コロナを経て健康経営は「健幸」経営に ツーリズムとの融合も重要

従業員等の健康管理を戦略的に実践する「健康経営」だが、コロナ禍を経て健康経営の意味や役割は大きく変化している。健康経営の「第二ステージ」をどのように推進すべきか、事業構想大学院大学の西根英一特任教授が解説する。(事業構想オープンフォーラムより)

 

健康経営優良法人として14,000社以上が選定され、健康経営に取り組む上場企業を選定・公表する「健康経営銘柄」などの制度も存在する

Withコロナ時代の健康経営

健康経営を推進することは、従業員の健康管理(疾病予防や健康維持など)だけでなく、労働生産性の向上や組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながることが期待されているため、経営者にとってのメリットも大きい。また、健康経営の推進企業を認証する国の制度や、都道府県による表彰制度も存在している。

そのため、福利厚生のコンテキストに、健診・検診の受診率、健康セミナーやイベントの参加率、運動習慣者比率や禁煙率などの数値目標をもとに「健康経営」を導入する企業(健康経営宣言企業)が増えてきている。健康経営宣言は、経済産業省の認証制度である「健康経営優良法人」の認定を受けるための必須条件の一つでもあり、2022年3月時点では「健康経営優良法人2022」として、大規模法人部門に2,299法人、中小規模法人部門に12,255法人が認定されている。

こうした健康経営だが、コロナ禍によって大きく変化を迫られていると西根氏は語る。

「大きく分けて、Beforeコロナ、Justコロナ、Withコロナの三つで取り組み方が変化しています。まずBeforeコロナは出社ありきの働き方の中で、欠勤や休職をいかに減らすことができるかが焦点となり、健診・検診の推進や禁煙など、フィジカルヘルス管理が中心でした。次にJustコロナでは、急遽開始されたリモート勤務下での心の持ちよう、集中力の持続やストレスチェックなど、メンタルヘルス管理が重要視されました。企業によってはウェルネスプログラムを開始する事例も増えています。

最後にWithコロナでは、新しい働き方で組織の縦や横のつながりが希薄化するなかで、やる気や満足度や愛社精神といったワークエンゲージメント(働き甲斐)の向上に注目が集まっています。つまり、本質的に社員一同がどう働くことが理想かを社内調査し、それをもとにタレント・マネジメント、つまり研修や部署配置を行うプログラム導入を図るような取り組みも含みます。これはソーシャルキャピタル(つながりの資産価値)がKPIに加わったと言えるでしょう。一連の変化を『健康』経営から『健幸』経営へのシフトと私は捉えています」

今後の健康経営ではワークエンゲージメントの可視化などが求められる(写真はイメージ)

これからの健康経営は「質の向上」が焦点に

健康経営は、いかに多くの企業の参画を求めるかという第一ステージの構築を終えた段階だ。これからの第二ステージでは、「質の向上」が焦点になると西根氏は指摘する。

「経済産業省は、健康経営の偏差値を数値化し、投資家向けに開示する制度を2021年から始めましたが、この制度はまさに健康経営の質の担保を目的とする挑戦です。これまでは健診・検診受診率やストレスチェック実施率などを基本に、適正体重維持者率や血圧リスク者などのデータを基にして健康経営の度合いを証明してきましたが、第二ステージにおいては、公開されておらず健康経営度調査でも収集していない情報、例えばプレゼンティーイズム(健康問題が理由で生産性が低下している状態)やワークエンゲージメントをどう数値化していくかが課題となります」

健康経営を評価するステークホルダーも多様だ。従業員、取引先、消費者、地域社会、金融、投資家などさまざまな目線から健康経営が評価されていること、それらのステークホルダーごとに重要視するポイント(顕在的ニーズと潜在的ニーズ)や影響度合いが全く違うことを意識して戦略を立てる必要がある。

「第二ステージへの構造改革には、からだ・こころ・きずなに関する知見と行動が求められます。さらに、改革を社内にどう伝えるかも重要で、その実行が垂直浸透から水平拡散がキーワードになります。これまでは社長や担当役員などの管理者の指示のもと、従業員を動かすプロジェクトが中心でしたが、今後は上からではなく社内公募や任命により推進者を決め、リーダーとして会社を引っ張ってもらう図式が良いでしょう。また、その方法も成果を重視してインセンティブで引っ張るアプロ―チ、組織や風土の変革を重視してエビデンスで押し上げるアプローチ、従業員への理解や支援を重視してナラティブに寄り添うアプローチなどを、バランスよく行うことが重要でしょう」

ウェルネスツーリズムと健康経営

「いま健康経営では、地域ヘルスケアにおけるツーリズムとの作用点を模索している例が増えていると思います。地域でのヘルスケアツーリズムは様々なタイプがありますが、高度な医療に期待するメディカルツーリズム、旅行体験を伴う保健指導であるヘルスツーリズム、五感体験や情動体験で『ととのう』ことを意識したウェルネスツーリズムなどがあります」

例えば富山県庁では生活習慣改善健康合宿事業を「とやま健泊」として事業化し、対象を特定保健指導の該当者や糖尿病予備群の人や、企業経営者などの健康経営推進者として、1泊2日の合宿に加えて3カ月のフォローアッププログラムを実施している。

富山県の生活習慣改善健康合宿事業「とやま健泊」

また同じく富山県内で民間企業の取り組みとして、富山県立山町では前田薬品工業などが開業した美容と健康のリゾート施設「healthian-wood」がウェルネスツーリズムを行っている(建築設計は隈研吾氏、マーケティングコミュニケーション設計は西根氏が担当)。ここでは産地レストランから作物育成・収穫体験、さらに収穫物を活用した商品開発とサービス展開、さらに施設でのイベントまでできるようになっており、まさに五感体験とウェルネスツーリズムの拠点として稼働している。

前田薬品工業の「healthian-wood」もウェルネスツーリズムを展開

「ウェルネスツーリズムは健康経営と最も相性が良いと考えられます。なぜなら、デジタル活用により多様な働き方が発生する時代において、企業と個人のそれぞれの理想の環境構築に寄与できるためです。企業側としてはワークライフバランスやリモート勤務、バーチャルオフィスの環境構築が可能で、個人としては2ndプレイスや3rdプレイス、あるいは多拠点生活、メタバースな世界観などを獲得することができます。第二ステージにおいて働き方の変化と健康経営は今後ますます密接な関係になっていくでしょう」