人材需給のミスマッチを防げ! 「人的資本経営」の必要性を経済産業省課長が解説

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年8月7日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

グローバル化や技術革新、環境問題、人口減少への対応など、企業経営を取り巻く環境は日々、大きく変化している。とりわけ人材の需給に関しては、経済産業省が2026年3月に公表した「2040年の就業構造推計(改訂版)」で、生成AIやロボット技術の進展にともない将来的に大規模なミスマッチが生じる可能性が指摘された。企業価値の持続的な向上を支える原動力は「ヒト」。事業推進に必要な人材をいかに獲得し、育て、活用するかが企業の持続的な成長のカギを握る。人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる「人的資本経営」の考え方が重要性を増している。

今回の政策特集では、多様な人材を活用できるよう、人材戦略を経営戦略の中核の一つに位置付けることを考える。初回は、想定される就業構造の変化と人的資本経営の必要性などについて、経産省産業人材課の橋本泰輔課長=写真=に解説してもらった。

経産省産業人材課の橋本泰輔課長

「2040年に事務職437万人余剰」…就業構造推計が示唆すること

経産省は2026年3月、「2040年の就業構造推計(改訂版)」を公表した。それによると、今後、十分な国内投資や産業構造の転換が実現した場合、AIやロボットの導入で効率化が進み、就業者数全体では大きな不足は生じないものの、職種や学歴によっては需給のミスマッチが生じる見込みだ。

事務職で437万人が余剰となる一方、専門職は181万人、現場人材では260万人が不足するという。専門職の中でも特に、AIやロボットなどの利活用に関わる人材は339万人不足するとの試算だ。また、学歴別でみると、例えば大卒・院卒では、文系で76万人が余剰となり、理系で124万人の不足となる。

<2040年の労働需給におけるミスマッチ(推計)>

<2040年の労働需給におけるミスマッチ(推計)>
(クリックで拡大)

橋本課長は「職種や学歴を必ずしも画一的に捉える必要はない」としたうえで、「足りない分野を担える素養を持った人材をどう育て、賄うか。リスキリングや女性の活躍、ダイバーシティの推進など、様々な人材の能力を引き出す人的資本経営の考え方が欠かせない」と話す。

人的資本投資は成長投資…投資家、働く人の関心高く

経産省などによると、日本経済が長く停滞していた要因の一つに、人的資本投資を含む成長投資が不十分だったことが挙げられている。人的資本投資は多くの経営者にとって人件費、すなわちコストと捉えられ、利益確保を優先する企業では後回しにされがちだったという。実際に日本は、研修などに要した直接・間接費用の対名目GDP比率などの各種指標で、欧米諸国に比べて低い状態が続いていた。

研修費用の対名目GDP比率の国際比較
(クリックで拡大)

企業価値や競争力の源泉は、建物や設備などの有形資産から、人的資本や知的資本、ビジネスモデルなどの無形資産に移ってきており 、近年は多くの投資家が人的資本投資の重要性を認識している。特に、その目的や背景にある経営戦略、経営指標や財務指標にどのような影響を与えるかなどに関心を持っているという。

投資家・働く人が注目する人的資本投資
(クリックで拡大)

また、就職を控えた学生や転職希望者にとっても企業の人的資本投資は関心事の一つだ。労働環境や企業風土といった組織的基盤の充実に関することに加え、経営戦略と人材戦略がいかに連動しているかも、投資家と同様に注目しているとされる。

新卒一括採用と終身雇用が一般的だった時代は、職場の先輩が後輩を指導する育成手法が主流だった。しかし、雇用の流動化が進み、人手不足が日常的な昨今は、将来の転職を前提に自身のスキルアップを重視する労働者も珍しくない。橋本課長は「人材投資を蔑ろにしていては、働き手を確保できないという危機感が企業経営者の間でも高まりつつある」としたうえで、「人的資本投資と企業価値は極めて密接に結びついている。そのことに気付いている企業はまだ多くないのではないか」と指摘する。

橋本泰輔課長

「実践」と「可視化」は人的資本経営の両輪

人的資本投資に投資家や労働市場も関心を寄せている以上、「実践に加えて、いかに情報を可視化して開示するかも大切」(橋本課長)だ。経産省は、企業が人的資本経営を理解する際の参考になる「人材版伊藤レポート2.0」を2022年5月に単独で、情報開示の基準となる「人的資本可視化指針(改訂版)」を2026年3月に内閣官房、金融庁と連名で公表している。

持続的な企業価値の向上に向けた人的資本経営

人材版伊藤レポート2.0では、経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組みとして、人材戦略の策定と実行を担う責任者として、社員や投資家を含むステークホルダーとの対話を主導するCHRO(Chief Human Resources Officer、最高人事責任者)を経営陣に設けることや、KPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)を設定し社内外に説明することなどを提言。人的資本可視化指針(改訂版)では、スキルに応じた賃金や処遇制度の導入に加えて、従業員の健康管理を経営的な視点で捉えて戦略的に実践する「健康経営」、女性活躍、人材の多様性を確保する「ダイバーシティ経営」などの推進を、経営戦略と連動させながら、必要に応じて取り組むことなどを提案している。

一般社団法人化されたコンソーシアムの取り組み

日本企業の人的資本経営を実践と開示の両面から促進する動きもある。「人材版伊藤レポート2.0」の筆者でもある一橋大学 CFO 教育研究センターの伊藤邦雄センター長らが発起人となって2022年に設立された「人的資本経営コンソーシアム」 は、継続的で安定的な運営体制の構築などを目的に2026年4月、一般社団法人に衣替えし、新たなスタートを切った。2026年6月時点の会員数は350を超え、製造業、卸売・小売業、サービス業、投資機関など様々な企業が入会している。

<人的資本経営コンソーシアムの体制>

<人的資本経営コンソーシアムの体制>
(クリックで拡大)

コンソーシアムは、先進事例の共有や企業間協力に向けた議論などを行っており、これまでに会員企業のCEO(Chief Executive Officer、最高経営責任者)やCHROらを対象に実施した調査や先進事例の公表などに取り組んできた。今後は、会員企業と投資家が開示内容について対話する場を設けたり、政策セミナーを実施したりする予定だ。

経産省は金融庁とともにオブザーバーとして参加しており、橋本課長は、「コンソーシアムの活動を通じて人的資本経営の実践が民間主導で広がり、地方の中堅・中小企業などにも認知が広まることを期待している」という。

省庁連携で政策目的を推進

人材は企業の競争力を生み出す源泉で、経済成長に最も重要な要素の一つ。投資家や労働者に選ばれる企業となるためにも、リスキリングや女性の活躍、健康経営の推進などの人的資本投資が重要視されているわけだが、「積極的に取り組んでいる企業とそうでない企業で、その差はまだまだ大きいのが実情」(橋本課長)だ。

人的資本投資は教育や健康、働き方といった様々な分野に関連する。経産省は文部科学省や厚生労働省とも連携して政策を推進する考えだ。

元記事へのリンクはこちら

METI Journal オンライン
METI Journal オンライン