静岡県・鈴木康友知事 「LGX」を理念に常識を破る県政運営を
2024年5月の知事就任後、すぐに「LGX(ローカル・ガバメント・トランスフォーメーション)」を基本理念に据えた鈴木康友知事。2025年度を「チャレンジ元年」「財政改革元年」として県政に取り組んでいる。目指すのは、持続可能性の担保。政治家が将来世代に対して責任を持つことは大切な視点であると語る。

鈴木 康友(静岡県知事)
2025年は「チャレンジ元年」
であり、「財政改革元年」
――2025年度の県政運営の方針と、現在策定を進められている次期総合計画についてお聞かせください。
2024年5月に知事に就任し、すぐに「LGX(ローカル・ガバメント・トランスフォーメーション)」という基本理念を打ち出しました。これはコーポレートガバナンスの考え方に着想を得て私が作った造語です。DXの推進では、デジタルを手段として取り入れるだけでなく、考え方を変えることが重要です。もはやこれまでの経験や役所の常識は通用しません。この思いをLGXと表現し、県政運営の方針として掲げました。そして、前例や常識を打ち破り、どんどん新しい政策にチャレンジしていこうと、2025年度を「チャレンジ元年」としました。
特に若手職員の皆さんに新しい発想で政策を提案していただきたいと思い、政策提案制度を実施しています。そこでAIなどのデジタル技術を活用した大胆な政策提案なども出ています。こうした提案は今後、県政に導入していきたいと思っています。
一方で、静岡県の財政は厳しい状況にあります。持続可能な県政運営のためには財政の健全性を担保しなければなりません。そこで2025年を「財政改革元年」として、財政改革に取り組み始めたところです。「中期財政計画」を策定し、この4年間を「改革強化期間」と銘打ち、成果を出すべく財政の立て直しに取り組んでいるところです。
――LGXでは、「将来世代への責任」と仰っています。具体的にどういったお考えなのでしょうか。
これは財政を含む持続可能性を担保するということです。私は松下政経塾の1期生です。当時、松下幸之助さんが、これからの政治家は経営感覚がなければいけないと話されていました。このことは私の脳裏に染み込んでおり、私の政治の原点となっています。
もう1つ、政治家たるもの将来に責任を持つことが重要であると仰っていました。1980年代当時、日本はバブル前の絶頂期でした。その時に松下さんは、今のような国家経営を続けていたら21世紀になるころには大きな負債を抱え財政が行き詰るだろうと心配されていました。まさに、今の日本はそういう状況になっています。
政治家が経営感覚を持って行政運営を行い、将来世代に対して責任を持つことは大切な視点です。2025年度は全事業を見直し、歳入歳出改革に取り組んできました。2026年度以降は改革の成果を生み出していきます。
次期総合計画では
弱みを補い、強みはさらに強く
――現在策定中の次期総合計画ではどのようなことを重視されていますか。
次の総合計画ではLGXを原点に置き、「幸福度日本一の静岡県」をつくるため「ウェルビーイング」の視点を盛り込みます。
2025年1月に実施した「幸福度に関する県民意識調査」では、本県の県民の幸福度は全国平均よりも高いという結果が出ました。しかし、分野別に見ていくと課題も見えてきました。例えば、事業創造の分野での満足度は低い。おそらくこれは、本県の産業構造のベースが成熟したものづくり産業であるため、イノベーションの必要性や挑戦への姿勢が不十分だという県民の思いがあるのではないかと思います。県民の幸福度を上げるためには新しい産業創出が必要なため、イノベーション創出やスタートアップ支援を総合計画の中でしっかりと位置付けていきたいと考えています。
また、公共交通に関する満足度も低めです。これに関しては、私が浜松市長時代から進めてきたライドシェアを先進県として進めていきたいと思います。
幸福度調査を実施したことで見えてきた、弱いところは補強し、強いところはさらに強くする施策を体系化したものが、次期総合計画となっています。
地域特性を活かした産業振興で
イノベーションを創出
――既存産業の振興と新産業の育成において、注力されている取組をお聞かせください。
静岡県は東西に長く、東部、中部、西部という地域によって産業の特徴が色濃くあります。西部地域は自動車産業や光・電子産業。中部地域は食品産業や化学産業、サービス業。東部地域は農業、観光、ファルマバレーを中心とした医療機器産業や健康産業が集積しています。
現在、県内でさまざまなイノベーションのためのプロジェクトが進んでいます。例えば東部地域の「ファルマバレープロジェクト」は新しい医療産業を興していくプロジェクトで、すでに上場企業も育っています。

