R1」はオープンソースのLLMであるため、他の開発者が自由に改良・改変できる。

DeepSeek創設者の梁文鋒氏は1985年に中国広東省で生まれ、浙江大学で情報工学を専攻した。複数の分野でAIの利用を模索し、最初に事業化に成功したのは、金融取引でのAIの活用だ。AIアルゴリズムに基づき投資を実行するファンドHigh-Flyer社を2015年に浙江大学の同窓生と立ち上げた。High-Flyer社は80億ドル規模の投資を実行しているという。そして2023年7月にLLMの開発に特化した企業としてDeepSeek社を設立した。その開発のポリシーは、中国で利用可能なハードウェアを利用して、より高度な性能が出せるような設計の改良にあると見られている。Deep Seek社の目標は高性能な中国語LLMの開発にあり、西側のAIの利用がブロックされている中国市場で、より使いやすいAIサービスの基盤となることが期待されている。

AI活用で出遅れ気味の日本企業
職場のAI利用の3つの方向性

日本でも、AIの性能向上と普及に伴い、様々な仕事の現場においてその活用が模索されるようになった。人手不足や長時間労働が課題になっている日本では、デジタル化とAIの利用による生産性の向上が避けて通れない。しかし2024年に総務省が発表した国際比較調査研究によると、米国、ドイツ、中国の企業の8割以上が生成AIの活用の方針を定めているのに対し、日本の企業で活用する方針を定めていると回答したのは42.7%だった。

同じ調査で、生成AIの活用が想定される業務ごとに活用状況を尋ねたところ、メールや議事録、資料作成等の補助などに業務で使用中であると回答した割合は、日本では46.8%で、他国と比較すると低い割合にとどまっている。米国、ドイツ、中国の企業ではトライアル中までを含めると9割の企業が業務に使用しており、顧客対応の自動化や自社製品・サービスの機能としての組込などにも積極的に用いていることが分かった(図1、図2)。

図1  業務における生成AIの活用状況
(メールや議事録、資料作成等の補助)

 

図2  業務における生成AIの活用状況
(カスタマーサポート等、顧客対応の自動化)


日本企業でも社内業務からAIの利用が始まっているが、顧客対応など社外向けの業務でのAI利用は拡大の余地がある

出典:総務省(2024)「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」

 

日本の企業や組織がAIを本格的に導入する際には、多くの意思決定が求められる。生成AIをクラウド上で利用するのか、社内にサーバを準備してオンプレミスで使うのか、運用管理の体制や情報セキュリティはどうするのか。国内のオフィスで必要とされるIT機器を幅広く取り扱う大塚商会では、過去にも企業のIT化を支援してきた経験から、AIが企業のDXを推進する力になると見る。実際に、2025年2月に同社が開催した「実践ソリューションフェア2025」では、AIアシスタントなどの新製品やツールが来場者の関心を集めていた。

このイベントにおいて、大塚商会は日本電気(NEC)と共同で商品化した生成AI専用サーバ「美琴」を展示した。4月に販売開始を予定しているもので、NECの生成AI「cotomi」と関連アプリケーションがインストールしてある。また、大塚商会トータルソリューショングループ執行役員の山口大樹氏は、NEC執行役Corporate Senior EVPの吉崎敏文氏との対談を通じて、AIのビジネス現場への導入の道筋を解説した。

大塚商会では2017年頃から、AIによる議事録などの社内文書の作成やチャットボットの導入を通じて、社内でAIのユースケースを蓄積していった。これをもとに、2019年にAIビジネス推進プロジェクトを開始、顧客企業の業務へのAI導入を支援するようになった。山口氏は、組織におけるAIの貢献として、①個人の業務の効率化、②組織の業務の効率化、③経営の意思決定のサポート、の3つの方向性があると指摘している。

AI規制ガイドと国際協調拠点が発足
2024年ノーベル賞、2分野がAI関連

今回の特集では、「新規事業にAIを生かす」をテーマに、最新のAI開発動向と、デジタル空間と現実社会で動き出したAI導入の事例を紹介する。新しい事業を構想する際にAIが活用できる業務ポイントを検討することで、他とは違うビジネスが構想できる可能性が高まるはずだ。

最初の記事は、AIの社会実装のためのルールづくりの専門機関、AIセーフティ・インスティテュート(AISI)。AI技術の進歩と安全性の両立を目指し、2024年2月に発足した機関で、国際的な規制のハーモナイゼーションや情報発信の拠点になっている。AISI副所長/事務局長の平本健二氏が、これまでの活動と、国内外のAI制度検討の動向を解説する。

2024年は、AIの基盤研究と、AIを用いた研究がノーベル賞を獲得した年となった。ノーベル物理学賞は機械学習の基礎となる人工ニューラルネットワークの研究開発を進めた米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授と、カナダのトロント大学のジェフリー・ヒントン教授に授与された。ノーベル化学賞はAIを用いたタンパク質の立体構造予測(Google社のグループ企業、英DeepMind社のデミス・ハサビスCEOと研究チームのジョン・ジャンパー氏)とコンピュータを用いたタンパク質の新規設計(米ワシントン大学のデイビッド・ベイカー教授)に贈られた。

東京科学大学情報理工学院の准教授、大上雅史氏はこの2024年のノーベル化学賞受賞者のカバー領域、バイオインフォマティクスの研究者。疾患治療薬の探索・開発の際の時間とコストを短縮できる、AIを活用した創薬ツールの開発に取り組む。大上氏は東京科学大学の誕生を契機とした産学連携の「中分子創薬コンソーシアム」に参加しており、研究の成果を用いて難病、希少疾患、超希少疾患などの医薬品創生にも挑戦していく。

