品種改良を超高速化、食糧問題を解決 ゲノム編集の革新性
世界的な人口増加や気候変動の深刻化で、フードテックに期待が集まっている。政府も2021年に農林水産省内にフードテック推進部署を新設し、支援を本格化している。リージョナルフィッシュは最先端のゲノム編集技術を用いて、世界の食糧問題の解決を目指す。
梅川 忠典(リージョナルフィッシュ代表取締役社長)
品種改良期間が10分の1に
驚異のゲノム編集技術
2021年9月に発売されたマダイ「22世紀鯛」は、従来の鯛に比べて可食部が1.2倍に増えたにも関わらず、飼料量を2割削減した“スーパーフード”だ。実はこのマダイはゲノム編集技術を利用して開発されたもの。厚生労働省および農林水産省へのゲノム編集食品に係る届出・情報提供手続きを完了しており、国の手続を経て上市するゲノム編集動物食品は世界で初めてだ。

従来の鯛に比べて可食部が1.2倍、飼料量を2割削減した「22世紀鯛」
「天然モノと養殖モノ、どちらが美味しいかと聞かれた場合、タイならば天然と答える人が多いですが、イチゴならば『あまおう』のような養殖(栽培)のほうが好まれます。この差は、品種改良が進んでいるかどうかにあります」と話すのは、本商品を開発したリージョナルフィッシュ代表取締役社長の梅川忠典氏。
人類の農耕の歴史は、同時に品種改良の歴史でもある。優れた品種を見つけて育てる分離育種法は約1万2000年前に導入されたと考えられ、1700年頃には交雑育種法が開発、1950年代には放射線によって突然変異を起こす育種法が開発された。「現在の農畜産物のほとんどは品種改良がなされたもので、我々が普段口にするものの中で品種解消がされていないのは三つ葉ぐらいと言われています」。1品種の改良には野菜であれば10年、畜産や果樹であれば30年かかることが普通だった。
そんな状況を一変させたのがゲノム編集育種だ。ゲノム編集は、標的遺伝子の一部を酵素で切断し、自然修復時に生じる変異を利用する方法であり、作物自身の特定の遺伝子を必要な部分だけ変えることができる。2012年に簡易かつ高精度なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」が登場したことがブレイクスルーになり、研究開発が急速に進んでいる。なお、「CRISPR-Cas9」を開発したドイツとアメリカの研究者は2020年にノーベル化学賞を受賞している。
誤解を招きやすいが、ゲノム編集育種法は遺伝子組み換え利用育種法と全く異なるものだ。1970年代に開発された遺伝子組み換えは、他の生物の遺伝子を利用し従来の交雑育種では不可能なものをつくる技術であり、「人類が存在しなければ生まれない、新しい生物をつくりだす技術」(梅川氏)である。一方、ゲノム編集は別の生物の遺伝子を入れることはなく、その生物の持つ本来の遺伝子の働きを利用する、交雑育種法などの従来の品種改良を高効率化したものだ。「成果物は品種改良と同じですが、そのスピードが全く異なります。従来方法で30年かかった品種改良を、ゲノム編集ならば2~3年で行うことができるのです」
成魚販売から稚魚販売へ
グローバル4兆円市場に照準
リージョナルフィッシュは、このゲノム編集技術を水産分野に応用しているスタートアップだ。京都大学大学院農学研究科の木下政人准教授、近畿大学水産研究所の家戸敬太郎教授らの技術シーズをコアに2019年に設立された。代表の梅川氏はデロイトトーマツ及び産業革新機構の出身である。約20名の社員のうち研究員は16名、うち博士号は10名となっている。
高速の品種改良とスマート養殖を組み合わせた次世代水産養殖システムを生み出すことを事業の目標に掲げる。「1万年以上の歴史を持つ農耕や畜産に比べ、水産養殖は50年程度の歴史しかなく、従来方法のような30年かかる品種改良を行うだけの時間はなく、ほとんどが天然種となっています。しかし、将来的には水産物の品種改良が進むはずです。私達は京都大学のゲノム編集技術と近畿大学の完全養殖技術を導入し、短期間かつ計画的に魚の新品種を生み出していきます」

世界的な人口増加や気候変動により、水産業の持続可能性が危ぶまれている(写真はイメージ)
Photo by Godimus Michel/AdobeStock
先述のとおり、9月に「22世紀鯛」を上市したのに続いて、11月にはゲノム編集動物食品の第二弾となる高成長トラフグ「22世紀ふぐ」を発売。「22世紀ふぐ」は「22世紀鯛」以上に飼育効率が良く、一般的な品種の1.9倍の早さで成長するため、飼育期間の大幅な短縮が可能。加えて、飼料利用効率(体重増加÷摂取した飼料量)が42%改善しており、より少ない飼料で育てることができる。

第二弾商品の「22世紀ふぐ」は一般的な品種の1.9倍の早さで成長し、飼料利用効率を42%改善
2商品ともにクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」を通じて発売し、すぐさま完売。12月からはリージョナルフィッシュのECサイトで販売を開始した。加えて、京都府宮津市のふるさと納税返礼品としても提供されている。

