沖縄県・玉城デニー知事 沖縄の離島をイノベーションの発信地に

広大な海域に点在する691の島々から成る沖縄県。玉城デニー知事は、「人口の少ない離島だからこそ、スタートアップの育成やイノベーション創出に適している」と語る。離島の弱みを有用性に変換し、テストベッド・アイランドとして世界に発信することで、沖縄県は新たな強みを構築しようとしている。

玉城 デニー(沖縄県知事)

駐留地跡を有効利用し県土再編
離島は安心して暮らせる環境を整備

――現在取り組まれている「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」では、どのような沖縄の将来像を描いておられますか。

「沖縄21世紀ビジョン基本計画」は、2012年からの10年ごとをワンスパンとした、2031年までの20年間の計画となっています。2022年からの「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」は、前期10年間の施策をブラッシュアップした内容です。本県が目指すのは、県民の一人ひとりが自立型経済を構築し、豊かさを実感しながら生き生きと暮らせる社会、すなわち安全・安心で幸福を実感できる島を形成することです。具体的には、5つの将来像と4つの固有課題の解決を設定しています。

5つの将来像とは、①沖縄らしい自然と歴史、伝統、文化を大切にする島、②心豊かで、安全・安心に暮らせる島、③希望と活力にあふれる豊かな島、④世界に開かれた交流と共生の島、⑤多様な能力を発揮し、未来を拓く島です。

さらに、克服すべき沖縄の固有課題として「基地問題の解決」「駐留軍用地跡地の有効利用による県土構造の再編」「離島の条件不利性克服と持続可能な島しょ地域の形成」「海洋島しょ圏をつなぐ交通ネットワークの構築」の4つを設定しています。沖縄本島全人口のうち8割が、嘉手納基地から南に集中しています。それゆえにさまざまな社会的課題が固定化されています。均衡ある県土の発展を促す形で基地跡地利用を進めねばなりません。

また、本県は多くの離島を抱えています。離島には陸続きではないという地理的不利性や、台風などの気候の影響を受けやすいという課題があります。さらに、島によっては航路はあるが空路がない、その航路も1日1航路しかないようなところもあり、暴風や高波で欠航になると輸送手段も物流手段も断たれてしまいます。こうした課題を、陸路・海路・空路を連携してつなぐことで解決して、どの島で暮らしていても安定した生活を営むことができるような環境を形成したいと思っています。

2022年度からの「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」では、新たにSDGsを取り入れました。この基本計画は社会・経済・環境という3つの視点からつくられており、SDGsと重なる部分も多いため、沖縄県らしいSDGsを形成する取り組みを進めています。

左/東西約1000㎞、南北約400㎞の海域に691の島々が点在。離島の条件不利性克服や、離島間の交通ネットワークの構築などの固有の課題がある。画像は慶良間諸島 ©OCVB 右/沖縄の歴史・文化を象徴する首里城の守礼門。琉球王国は1429年から450年にわたって存在し、琉球独自の文化を育んだ。2019年に正殿が焼失したが、2026年を目指し復興が進んでいる Photo by okioki/Adobe Stock

テストベッド・アイランドとして
環境関連産業の振興に注力

――社会・経済・環境という3つの視点で、具体的にどのような取り組みに注力されていますか。

まず、社会面では、「誰一人取り残すことのない沖縄らしい優しい社会」の構築を目標として掲げています。こうした社会は、個々に問題を解決するだけでは実現が難しいと考えています。例えば子どもの貧困は、子どもだけの問題ではありません。若くして結婚をする人たちを支援する取り組みからスタートして、さまざまな関係機関と連携を図りながら、社会的にお互いが支え合うような環境をつくる必要があります。こうした取り組みが、誰一人取り残すことのない社会につながるのです。

経済面では、本県ではほとんどの企業が中小零細企業であり、そうした企業が今後DXを図りながら「稼ぐ力」をつけていくことが重要なテーマであると考えます。特に本県の基盤産業である環境関連産業や情報通信産業では、技術の高度化・高付加価値化を推進しています。また、本県が将来、国際物流拠点となるようにDXを促進し、物流産業の成長を図ります。