左/富士山を背景に立地するファルマバレープロジェクトの拠点施設「ファルマバレーセンター」
右/センター内に、人生100年時代の住宅整備に向けて開設された「自立のための3歩の住まい」
また、木材繊維を活用した環境新素材「CNF(セルロースナノファイバー)」の実用化が進んでいます。CNFには軽量や高強度などの特徴があります。生活用品や化粧品、食品、建材、家電製品など、さまざまな分野で製品化が進んでおり、今後、軽量化が求められる自動車分野での応用が期待されています。
中部地域には、食品工場が集積しています。こうしたものをベースに食品・ウェルネス産業をさらに伸ばすため「静岡ウェルネスプロジェクト」を立ち上げ、育成に努めています。
西部地域では、光・電子技術を活用して新たなイノベーションを興す「フォトンバレープロジェクト」に取り組んでいます。また、この地域では、空飛ぶクルマの一大拠点を目指し、スカイドライブやスズキとともに機体製造の産業化の取組なども始まっています。

中部地域の食品等事業化事例。
左/箱根西麓の三島人参だけを使用した100%人参ジュース(機能性表示食品)「ぎゅっとまるごとにんじんジュース」、右/県産の茶の実成分を配合した全身保湿オイル「茶ノ実SKIN OIL」
スタートアップを集積する施策
ファンド・実証実験・コミュニティ
――静岡県はスタートアップの集積にも注力されていますが、具体的にどのような取組をされていますか。
私が浜松市長時代に実施して効果をあげてきたスタートアップ支援事業を、県全体で展開していきます。
まず、ファンドサポート事業を県でも進めています。これは県が認定したベンチャーキャピタル(VC)が投資をすると、基本的に投資額と同額の交付金を支給する事業です。これによりスタートアップは資金を獲得しやすくなりますし、県が認定することで社会的信用も高まります。また、VCは投資リスクが軽減できます。これは県内発のスタートアップだけでなく、本県に拠点を置けば県外発のスタートアップも対象となるため、スタートアップの誘致促進も期待できます。
実証実験サポート事業も実施します。これはスタートアップの実証実験を伴走支援する事業で、地域への根回し、行政手続きなどを県がサポートします。さらに、一定の補助金も出します。この事業はスタートアップから非常に好評を得ています。
スタートアップのコミュニティづくりにも取り組んでいます。一般社団法人静岡ベンチャースタートアップ協会を中心に、スタートアップのキーマンとともに全県にスタートアップのコミュニティを拡大する取組を進めています。この活動をどんどん拡大して、行政が音頭を取らなくても、スタートアップが次々と生まれてくるエコシステムの構築を目指しています。
2025年度から、伊豆の温泉旅館やホテルの活用していない空間や客室をリノベーションして、そこにスタートアップのサテライトオフィスを誘致しています。本県東部地域は首都圏まで約1時間でアクセスできます。大きな目で見ればほぼ首都圏のようなものです。
立地的優位性がありながら、本県は自然豊かで物価は安く暮らしやすいです。さらに、さまざまな産業の集積があります。そうした産業とのコラボレーションはスタートアップが事業を拡大する上で非常に良い環境であると言えるでしょう。
ターゲットは世界の富裕層
空と海のインフラを整備
――観光振興戦略への取組についてはいかがでしょうか。
本県では富裕層に特化した観光戦略に注力しています。まず、富士山静岡空港をプライベートジェットの一大集積基地にする取組を始めています。首都圏に近い本県は、すでに飽和状態である成田空港や羽田空港を補うのにもってこいの場所です。さらに、富士山静岡空港には機体整備等を行うビジネスジェット事業者がありますので、プライベートジェットにとって良い環境が整っていると言えるでしょう。そこに空港で事業展開しているヘリコプター事業者とも連携すれば、ヘリコプターで県内を含めたいろいろな地域に移動できます。いずれは空飛ぶクルマでの移動も可能になるでしょう。