デジタル空間のビジネスで
AIの活躍が始まる

現在のAIが得意としているのは、オフィスでの事務やマーケティング、金融など、既に良質なデジタルデータの蓄積がある事業分野だ。サイバーセキュリティもその1つ。人間がAIを悪用すれば、AI技術による犯罪が起こりうる。同時に、AIは犯罪から身を守ることにも使える。米IBM社による2024年版の「データ侵害のコストに関する調査」によると、AIを活用したセキュリティと自動化を導入している企業は増えている。またデータ侵害に対する対策のコストも、AIと自動化の活用で節約できているという(図3)。

図3  セキュリティAIと自動化の導入状況

 

図4  データの不正使用を防ぐためにかかるコスト比較(2024)

 

図5  AIをフル活用している組織における適用領域


AIを情報セキュリティのために活用している組織は増えている。セキュリティ上の脅威に対して積極的にAI利用と自動化を進めている組織の方が、コスト負担を抑制できている。セキュリティ対策としてのAI利用・自動化は予防、検出、調査、対応の各カテゴリで広範に活用されている

出典:IBM

 

デジタル空間における攻撃の回数は年々増加傾向にあるが、AIによる守りの技術は進化している。クラウド型WAF「攻撃遮断くん」を提供するサイバーセキュリティクラウドは、独自のAIエンジンを開発。未知の攻撃への対応力を高めるほか、クラウドシステムの防御に生成AIを活用しようとしている。

オフィスにPCが導入されたばかりの時代から、コンピュータに仕事を代わってもらいたいという願望を多くの人が抱いてきた。AIの機能向上で、それが実現しつつある。クラウドベースの顧客関係管理(CRM)ソフトウエアで知られるSalesforceでは自律型AIエージェントの開発に注力。多様な専門性を有したAIエージェントを、デジタル労働力として活用することを提案する。

人手不足と一人当たりの業務負担に悩む日本では、AIの利用はサービス品質向上の面からも重要になる。対人業務でも、AIに任せられるものはAIで実施するという判断を下し、チャットボットを導入する企業が増えている。2016年創業のIT企業チャットプラスが開発した業務用AIチャットボットの導入企業数は順調に増加中だ。ナショナルブランドの大手企業から家族経営の会社までアカウント数は2万社を越えているという。

また薬局業務の改革と薬剤師の能力発揮を支援するために創業したcorteでは、薬剤師の事務作業の負担を減らし、患者のケアに使える時間を増やすサービスを開始した。全国で累計500店舗以上の薬局で、AIが薬剤師の薬歴作成を支援するようになっている。人間の薬剤師でなければできない業務に集中し、健康をサポートする役割を果たせるようにすることを目指している。

様々な課題を抱える物理世界
現実で活躍するAIへ期待が高まる

デジタル世界で活躍するAIの次の段階として注目されるのが、現実世界で人間とともに行動できるAI、フィジカルAIだ。これが実現すると、ロボットや自動運転車などのAI搭載デバイスが、複雑な現実を認識・理解した上で、必要な動作を生成し実行に移すようになる。人間が生きるこの世界の、より幅広い課題に対応できるAIが構想されている。

このような未来の姿はまだ遠い目標ではあるが、様々な分野で、現実世界の課題解決にAIを使おうという試みがある。今回の特集では、船舶が必要とする機器・部品をつくるBEMACの取組を紹介する。BEMACでは、2018年に研究開発組織「東京データラボ」を開設した。航行データを収集・蓄積し、AI技術を活用して船員の業務を支援するプラットフォームを開発。このシステムは既に世界中で稼働している。海上輸送という、日本社会に欠かせないインフラが止まらないようにするためのAI活用が進んでいる。

生成AI、フィジカルAI共に、高性能なコンピュータの計算能力が、新しいAI開発には不可欠だ。米国のAI研究団体Epoch AIの調査によると、AIのトレーニングのための計算量は、2010年から2024年5月までに、毎年4~5倍ずつ増加した(図6)。

図6 AIモデルのトレーニングに使う計算量の増加


Epoch AIの調査によると、著名なAIモデルのトレーニングに使用された計算量は、2010年から2024年5月の間、年ごとに約4.1倍ずつ増加していた。この膨大なトレーニングがそれぞれのAIの性能向上に貢献している

出典:EPOCH AI

 

国内の研究者やエンジニアが必要とする計算資源を確保するために、国はAI開発のためのクラウドサービスを提供する企業に補助金を出すなどして環境を整備してきた。また産業技術総合研究所では、2025年1月に産総研 AI橋渡しクラウド(ABCI)の計算能力をアップグレードしたところだ。

2018年の運用開始以降、国内最大級の計算能力を活用し、AI技術の発展を支えてきたABCIだが、今回のアップグレードに伴い、地域課題解決に向けAIを開発するユーザーを支援する「地方優先枠」を設けた。生成AIそのものの高度化を目指す研究と並行して、課題が存在する地域の現場発のフィジカルAIの開発を支援していきたい考えだ。

特集の最後では、最近の日本語LLMの開発動向をまとめた。日本語を理解し、自然な文章を生成するために欠かせないLLMの開発が2023年から2024年にかけて大きく進展した。英語LLMと比較すると、データ量の面で不利だった日本語LLMだが、国内企業や研究機関の取り組みにより、様々なモデルが登場している。高性能で実用的な日本語LLMがあれば、日本社会におけるAIの活躍の幅は広がりそうだ。