八王子市シルバー人材センター 高齢者調査事業「銀の声」スタート

シルバー人材センターは高齢者に働く機会を提供する機関だが、紹介する業務の多くは体力が求められる仕事が中心で、求職者の希望と必ずしも合致しない。そこに問題意識を抱いた八王子市シルバー人材センター主任の野母裕和氏は高齢者調査事業「銀の声」を考案。高齢者に新たな活躍の場を提供する。

野母裕和 公益社団法人八王子市シルバー人材センター 事務局 主任/一般社団法人日本応用老年学会認定ジェロントロジー・マイスター
(八王子未来共創プロジェクト研究 修了生)

業務のミスマッチに加え
転倒などケガのリスクも

シルバー人材センターは「高齢者の雇用の安定等に関する法律」に基づき、各市区町村に設置される公益法人で、高齢者に生きがいとなる仕事を紹介することを目的としている。東京都内に58あるセンターの1つ、八王子市シルバー人材センターは2026年に設立50周年を迎える歴史ある組織だ。その主任である野母裕和氏は高齢者の就労環境に大きな課題を感じていた。

「事業の目的には『長年培った知識・経験・技能を生かして就業』とありますが、当センターに家庭や企業、行政などから寄せられる業務依頼は草むしりや植木の剪定、駐輪場の整理といった屋外で体を動かす作業がほとんど。そこにミスマッチが生じている上に、体を動かす業務は転倒などケガのリスクが付きまといます。さらに80歳を超えれば体力的にも厳しく、働ける場所がほとんどなくなってしまうのが現実なんです」

野母氏は祖父がシルバー人材センターの会員だったことから興味を抱き、11年前に入職した。これまで多くの高齢者の働く現場に関わる中で、体力の衰えから『本当は仕事を続けたいけど、周りに迷惑をかけたくない』という理由で辞めていく人を何人も見てきたという。本来なら体力の衰えを感じ始めた人ほど仕事を通して適度に体を動かし、社会とのつながりを保つことが重要と理解しながらも「現状の仕組みではこれが限界」だと感じていた。

八王子市の未来を考える
プロジェクトに参画

転機は八王子市の広報紙で見つけた「八王子未来共創プロジェクト研究」の募集記事だった。事業構想大学院大学と八王子市が共同で開催するこのプロジェクトは、自社の経営資源を使って八王子の地域活性化につながるイノベーションを起こすことを目的とする。

「同僚と『シルバー人材センターでキャンプ場を作れると楽しんで働いてもらえそうだよね』などと雑談を交わしていて、ここで勉強すれば実現できるのではと考えて応募しました。この時点では先述のような構造的な課題に取り組むという発想はありませんでした」

八王子のプロジェクト研究には経営者や大企業の社員、個人事業主など多様な背景を持つ15名が参画。同期生ともいえるメンバーや教員との対話を通して、それぞれの事業構想を深める。当初はキャンプ場運営を考えていた野母氏だが、途中で高齢者調査事業のアイデアを思いつく。

「過去に難聴者向けのスピーカーの製品テストや研究機関からの大規模なアンケート調査を受託したことがあり、そのときは該当する高齢者を探すのに大変苦労したのですが、働いた方からは非常に好評で、こういう仕事をスムーズに受けられる仕組みを作りたいと考えました。耳が悪いことは働く上でマイナスに働くと思われがちですが、プラスに働く仕事もあります。それまで弱みと思っていた高齢者の特性は商品開発において貴重な情報源となることに気づいたのです」

問題意識をいかにして
社会課題へと昇華させるか

この考えに至るきっかけは、担当教員による「世間の人は君の課題感になんて興味がない。社会課題につながるから協力してもらえる。自分の課題を社会課題に昇華させられるかを考えてみるといい」とのアドバイスにあった。

「入職当初から漠然と抱いていた課題を『世の中の高齢者の仕事は肉体労働が中心』という社会課題であると定義し、それを解決する事業として『銀の声』(図1、2)を考案しました。この事業の特長は肉体的に低負荷の仕事でありながら、高齢者であること自体が『価値』につながるという点です。『銀の声』の事業内容はシニア市場の商品開発サポートと研究機関等のエビデンス作成の支援です。会員である高齢者は仕事としてグループインタビューや個別インタビュー、製品モニター、アンケートなどに応じてもらいます」

図1 高齢者調査事業「銀の声」のフロー

提供:八王子市シルバー人材センター

 

図2 「銀の声」が提供するサービス

提供:八王子市シルバー人材センター

2025年1月から試験運用を開始し、現在までにオーディオメーカーや旅行代理店などで延べ100人以上の高齢者が仕事に関わった。野母氏は「事業のプロモーション活動と、内外での信頼性を高めること」を目的に、2025年度グッドデザイン賞に応募、シルバー人材センター史上初となる受賞を果たした。

少子高齢化が加速する中、高齢者の社会参画は極めて重要なテーマだ。人口ボリュームが大きい高齢者向けの製品・サービス市場は将来有望で、高齢者の声を的確に集められる「銀の声」に期待する企業は少なくない。野母氏は「ありがちな補助金漬けの事業ではなく、ビジネスとして成立する仕組みを作ることで持続可能な事業にしていきたいと思っています。シニア向けの商品開発ならまずはシルバー人材センターに相談、というニュースタンダードを生み出したい」と抱負を語る。

「高齢者が望む形で働き続けられることは生きがいやウエルビーイングにつながります。健康寿命延伸や医療費低減といった波及効果も期待でき、巡り巡って現役世代の負担軽減にもつながると考えています。『銀の声』の拡大を目指すのはもちろんのこと、ほかの方法も模索し、持続可能な社会づくりを目指していきます」

グループインタビューの様子