環境面では、2050年度カーボンニュートラルの目標値に近づくため、再生可能エネルギーの導入をさらに促進していこうと考えています。同時に、沖縄県全体をテストベッド・アイランドとして実証実験を行い、それをそのまま社会実装するという形を進めていきたいと思っています。「沖縄21世紀ビジョン基本計画」の前半10年間は社会と経済に注力しましたが、後半の10年間は環境にも注力して、持続可能な沖縄の将来像を描いていきます。

このように、「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」では市町村との連携も強化しながら、県民が本県の目指す将来像を理解し、実感できる取り組みを着実に進めていきたと思います。

観光のあり方を見直し
持続可能な観光地を目指す

――沖縄県のリーディング産業である観光産業の今後の振興策についてお聞かせください。

沖縄県を訪れる観光客数は、2023年度の実績で853万2600人です。このうち、国内客数は726万9100人、外国人客数が126万3500人でした。空路からの観光客は95万2500人、海路は31万1000人となっています。国内客数については、統計開始以来最多を記録しました。外国人観光客についても、国際航空路線の回復やクルーズ船の寄港再開に伴い、段階的に回復しています。1人当たりの観光消費額も高い水準を維持しており、2023年度の観光収入は8507億円で過去最高となりました。

その一方で、コロナ禍における離職と需要の回復に伴う人手不足が深刻な課題となっています。加えて、物価高騰による影響も観光関連産業の課題になっています。そこで、県では観光事業者の無人化・省力化への取り組みや、国内外からの観光人材の受け入れに対する取り組みについて、できる限りきめの細かい支援をするため、業界関係者へのヒアリングや意見交換会などを実施しています。

本県が目指すのは、世界から選ばれる持続可能な観光地です。観光客も観光事業者も県民も、それぞれが「訪れてよし」「住んでよし」「受け入れてよし」という形で、お互いの満足度を高めるような施策を展開したいと考えています。沖縄のソフトパワーである自然・歴史・文化などの良さを持続可能な形で提供していくような、エシカルでサステナブルな観光ツーリズムを構築したいと思います。

コロナ禍前は、特に離島でオーバーツーリズムの傾向が出始めていました。コロナ禍が収束すると、「コロナ禍前のように多くの観光客に来ていただくのはありがたいことではあるけれど、例えば定員オーバーで乗船できない、観光客がいろいろなところで駐車するため通行が妨げられるなど、住民の生活に支障が出るようでは困る」といった声が多くの住民の方々から寄せられました。我々は住民の生活を守るための告知など、十分な対策ができていなかったことを深く反省しました。住民の方々が安心して観光客を受け入れることができるような対策を講じて、観光の質を上げるとともに、適正な観光客の量も考えたいと思います。

――観光産業に限らず、人手不足が課題になっていますが、どのような施策を行っていきますか。

人材確保については、それぞれの産業が求める人材を県内ですぐに確保するのは難しい状況です。まずは人材育成のコアになるような先駆的な方々を県外から招き入れ、その方々と業界が連携する形で裾野を広げていきたいです。そして、各業界で力を蓄えた人材の育成を着実に進めていきたいと思います。しかし、業界によっては外国人材を登用するなど、新たな人材も組み合わせながら確保できるように、各業界と協力しながら外国人材の受け入れ施策を展開しようと考えています。

スタートアップエコシステムで
事業化から成長過程まで支援

――新たな成長産業を生み出すための取り組みや、スタートアップ支援についてお聞かせください。

産学官金が連携して科学技術によるイノベーション創出に取り組んでいます。また、それを産業振興につなぐイノベーションエコシステムの構築に向け、まずは沖縄科学技術大学院大学(OIST)を始めとする県内大学を対象に、研究成果の事業化を見据えた産学間の連携を図っています。

