アルピコホールディングス 目指すは信州MaaSの旗手

1920年、筑摩鉄道としてスタートし100余年の歴史を持つアルピコグループ。現在、アルピコホールディングスを親会社に、交通、小売、観光という3つを柱にした事業を展開している。長野県のインフラと地域経済を担う根底にあるのは、信州への愛だ。地域愛をベースにした理念や成長戦略について話を聞いた。

アルピコホールディングス代表取締役社長の佐藤裕一氏

バス、タクシー、スーパー
地域に欠かせない事業を展開

「鉄道会社から始まり、バスやタクシー、レジャーなど事業を多角化。昭和40年代に小売事業に進出し、現在ではスーパーマーケットを中心とした小売事業がグループ全体売上の約75%を占めています」と話すのが、アルピコホールディングス代表取締役社長の佐藤裕一氏だ。

様々な事業展開の中で一貫しているのは「長野県をドメインとした事業体であり、信州に暮らす人々に普遍的な価値をもたらしたいという思い」だという。「信州」という呼び名にもこだわる。長野県という土地、歴史や文化全体を象徴するだけでなく県民にも定着した呼称であるためだ。日本古来の地方名が現在も一般的な呼び名として使われている地方は、ほかにあまりない。

交通事業はアルピコ交通というグループ企業が担い、地域の足である鉄道や路線バスはもちろん、東京や大阪などと松本や上高地、白馬などを結ぶ高速・特急バスも運行する。タクシー事業はアルピコタクシーという企業が担っている。

首都圏などと信州各地を結ぶ高速バス

観光事業については2022年に分社を実施。アルピコホテルズで宿泊事業を、アルピコリゾート&ライフでリゾート事業をそれぞれ担い、業績を伸ばしている。宿泊施設のなかでも特徴的なのが、山岳リゾートホテルとして人気の「上高地ルミエスタホテル」、JR松本駅に近くウェディング等にも利用される「ホテルブエナビスタ」、1300年の歴史を持つ美ヶ原温泉にある「美ヶ原温泉 翔峰」だ。このうちホテルブエナビスタでは間もなく、地下施設を利用したクラフトビール醸造が始められる予定である。

2024年春リニューアルオープン予定 上高地ルミエスタホテル

そして、グループ最大の規模を誇る小売事業を担うのはデリシアというグループ企業だ。食品スーパー「デリシア」と生鮮業務スーパー「ユーパレット」を約60店舗、信州各地に展開している。

2023年4月に新業態デリシアミールズとして新規オープンしたデリシアうえまつ店

「小売業で業績を伸ばすには合理化や効率化が必要と言われますが、私たちは必ずしもそうではないと考えています。長野県は大きな市に一極集中ではなく、長野市や松本市をはじめとした中小規模の都市に人口が分散しています。そもそも小売サービス業にとっては効率が悪い立地ですし、高齢化も加速しているので、ここで生き残っていくには効率化だけを考えていたらダメです。当社には人口の多くない地域で営業する店舗もありますが、ここを撤退して効率化を図るのではなく、その店舗をいかにしてお客様に使い続けていただくかという発想が非常に重要だと考えています」

食料品や生活雑貨の買い物は命を守る行為だ。高齢者の移動手段も減るなか、既存店舗をしっかりと活かしつつ、ネットスーパーや移動スーパーの展開などのマルチチャネル化も進めている。

技術革新と人材確保
その両輪が不可欠

新型コロナウイルス感染症は5類に移行したが、「コロナ前に戻ることはもう二度とない」と佐藤氏は考えている。最大の理由は人手不足の顕在化だ。もちろんコロナ前からあった課題だが、「ここへきてインバウンドが急増し、突如として人手不足が顕著になった感覚があり、正直に言って需要を全部取り込めていない機会損失がある」という。需要増は良いことだが、不足する供給力と旺盛な需要をどうマッチさせていくかが最たる経営課題だ。

人手不足に関して、小売事業では蓼科に無人スーパーをオープンさせるなどしているが、スーパーでは商品の納入から陳列までの作業の自動化も不可欠であり、その技術研究も進めている。「よく言われるラスト・ワンマイル、ここをしっかり考えないといけません」と佐藤氏。交通事業に関しても、自動運転やAIによるオンデマンド配車など人手不足を補う技術研究や実証実験への参画なども推進している。

しかし、こういったテクノロジーの追求も、やはり人材確保と両輪で進めなければならない。なぜなら、交通事業も小売事業も、アルピコグループが手掛ける事業はすべて「従業員がお客様の手から手へ受け渡すサービス」だからだ。技術革新は不可欠ながら、技術で人手不足をカバーすることだけが最適解ではないと話す。

そのために佐藤氏が訴えるのは定年の年齢の引き上げではなく、定年というものに対する概念を考え直す必要性だ。

「アルピコグループの従業員の多くが地元の方で、この地にはOB・OGが多数おられますから、彼らを再組織化し、週のうち1日か2日、あるいは午前中のみ、といった働き方ができるような職場開発を考えています」

雇用の受け皿となることは元従業員の健康維持にもつながると期待され、彼らに給料を払い続けることで地域経済の活性化にも貢献できる可能性がある。

安全・安心は当たり前
提供したいのは「楽しさ・ときめき」

人材に関しては、海外人材の大学新卒者の直接採用も開始した。海外の大学との連携も進めており「雇用だけでなく、いつか一緒に事業ができたら」と考えている。ASEANの国々でインバウンドの直接誘致にも力を入れており、「そのお客様たちを、私たちの施設だけにとどめるのではなく、信州のほかの事業者とも幅広く連携し、利益を分け合いながら共存共栄を図りたい」というのが思い描く地域の未来像であり、「信州に活力をもたらす付加価値を増大し、その利益を独占はしない」と断言する。

グループ経営理念は「アルピコグループは、信州に暮らす人々とそのすばらしい自然環境を愛し、『安全・安心』『便利』『快適』『楽しさ・ときめき』『知識』の提供を通じて、豊かな地域社会の実現に貢献します。」というもの。これについて佐藤氏は「この中でも大切なのは『楽しさ・ときめき』です。安全・安心や便利さは、ご提供できて当たり前。私たちは近年、お客様にいかに楽しさやワクワク感をご提供できるかに力を入れています」。そのためには自分たち自身も楽しさやときめきを感じたいと、トヨタが開催する自動車レースへの参戦や、サッカーやバスケットボールチームのスポンサーを務めるなどしている。

佐藤氏が挑戦するのは、技術開発など既存事業の深堀と、若い人のアイディアを形にする新規事業の探索という「両利きの経営」だ。その舞台である現場への感謝と愛を常に胸に、これからもグループを率いていく。