網膜再生医療の実用化へ 制度改革を積極的に提案
iPS細胞から作製した網膜細胞を、加齢黄斑変性疾患の患者に移植する世界初の手術を2014年に実施した髙橋政代氏。現在はビジョンケアの社長として、網膜再生医療の実用化を進めている。2026年3月に神戸市で開催される日本再生医療学会総会では、大会長として日本発の構想を世界に発信する。
髙橋 政代(ビジョンケア 代表取締役社長、医師)
京都大学の山中伸弥教授がヒトiPS細胞の作製法を開発したのは2007年。髙橋政代氏はその7年後に、理化学研究所のプロジェクトリーダーとして、iPS細胞から作った網膜細胞を患者に移植する治療を実現させた。現在はスタートアップ企業ビジョンケアで、網膜再生医療の実用化に取り組む。
同社が手掛ける網膜再生医療の場合、移植する細胞の質に加え、医師による移植の手技も結果を左右する。「現在うまくいっているiPS細胞由来の再生医療、例えばパーキンソン病に対するドパミン神経細胞移植や、心不全患者への心筋シートの移植は、iPS細胞以前に別の細胞で20~30年かけて手術法を検討してきたものです。網膜への細胞移植にはその蓄積がないのが難点です」。
髙橋氏は、このような「手術型の再生医療」は、製薬会社が新薬を開発する際にたどる、多数の患者を集めた臨床試験で臨床データを取得し、分析した結果をまとめて規制当局へ承認申請するというフローとは相性が悪いと考えている。必要なのは新しい観点からの評価だ。
「外科医による手術は究極の個別化医療で、その患者に合わせてプランを立て、実施するものです。他方、薬事規制は薬学の考え方が主体になっており、内科的治療のための統計学が基盤になっています。外科的手術のあいまいさ、患者ごとの違いを許容する臨床医の視点が、国内のイノベーションを促進する上で必要になると思います」。

日本再生医療学会総会は神戸市で3月19日、20日に開催される
高価な治療を実装するために
先進医療と民間保険に期待
髙橋氏が実施した世界初のiPS細胞移植治療は、当時2億円以上の費用が掛かった。「世界が危険視する中で、科学的に最高の治療としてデザインしたので、このままでは絶対に標準治療にならない、ということは認識していました」と振り返る。技術開発が進み、ある程度の患者数が確保できて1例あたりのコストが下がったとしても、1,000万円を超える治療費が必要になる。このような再生医療を公的医療保険だけで賄うのは不可能ということは当初から分かっていたと髙橋氏はいう。
そんな中で希望となったのは、がんの重粒子線治療や膵島移植が、先進医療制度と民間保険の組み合わせで普及していったという事例だ。先進医療は、厚生労働大臣が定める高度な医療技術を用いた治療のうち、公的医療保険の対象になっていないもの。先進医療分のコストは患者が全額負担するが、それ以外は保険が給付される。全ての治療が全額自己負担となる自由診療とは異なる枠組みだ。重粒子線治療については、現在は複数のがんが公的医療保険の対象になっているが、2003年に先進医療に指定されてから10年ほどは、多くの患者で数百万円の自己負担が必要だった。そこで活用されたのが、民間保険の先進医療特約だ。
「先進医療特約は、生命保険加入者の約半数が付けているもので、治療費が高額になってもこれでカバーできます。再生医療にもこれを使えるのではないかと、解が見えた思いでした」。
髙橋氏は、細胞移植手術の方法をブラッシュアップし、症例を増やして医師の技術を向上させる時間を確保する上でも、先進医療の枠組みは有効だと考えている。治験をするのは、確実な手術法を確立してからと考えているためだ。「ただ、厚労省から先進医療として認められるための審査には時間がかかる。そこは何らかの方法で改善すべきだと思います」。
3月に神戸で大会を主催
患者と協力、産学連携を進める
2026年3月19日、20日に神戸市で開催される第25回日本再生医療学会総会で、髙橋氏は大会長を務める。企業が同学会の大会を主催するのは今回が初めてだという。
この大会では「希望の光を失わせない」をテーマとし、2つの柱を掲げた。1つ目は、患者・市民参画(PPI)の推進だ。「新治療開発加速の重要性を医師がいくら訴えても『あなたがやりたいだけでしょう』と返される。当事者である患者さんの声、要求には大きな力があります」。
米国の眼科領域では、患者団体のFoundation Fighting Blindnessが数十億円規模の助成金を持ち、網膜変性疾患の治療開発を主導している。日本の患者会にはまだそこまでのパワーがない。「患者が治療のつくり方を理解した上で、皆で治していこうと発言すれば力になる。研究者と医師、患者の対話を日本でも強化したい」。
2つ目は、アカデミアと産業界の連携だ。米国の大学が知的財産から大きな収入を得ているのに比べ、日本の大学の知財収入はその100分の1程度にとどまる。「でも、研究の質が100倍違うはずがない。知財から収益、そして研究費へと還流するサイクルを、日本の研究者が学べば流れは変わる」。基礎研究者が知財を意識し、自分の研究が将来の研究費につながっていることを可視化できるような大会にしたいと語る。
また、今回の大会は、2025年に日本再生医療学会として提示したYOKOHAMA宣言を受け、「検証型診療」の具体案を発表する場となる。企業も患者も病院もメリットを受けられる規制の在り方を、日本から世界に発信していく。大会の翌日には国際細胞遺伝子治療学会(ISCT)とのジョイントシンポジウムを開催。国際展開、特にアジアとのつながりを強化する方針だ。ISCTは日本再生医療学会と、今後5年にわたり交互にシンポジウムを開催することを希望しており、日本の再生医療への世界の注目度の高さがうかがえる。
目指すのは、新しい市場を切り開き
ルールをつくる会社
理化学研究所の研究者から、再生医療スタートアップの社長を務めるようになった髙橋氏。経営者の立場に立って見えてきたことは多いと話す。
「手術型再生医療の中で企業の役割には『次元』があると思っています。2次元は製品をつくる会社、3次元は事業をつくる会社、4次元は社会制度をつくる会社。ビジョンケアは4次元の会社としたい」。
ただし、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達には苦戦している。「治験に入るタイミングをあえて遅らせて成功確率を高める戦略をとっています。しかしVCは治験のフェーズで企業価値を判断するので、なかなか理解を得られずシナジーのある事業会社からの投資でまかなっています」。
それでも、髙橋氏は将来を悲観していない。治療法開発の歴史は予測が外れることの繰り返しだった。2025年の国内市場規模は1兆7,000億円と推計され、多くの患者を救っている抗体医薬も、25年前の国内市場はほぼゼロで、ここまで大きな市場になると考える人はいなかった。
「再生医療が今いるフェーズはそこなのでは。大企業の撤退が相次ぐ今こそ、助走期間の重要性を理解し、次世代に引き継ぐしくみをつくりたい。日本の再生医療を、我々1世代のブームでは終わらせません」。
- 髙橋 政代 (たかはし・まさよ)
- ビジョンケア 代表取締役社長、医師
日本再生医療学会常任理事