空飛ぶクルマのイメージ ©Skydrive

富士山静岡空港を利用するビジネスジェット
また、下田港を大型クルーザーやスーパーヨットの一大集積地にしたいと考えています。すでに民間企業がさまざまなインフラ整備を計画していますので、そうしたところと連携しながら環境整備を進めていきます。世界の富裕層の方々は自前の飛行機や船で来日されますので、空と海の環境を整備して、どんどん富裕層を静岡に呼び込みたいと思っています。
この秋には、中国のオンライン旅行会社大手のトリップドットコムとアメックスが組んで、中国富裕層を対象とした川奈ゴルフ大会を企画しました。40名ほどの富裕層の方々が参加され、ゴルフを楽しみ、本県の食や観光を堪能されて大変好評だったようです。本県には川奈のほかにも、御殿場や富嶽、葛城といった超名門ゴルフコースがあります。富裕層向けゴルフツアーには大きなポテンシャルを感じています。
リニア中央新幹線推進の課題
3分野28項目の課題を整理
――リニア中央新幹線については、静岡県としてどのような方針で取り組まれていますか。
基本的な方針は、リニア推進です。ただし、大井川の豊かな水資源や南アルプスの自然環境の保全と両立させなければなりません。そこで、水資源の保全、南アルプスの自然環境の保全、トンネル発生土の問題といった3分野で28項目の課題を整理しました。これを一つ一つ対話の中で解決していこうと、JR東海から回答をもらい、それを県の専門部会で検討しています。その検討が了となれば、その対話項目についての議論は終了となります。
現在は水資源の項目は終了し、南アルプスの自然環境の保全とトンネル発生土問題への対応を進めているところです。この1年で取組がかなり大きく進み、ある意味、出口が少し見え始めていると言っていいと思います。
大学等と連携したデジタル人材の
育成と再エネ利用の推進
――行政や産業のDX、カーボンニュートラルへの取組についてお聞かせください。
本県はものづくりの県です。ものづくりのサプライチェーンに対していろいろなオーダーが来ていると思います。大手企業は独自で取り組まれると思いますので、県では中小や零細企業を中心にDX推進に向けた支援を行っています。
デジタル人材の育成にも注力しており、静岡理工科大学グループと連携した仮想空間デジタルクリエイターの育成などトップレベルの人材のほか、企業の中核となる人材や、将来の本県産業を担う小中高校生等の次世代人材の育成にも取り組んでいます。
また、晴天率の高い本県では、太陽光発電の導入が非常に進んでいます。ただ、太陽光発電は開設に限界がありますので、設置場所に多様性があるペロブスカイト太陽電池やバイオマス発電のほか、洋上風力発電のあり方の検討にも取り組み、再エネ利用を進めていきます。
県職員にDX研修を実施
兼業制度拡充で職員の視野広げる
――県職員の人材育成ではどのような取組をされていますか。
1つは、ウェルビーイングの政策立案研修を実施しています。本県ではウェルビーイングを軸に県政を推進していきますので、職員にそれを理解してもらうためにこの研修を実施しています。
また、これからはデジタルやAIを活用した業務革新が必須となりますので、職員にDX研修を行い、最低限のスキルを身に付けてもらいます。その中から、さらにAIを使いこなせる人材を育てることにも取り組んでいます。
加えて、本県では兼業制度の拡充を図りました。公務以外の活動を通じて視野を広げてもらい、民間の感覚を養っていただきたいと考えています。さらには、民間企業やスタートアップとの人材交流を積極的に推進して、経営感覚や民間のスピード感などを学んでもらいたいと思っています。

- 鈴木 康友(すずき・やすとも)
- 静岡県知事