蒲島郁夫・熊本県知事 創造的復興の先、5つの安全保障へ

熊本地震、令和2年7月豪雨と、連続して災害に見舞われた熊本県。2020年3月に4回目の当選を果たした蒲島知事は、災害前よりも良い形で復興する「創造的復興」に取り組む。さらに、創造的復興の先にある地方創生戦略として、熊本が持つ強みを活かし、日本の「5つの安全保障」に貢献する将来を描く。

蒲島 郁夫(熊本県知事)
取材は、新型コロナウイルス感染症対策のためオンラインインタビューにより実施(2021年9月28日)

――2016年に熊本地震、2020年7月には令和2年7月豪雨で大きな被害が出ました。復興への取り組みの成果と、残された課題についてお聞かせください。

2016年4月14日の熊本地震発生直後、私はすぐに復旧・復興の3原則を示しました。3原則とは、「被災された方々の痛みを最小化する」「単に元あった姿に戻すのではなく、震災前よりも良い形で創造的復興を行う」「創造的復興を熊本の更なる発展につなげる」の3つです。昨年の豪雨災害を経験した今は、これにSDGsの理念でもある「誰一人取り残さない」を加えた4原則を掲げています。

2016年5月10日には「くまもと復旧・復興有識者会議」を立ち上げ、その提言をもとに発災からわずか3か月半で、復旧・復興プランを策定しました。プランでは、優先して取り組む「重点10項目」を掲げ、時間的緊迫性をもって創造的復興に取り組んで参りました。

復興プランの「重点10項目」
その多くはすでに達成

重点10項目の1つ目は、「すまい」の再建です。リバースモーゲージ利子助成をはじめとした、県独自の6つの支援策を実施してきました。リバースモーゲージ利子助成は、高齢者向けのリバースモーゲージ型融資に対し利子助成を行う制度です。これにより、毎月一万円程度の支払いで自宅を持つことが可能となります。その他にも、被災をされた方へ再建先に応じた支援策を実施し、住まいの再建を後押ししてきました。災害公営住宅も昨年3月に全部完成して、この8月末現在で99.6%の方がすまいを再建されました。残りの方は、被害が大きかった益城町で現在進められている、主に土地区画整理事業の完了を待たれている世帯であり、住宅再建のめどは立っています。

2つ目は、阿蘇へのアクセスルートの回復です。昨年、JR豊肥本線と国道57号の現道部および北側復旧道路が開通し、今年3月には新阿蘇大橋が開通しました。これで阿蘇への主要なアクセスルートは全て回復しました。このうち国道57号北側復旧道路は、中九州横断道路の一部と位置づけられました。以前から、熊本県と大分県を結ぶ中九州横断道路は熊本県民の夢でしたので、非常によい形で創造的復興ができていると思います。また、2023年夏頃には南阿蘇鉄道が全線開通する予定です。

左/2021年3月開通の新阿蘇大橋。これを最後に、阿蘇への主要アクセスルートは全て回復 右/2020年開通の国道57号北側復旧道路は、中九州横断道路の一部と位置づけられた 画像提供:熊本河川国道事務所

3つ目は熊本城の復旧で、県と熊本市の連携のもと、今年、天守閣の復旧が完了しました。貴重な文化財なので、完全復旧には20年かかる見込みです。昨年、空中回廊とも呼ばれる特別見学通路が設置されました。そこを通ると、熊本城の復旧された部分と被害が残る部分の両方を見学でき、熊本地震の大きさや災害の恐ろしさを実感できます。

熊本地震前の熊本城。完全復旧には20年かかる見込み Photo by ik-y/Adobe Stock

4つ目は、阿蘇くまもと空港の創造復興です。世界とつながる新たな熊本の創造のために、空港運営の民間委託に踏み切りました。現在、国内線と国際線が一体となった新旅客ターミナルビルの工事が進んでおり、2023年春に開業する予定です。

5つ目は、益城町の復興まちづくりです。私は、「益城町の復興まちづくりが終わらない限り、熊本地震からの復興はない」と考えています。県道の4車線化事業や土地区画整理事業が進行中で、引き続き、事業完了に向けて取り組んで参ります。