「22世紀鯛」はクラウドファンディングや自社ECサイトで販売
「ふるさと納税返礼品として『22世紀鯛』を受け取った方にアンケートを取ったところ、回答者60人中『とても美味しかった』が85%、『美味しかった』が15%となり、美味しくなかったという回答は1件もありませんでした」
ビジネスモデルとしては、まずはクラウドファンディングや自社ECサイトを活用したBtoCビジネスにより、認知向上やブランディング、売上の拡大を進めていく。次のフェーズは養殖事業者への稚魚販売だ。稚魚販売市場はグローバルで4兆円規模と考えられ、成魚販売よりも利益率は高い。「稚魚販売はまだ開始していませんが、すでに10社以上の養殖事業者から引き合いを頂いています」という。
事業上のネックとして挙げられるものは、ゲノム編集食品に対する消費者の意識だ。ゲノム編集が遺伝子組み換えと混同されないよう、消費者との丁寧なコミュニケーションが必須となる。同社は事業化に先立ち、合計8つの消費者団体や食品関連の業界団体を訪問し、ゲノム編集が品種改良と同じであることや、食糧危機問題解決の寄与を目指す姿勢について説明を行った。その結果、「すべての団体が事業を応援してくれるようになった」という。
「発売後も、国内マーケットでは消費者も養殖事業者もかなりポジティブに反応してくれており、メディア各社もゲノム編集=品種改良だと報道しています。これからもゲノム編集食品は最先端のサイエンスを活かした商品だと言い続け、環境により優しいタンパク質というブランディングをしていきたいと思っています」
世界のタンパク質不足を解決し、
日本の水産業と地域に貢献
「私達の夢は、効率的な水産物のタンパク質をつくり、世界のタンパク質不足を救うこと。そして、高付加価値な水産物の品種をつくり、日本の水産業と地域を盛り上げることです」。 2005年に年間3.2億トンだった動物性タンパク質需要は、世界の人口拡大などとともに2050年には年間5.8億トンまで増えると考えられる。このままでは2030年頃までに供給を需要が追い越し、タンパク質不足が発生することになる。水産物のタンパク質をより効率的につくること、つまり、少ない餌で育つ魚を開発することが求められているのだ。
タンパク質の需要が供給を上回るタンパク質クライシス
出典:リージョナルフィッシュプレスリリース
リージョナルフィッシュでは現在、20品目のゲノム編集品種を開発中。大きさや成長性の速さだけでなく、美味しさを高めたり、アレルゲンが低いといった品種の開発を進めている。養殖を巡っては地球温暖化に伴う海面水温の上昇が課題になっているが、温度耐性の高いゲノム編集品種が開発できれば、この課題もクリアできそうだ。
また、1988年から2018年の30年間で、世界の漁業・養殖業生産量は1億500万トンから2億1200万トンまで倍増したが、そのうち日本の漁業・養殖業生産量は1278万トンから442万トンまで減少、かつて世界1位の水産国であった日本は現在順位を8位まで下げている。
水産業の伸びしろは養殖も、日本の水産業界はマイナス成長
出典:リージョナルフィッシュプレスリリース/p>
「果物のように、魚も地域ごとの品種でブランディングする時代が訪れると思います。ゲノム編集を用いて、日本の水産業やそれを支える地域を盛り上げていきたいです」。リージョナルフィッシュ(地魚)という社名にもそんな想いが込められている。
例えば本社を置く京都府では、京都ブランド「丹後・旬のさかな」に選定されているアマダイ(ぐじ)やとりがいのゲノム編集に取り組んでいる。また、「22世紀ふぐ」は京都府宮津市内の養殖所で生産している。
同社は少数精鋭の研究開発集団であり、事業化を加速するためにオープンイノベーションを積極的に推進、創業2年半で約60の企業・大学・団体等と協業を行っている。
10月にはNTTグループや宇部興産、荏原製作所、電通と連携協定を締結。各社のIoT・AI技術や流体・熱制御技術、廃棄物等の再資源化技術を持ち寄ったスマート養殖の加速や、新品種のブランディングに取り組むという。
また、奥村組とNTTドコモ、岩谷産業の4社連携で、「バナメイエビ」のスマート養殖システム開発に向けた実証実験を開始。バナメイエビは世界で最も食されているエビだが、日本は種苗を海外から輸入するケースが多く、海外由来の伝染性疾病の発生による被害が度々起こっていた。4社は、リージョナルフィッシュが開発した国産バナメイエビの種苗を用いて、水質遠隔監視システムなどのICTを活用した最適な養殖方法の研究開発を行う。

奥村組やNTTドコモなどと連携し、高生産性のバナメイエビ養殖パッケージの開発を推進
「ゲノム編集技術による品種改良は、あらゆるものに応用できると考えています。タンパク質不足問題の解決や地域産業振興への貢献を目指していきます」と梅川氏は語った。