制作サイド主導への構造転換にむけて 『国宝』が示した日本映画の底力

『キングダム』に『ゴールデンカムイ』シリーズ、そして『国宝』。制作会社CREDEUSは、昨今の日本映画では例を見ない巨額の制作費を投じた作品で、観客を動員してきた。代表取締役CEO松橋真三氏に映画制作者としての信念を聞いた。

松橋 真三(CREDEUS代表取締役CEO)

制作費を投じた大作を世に出し
日本映画界に一石を投じる

「ふさわしい制作費をかけてこそ、良い作品になる」。松橋氏の映画制作へのスタンスはきわめて明快だ。日本映画の制作費は多くの場合、興行収入予測から逆算して決められてきた。テレビ局や広告代理店、配給会社が企画を主導し、制作を受託した制作会社は、決められた制作費の範囲内で作品をつくる。松橋氏は、結果として作品づくりに妥協が生じてしまうこの構造に強い問題意識をもってきた。

「日本には骨太で優れたストーリーをもつ原作コンテンツが多くあり、また制作スタッフの感性や知恵、技術や勤勉さ、チームワークも大きな強みです。そのポテンシャルを発揮するために必要な制作費を計上し、投資するべきだと思ってきました。特に近年はCGなどのテクノロジーの発達も目覚ましいですから、ハリウッドの半分以下の予算で、同等かそれ以上のクオリティのものを作れるはずなのです」と松橋氏は力をこめる。

CREDEUSは「物語に見合う制作費をかけクオリティを追求」「シリーズ作品によるスケール化」で日本映画界に挑戦してきた。当時の業界の常識では考えられない制作費を要する企画に出資者を集めるのは容易ではなかった。転機となったのが、2019年公開の『キングダム』だ。通常の約7倍という破格の制作費を投じた結果、57億4000万円の興行収入を記録。シリーズ化にも成功した。

「ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントに『キングダム』の企画を提案した際、この一本、渾身の作品で日本映画界に革命を起こすという強い意志を双方共有し、制作に踏み切りました。日本映画にもこういう可能性があるということを業界内外に示すことができたと自負しています。関係者の考え方も少しずつ変わってきていると思います」。

©原泰久/集英社 ©2026映画「キングダム」製作委員会

この実績が呼び水となって『ゴールデンカムイ』『沈黙の艦隊』といった大型シリーズが生まれていった。そして、2025年公開の『国宝』へと繋がる。

圧倒的な没入体験
『国宝』が巻き起こした熱狂

大規模かつ高予算の作品群で業界内でも特異な存在感を放っていたCREDEUSに、企画・プロデュースを行うアニプレックスから持ち込まれたのが『国宝』の企画だった。

「歌舞伎の世界の華やかさ、女形の美しさや艶めかしさ、重層的な人間ドラマを描き切るために、相応の制作費をかけて、こだわり抜いて作りたい、その受け皿はCREDEUSだけだという熱のこもった提案でした。リスクはありましたが、私たちも覚悟を持って引き受けました」。

『国宝』は、2025年末時点で興行収入184億円を突破して日本映画実写で22年ぶりに歴代1位となり、観客動員数も1200万人超を記録した。2回、3回と映画館を訪れるリピート客を多く生むとともに、歌舞伎への関心も高まり、これまで興味のなかった人が歌舞伎の劇場に足を運んでいる。社会現象といえるほどのヒットの最大の要因は、制作費と時間をかけてこだわり抜いた、1カット1カットの映像の「濃密さ」、「上質さ」だと松橋氏ははっきりと述べる。

「どこかで手を抜けば、1回目はごまかせても、2回目からは飽きられてしまうでしょう。妥協の一切ない映像が生み出す没入感が、何度見ても新鮮さをもたらし、感動を呼ぶのだと思います。そして、実際に劇場で歌舞伎の世界を体験してみたいという気持ちにさせるのではないでしょうか」。

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

映画における「女性」という市場
細やかな視点と口コミ力

2025年6月の公開1週目は、50代以上の女性が日中に訪れるケースが大半を占めており、この客層で固定されると思われていた。ところが週末を迎えるごとに、世代、性別が広がり、夜間の来客も増加。4週連続前週比増という異例の推移を見せた。

「期待値を超える映画に感動した女性たちが家族や友人に感想を伝え、誘い合って2回、3回と劇場に足を運んでいるという話をよく耳にします。私の母も、友人に誘われて4回も観てくれました。女性特有の口コミ力がヒットを加速させたのは、確かにあると思います」。

本作品において、アニプレックスの村田プロデューサー、脚本家、主演俳優のマネージャー、CREDEUSの企画部長と、企画・制作段階でカギを握ったのも女性たちだった。

「判断に迷うときや重要な局面で議論すると、私自身は思っていなかったような意見が出てきて新鮮でした。美しい歌舞伎の世界への憧れ、ひたむきに芸に向き合う主人公の姿や周囲の葛藤の物語は、女性の視点を大切にすることで昇華したのだと思います。そこに女性の口コミ力があいまって、これだけ多くの人に観てもらえたのだと、後から振り返って気づかされました」。

世界で勝負するために
日本映画産業の構造改革を

2025年6月、CREDEUSは講談社、三菱UFJ銀行との共同で「Japan Creative Works1号投資事業有限責任組合」を設立した。作品への資金調達・資金提供を、MUFG傘下の三菱 UFJ 信託銀行が組成・運用、三菱 UFJ 銀行とその他投資家が出資した 「Japan Creative Works1号投資事業有限責任組合」が担う。これにより、世界トップレベルの映画を世界に売り出していくためのビジネスモデル構築を目指す。

この取り組みは、映画の作り手の地位と権利を保証できる環境を整備する試みでもある。

「スケールの大きな作品にクリエイティブ・ファーストで挑戦できるようにし、その作品の著作権を、製作委員会だけではなく作り手にも帰属させ、成功報酬も与えるべきです。例えば日本が世界に誇るマンガは『作家が稼げる』夢のあるコンテンツですが、映画もそうなればと思っています。制作者が稼ぎ、企画を主導していくようになれば、優秀な人材が集まり、質の高い作品を生み出し続けることができます」。

グローバルな配信サービスによって、広告会社や配給会社を介さずとも、世界中のインターフェースに作品が映し出される時代だ。

「面白いもの、質の高いものを作れば、あまり時間をおかずに、世界の誰にも発見され、楽しんでもらえるのです。日本の映画はまだ大きな可能性を秘めています。仲間とともに挑戦し続けます」。