その他の項目ですが、災害廃棄物の処理は地震発生から2年半で終了し、被災された企業の99.7%が事業を再開され、被災農家の営農再開は100%を達成しました。また、昨年3月、八代港に国際クルーズ船の受け入れ拠点「くまモンポート八代」が完成しました。2019年に実施したラグビーワールドカップと女子ハンドボール世界選手権の2つの国際スポーツ大会は大成功を収めました。このように、重点10項目を中心に、目に見える形で復興が進んでいます。

昨年7月の豪雨災害では、熊本地震の経験が活きました。発災から7日後には、熊本地震で非常に評判が良かった県産木材の仮設住宅の建設に着手し、2月9日までに全て完成しました。入居された方から「とても住みやすい」「このまま住み続けたい」といったお声をたくさんいただいています。

被災者の方々から要望が多かったのが治水対策です。緊急的な治水対策である河川の堆積土砂の撤去は、国と連携し、出水期前の今年5月末までに完了しました。現在「緑の流域治水」の考え方のもと、抜本的な治水対策を進めています。また、災害時逃げ遅れゼロを実現する防災行動計画「マイタイムライン」の普及促進や、防災行政無線受信機の戸別設置、市町村・警察・消防・自衛隊と連携した実践的な豪雨対応訓練なども進めているところです。

ダムによらない治水から
命と清流の両方を守る治水へ

――「緑の流域治水」とは、どのような治水施策ですか。

2008年、私は川辺川ダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水を極限まで追求すべきだという判断を表明しました。その直後の世論調査では、85%の熊本県民が私の判断を支持すると回答しました。しかし、昨年の豪雨による洪水は、そういう思いを打ち砕くような大きな洪水でした。

私は発災後30回にわたり、流域住民の皆様から、今後の治水の方向性や、復旧・復興に向けた思いを伺いました。そして、「球磨川の清流と、命の両方を守ってほしい」というのが、皆様の心からの願いだと受け止めました。それに応える唯一の方法が「緑の流域治水」であると確信しています。

「緑の流域治水」は、環境を大切にするグリーンニューディールの哲学に基づく考え方です。私は住民の生命・財産を守るためには、ダムを選択肢から排除できないと判断しました。さらに、ダムを貯留型ではなく流水型にすることで、地域の宝である球磨川の清流や環境への影響を最小化できると考え、昨年11月に国に対して新たな流水型ダムの整備と、法に基づく、あるいはそれと同等の環境アセスメントの実施を要請しました。これを受け、国は、今年の5月に法に基づくものと同 等の環境アセスメントを実施すること としました。

「緑の流域治水」のイメージ図。グリーンニューディールの哲学に基づき、「球磨川の清流と、命の両方を守る」ことを目的とする 出典:熊本県

また、既存の市房ダムの活用、遊水地や水田に水を溜める田んぼダムの推進、森林整備も行います。河川の掘削も、川辺川や球磨川の瀬や淵を再生・保全して動植物の生息や生育環境に十分配慮しながら実施します。流域全体の総合力で自然と共生した流域治水を多層的に進めることが、水位の低下と被害の最小化を図る上で重要です。

持続的に新産業を創出する
イノベーション・エコシステム

――今年度スタートされた「熊本県産業成長ビジョン」について、具体的な取組や、目指す熊本県の産業の姿についてお聞かせください。

熊本県のものづくり産業は、半導体関連産業と自動車関連産業という2本の柱に支えられてきました。現在、これら基幹産業のさらなる成長を目指すとともに、第3の柱となる新たな産業を創出する事業「UXプロジェクト」を進めています。これは、阿蘇くまもと空港周辺地域を拠点に、医療・介護・健康・食・ビューティー・スマート農業といった、本県の強みでもあるライフサイエンス分野を中心とした「知の集積」を図るプロジェクトです。

そのために、益城町の熊本テクノリサーチパーク周辺には、研究者や起業家の拠点となる施設を整備する予定です。ここから第3の柱となる新産業群を創出し、持続的にビジネスが生まれる「熊本型イノベーション・エコシステム」の実現を目指します。

