気仙沼・陸前高田の現場から考える 思い込みを超える地域再生の課題
今、地域に何が起きているのかを探るシリーズ。京都橘大学学長の岡田知弘氏が解説する。東日本大震災から15年を迎える三陸沿岸。気仙沼・陸前高田の現場を歩くと、復興の歩みと新たな課題が交錯する。先入観を離れ、地域の実像に向き合う重要性を伝える。
1月末に、三陸海岸の気仙沼と陸前高田を訪ねる機会に恵まれた。被災地は東日本大震災から15年目を迎えようとしていた。両市には、被災後1~2年に1回程度、調査やフォーラムを実施するために訪問し、復興過程を見て来た。ただ近年は、コロナ禍もあって、なかなか行く機会がなく、約4年ぶりに訪れたことになる。
現地を見て、いろいろと書きたいことがあるが、ここでは「地域を診る」うえで特に大切であると感じたことを記しておきたい。
私が気仙沼に初めて調査に入ったとき、京都から新幹線を乗り継いで一ノ関駅まで行き、大船渡線に乗り換えて約7~8時間を要した。「陸の孤島」という言葉が思わず口をついたこともある。しかし、ある時、見当違いの「思い込み」であることに気づいた。気仙沼は古くから遠洋漁業の拠点であり、外国や国内の漁港とのつながりも強い。いわば「海の十字路」であり、生活文化も多様性に富んでいる。これは陸前高田にも言えることである。明治時代から航路を開設し、東京とつながっていた。私は、鉄道と道路という現代の交通手段を念頭に置いた勝手な「思い込み」に縛られていたのである。その間違いを地元の皆さんに教えてもらった。
今回も、長期にわたる震災復興過程における様々な不確定要素に目を配る必要があることを痛感した。
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