大学発スタートアップの創出は、沖縄県にとって大きな可能性と魅力を秘めています。例えば、OISTでは、沖縄県と連携し、国際公募によるアクセラレータープログラムに取り組んでいます。一例としてOISTの支援により起業家が開発した、農業用の超吸水性ポリマーは、自然由来の完全生分解性を持つことから、このポリマーで循環型のエコシステムを構築し、水不足を中心とした世界の環境問題の解決を目指そうと、OIST発のスタートアップが誕生しました。現在は同プログラムから9社のスタートアップが創出され、実績をあげています。

上/沖縄科学技術大学院大学(OIST)の全景 画像提供:OIST 下左/農業用の超吸水性ポリマーを開発したOIST発スタートアップ、EF PolymerのナラヤンCEO。沖縄科学技術大学院大学発展促進県民会議での活動報告の様子 下右/ナラヤンCEOから起業に対する熱い想いを聞く玉城知事

このように県内大学が有する最新の研究設備や研究人材といった資源を活用し、事業化を目指す人材の支援や、資金面でのサポートを提供することにより、技術の事業化を担う研究開発型スタートアップが創出され、事業活動を行えるよう、国内外から技術・人材・資金を呼び込むための環境整備を図っています。

また、経済成長や社会課題の解決をけん引するスタートアップを持続的に生み出し、成長させることや、オープンイノベーションを促進することを目的とした「おきなわスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム」を設立しました。ここが母体となり、創業時のワンストップ支援や、ビジネスプランを具体的に事業化していく支援などを提供しています。スタートアップに対し、創業から3年目、5年目と、短期・中期的な財政支援を継続し、軌道にのるまでしっかりサポートする仕組みを目指します。

スタートアップのビジネスモデルは日々変化しており、新しい提案も次々と生まれています。離島県にあっても新たな事業開発の可能性があることを沖縄県から発信することが、大きな強みになると期待しています。

2022年12月におきなわスタートアップ・エコシステム・コンソーシアムが設立

――“イノベーションアイランド沖縄”というイメージでしょうか。

そうです。そのような意味でも、例えば人口規模の小さい離島だからこそ、再生可能エネルギーの実証実験を行い、それをそのまま地域に組み込むような環境をつくれるのではないかと考えています。例えば産業分野ごとに離島で実証実験を行うなど、離島である弱みを将来の有用性に変えていきたいと考えています。

切れ目ない支援体制の構築で
誰一人取り残さない優しい社会へ

――人材育成や教育については、どのようにお考えでしょうか。

沖縄県で一番の社会問題は子どもたちの貧困であり、それによる教育環境の不平等です。これらの課題を解決するには、県民所得の向上と、社会的に公平な教育環境の整備が重要です。当然ですが、子どもの貧困は子どもだけの問題ではありません。家庭環境・社会環境・学校の環境といった1つひとつの環境に目を向け、そこで必要な支援を切れ目なく行う必要があります。それが全体的なセーフティネットになると考えています。

そのセーフティネットの中で、子どもたちが自分の家庭環境に左右されることなく、自分のやりたいことや進みたい道に挑戦し、自分の将来をつかみとっていけるようにしたい。そのために具体的な課題や要望・希望に合わせて支援を行う組織体制や人材育成を、外部の協力関係者と連携しながら取り組んでいきたいと思います。

そして、子どもたちがどこに行けば支援を受けられるのか、あるいは協力したいと思う人がどのような支援ができるのか、わかりやすく示していきたいと思います。当然成果目標などの数値も設定しますが、その数値だけにとらわれることなく、そこからこぼれ落ちる者がいないように注視しながら、丁寧に社会的責任としての広範な人材育成を行い、子どもも若い世代も女性も、働き盛りの人も、それぞれが活躍できる環境を、それぞれのステージに合わせて切れ目なくつくっていきたい。それが「誰一人取り残すことのない優しい社会」の形成につながるのだと思っています。

 

玉城 デニー(たまき・でにー)
沖縄県知事