5つの安全保障施策で
世界とつながる熊本県に

――今年3月には、「第2期熊本県まち・ひと・しごと創生総合戦略」を改訂されました。知事が描く熊本県の理想の姿についてお聞かせください。

熊本地震、新型コロナ、令和2年7月豪雨と、熊本県は3つの困難に見舞われました。まずは造的復興とコロナ対策を着実に進め、そしてその先に、将来に向けた地方創生があります。私は今後、熊本が持つ強みを活かして、日本の「5つの安全保障」に貢献することが、地方創生の実現につながっていくと考えています。

1つ目は、感染症に対する安全保障です。今回の新型コロナで日本が一番脆弱だったのは、国産のワクチンを持っていなかったことです。当県には不活化ワクチンの研究開発企業であり、県も出資するKMバイオロジクス(KMB)があります。

国産の不活化ワクチンは日本にとって希望の光です。今年5月、私は菅首相を訪問してKMBワクチンの早期承認を要望して参りました。これが完成すれば、安全性の高いワクチンを熊本から日本全国に、さらに世界へと安定的に供給することが可能になります。そうなれば、国内はもちろんのこと、ワクチンが十分行き渡っていない途上国でも使われるかもしれません。これは世界の安全保障につながるとともに外交政策にもなるでしょう。

2つ目は、経済の安全保障です。近年は産業の脳とも言われる半導体の供給が世界的にひっ迫していますが、熊本には多くの半導体企業が立地しており、本県の強みとなっています。今後、さらに半導体関連産業の集積を進め、本県が世界の半導体ニーズを支え、日本経済の安全保障の一翼を担うことができるようにしたいと思っています。

3つ目は災害に対する安全保障です。大きな自然災害を乗り越えてきた当県は、対処法や備えなど様々な教訓を蓄積してきました。今後はその教訓を活かし、災害対応のノウハウを積極的に発信します。「緑の流域治水」もその一つです。また、熊本県は政府から、全九州を支える広域防災拠点に指定されています。広域防災拠点としての機能を強化して災害に対する安全保障に貢献することが、当県の未来の姿です。

4つ目は食料の安全保障です。全国的に農業人口は減少しており、担い手が減れば食料の安全保障は脆弱化します。当県は全国有数の農業県で、担い手も育っています。スマート農業などを取り入れ、またグリーン農業で環境を守りながら日本の食料の供給県としての役割を担いたいと思っています。

最後は、環境の安全保障です。雄大な阿蘇の草原、有明海、天草の島々など、当県は豊かな自然に恵まれています。これらの自然環境を守り、地球温暖化を食い止めるため、私は2019年12月に、2050年までに熊本県内CO2排出実質ゼロを目指すことを宣言しました。これをしっかりと進めて参ります。

この5つの安全保障が実現した姿が、私が目指す熊本県の姿です。これを実現するにはデジタル技術の活用が必須だと考え、JR九州の石原進特別顧問と私が共同座長となり、「DXくまもと創生会議」を設立しました。ここで産学官が連携して日本一のデジタル県を目指していこうと考えています。

世界中の若者たちに
熊本で夢を実現してもらいたい

――5つの安全保障は、若者の移住増加にも有効だと感じました。

人口が減ると5つの安全保障も確立できませんから、UIJターンによる都市圏からの人材確保や、県外の離職者を県内での再就職につなげるセカンドチャンスづくりに取り組んでいます。しかし、どの地方も同じような状況なので、結局は人材の奪い合いです。そう考えると、世界中から人を呼べる体制をつくることが重要になるでしょう。

高校時代の私はビリに近い成績の劣等生でしたが、就職した地元の農業協同組合で研修生としてアメリカに渡るチャンスを与えられました。そしてアメリカで夢をもらい、ハーバード大学で博士号をとり、現在は知事をやっています。その経験があるので、夢を持った世界の若者たちに熊本に来てもらって、夢を実現してもらいたいという思いがあります。この実現には法改正も含めた制度が必要ですが、人口問題は国内だけでなく、世界規模で考えなければいけません。今後は、その実現に努めたいと思っています。

 

蒲島 郁夫(かばしま・いくお)
熊本県知事