ローカル文化を基点とした「新ラグジュアリー」とは何か
Z世代の台頭やサステナビリティ意識の高まりなどを背景に、ここ30年くらいに発展した「ラグジュアリー」(産業)が旧型になり、ローカル文化を起点とした「新ラグジュアリー」が世界で生まれつつある。このような中、日本がラグジュアリーブランドを育てるために必要な視点とは何か。著述家の中野香織氏に聞いた。

中野 香織(著述家/服飾史家/株式会社Kaori Nakano 代表取締役)
時代とともに変遷してきた
ラグジュアリーの概念
「ラグジュアリー産業は仏LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンなどのコングロマリットが主導する、富裕層向けの高付加価値ビジネスと捉えられてきました。しかし近年は、欧州以外の地域からスタートアップが台頭し、旧来のラグジュアリーと一線を画した新しいラグジュアリーが拡大しつつあります」と話すのは、著述家の中野香織氏だ。中野氏はラグジュアリーを、その語源から「誘惑的であり、豊かさを表すものであり、光り輝く(輝かせる)もの」と定義した上で、ラグジュアリーの概念は時代とともに変遷してきたと語る。
中世・ルネッサンス時代、ラグジュアリーは王侯貴族が自らの権威を誇示するためのものだった。しかし、19世紀にイギリスで産業革命が本格化すると、資本を蓄えた新興ブルジョワ階級が勃興。新たに「紳士」階級(=支配階級)の仲間入りをする彼らには、富や権力だけではなく、支配階級にふさわしい教養やマナーなどのソフト面も重視されるようになる。1990年代以降は、資本家によるハイブランドの買収劇が繰り広げられ、巨大コングロマリットが構築された。グローバルなマーケティング戦略が市場を主導した結果、2000年代にハイブランドの大衆化が始まり、ラグジュアリー市場は早いサイクルで大量生産・大量廃棄を行うファストファッションと同様の循環に陥ることとなった。
こうした変遷を経て、世界は今、西洋中心主義からの脱却へと方向転換を始めている。その要因について、中野氏は「移民受け入れの影響もあり、ヨーロッパが憧れの対象ではなくなってきたことや、かつて支配的な立場にあった西洋人が、アフリカやアジアなどのマイノリティの文化を表層的に取り入れる『文化の盗用』が社会問題化したことが影響しています。また、社会や環境に関心を持つZ世代(1995年以降生まれ)の存在感が高まり、企業にサステナビリティへの取り組みを求める姿勢が強まっていることも、この潮流を加速させています」と分析する。
ラグジュアリーの新たな潮流
「コンシャス・ラグジュアリー」
中野氏は「ここ30年に発達して肥大化した権威的なラグジュアリーが“旧型”となりつつある一方、世界各地でローカル文化に基づいた新しいラグジュアリーが生まれています」と指摘した上で、これからは「コンシャス・ラグジュアリー(意識の深いラグジュアリー)」が新しいラグジュアリーの中心を担うと強調する。2017年頃から聞くようになった「コンシャス・ラグジュアリー」は、2007年頃の「エシカル・ラグジュアリー(倫理的なラグジュアリー)」、2009年頃の「レスポンシブル・ラグジュアリー(責任あるラグジュアリー)」、「サステナブル・ラグジュアリー(持続可能なラグジュアリー)」に続く潮流だ。
「19世紀にも『コンシャス・ラグジュアリー』という言葉がありましたが、それは、経済的余剰を誇示する“見せびらかしの消費”を意味しました。しかし、21世紀は自分の本質と地球環境全体に意識を向けることが新しい価値、新しいビジネスチャンス、新しい文化をつくることになります。新しいラグジュアリーは文化の上下格差がなくなり、文化が多様化する時代において、人間らしさの本質的な価値を追求するものになるでしょう」
そうした新しいラグジュアリーを体現しているのが、カシミア製品などで知られるイタリアのブランド「ブルネロ・クチネリ」だ。創業者のクチネリ氏は1985年に人口500人ほどのソロメオ村に本社を移転し、働く人の尊厳を第一とする「人間主義的経営」を実現している。
「ブルネロ・クチネリ」の店舗 Photo by travelview/Adobe Stock
「職人にイタリアの平均より20%高い賃金を支払うことで、職人が自発的に責任を感じ、職人の内なる創造性が自由に発揮され、結果的にラグジュアリー製品を生んで、ブランドの発展へと実を結んでいます。地域に雇用を創出するとともに、人々の文化的で豊かな暮らしの基盤を作るため、ソロメオ村を修復して劇場、職人学校なども設立しました。職人の尊厳を大切にするクチネリ氏の『人間主義的経営』は、世界のトップ経営者の間で人間のための新しい資本主義のモデルとして注目されています」
「ブルネロ・クチネリ」の本社があるイタリアのソロメオ村 Photo by Federico/Adobe Stock
世界で存在感を高める、
日本発のラグジュアリースタートアップ
新しいラグジュアリーの萌芽は日本にも見ることができる。その一例が、長野県出身のデザイナー、黒河内真衣子氏が2010年に立ち上げたファッションブランド「マメ・クロゴウチ」だ。
「黒河内さんは畑仕事をする家族の姿から、いいものをつくるには時間と労力が掛かることを学んでおり、マメの作品も非常に手間暇が掛かっています。ブランド設立10周年の記念展覧会を長野県立美術館で開催するなど、ローカル・アイデンティティを大切にしながら世界中のファンに長野の魅力を発信しています」
海外で成功しているブランドの一つに、ドイツ・デュッセルドルフで立ち上げられた「suzusan」がある。鈴三商店5代目の村瀬弘行氏は、家業である有松鳴海絞りの技術を活かし、世界20カ国以上でファッションとインテリアを展開。クリスチャン・ディオールに生地を提供し、ナタリー・ポートマンがドレスを着用したことでも注目された。昨今は逆輸入の形で日本でも知名度を上げつつあるが、中野氏は有松の町並みが2019年に日本遺産に認定されたことを説明した上で、「産地の人々と環境を大切にする新しいラグジュアリーは地域創生に直結し、新たなツーリズムとしての可能性も秘めています」と話す。
また、宮城県の石材店「大蔵山スタジオ」は、石積み工事や墓石材に使われていた伊達冠石を、アート色の強い家具や彫刻作品に磨き上げることで、新たな地位を確立。国内外のホテルやギャラリーからの引き合いを受ける傍ら、大蔵山でガイドツアーなどを開催し、地域の観光産業にも貢献している。
こうした動きを捉えた上で、中野氏は日本発のラグジュアリーはそのあり方の模索段階ではあるものの、上下関係のある植民地構造からの自由が進む現在は、むしろ小さなスタートアップが始めやすい状況にあると考察する。
「日本発ラグジュアリーの芽を育てるためには、私たち日本人がメイド・イン・ジャパンの製品や技術に自信を持つこと。そして、地域や文化といった自らの原点を、今までと違った角度から見つめ直すことが重要です。そうした取り組みこそが日本人の尊厳を守り、日本文化への敬意を生み出すことにもつながるはずです」
米・コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーは2020年11月に発表した「世界高級品市場レポート」において、「今後、ラグジュアリーは高級品業界という括りではなくなり、『文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる市場』になっていく」と述べている。この新しい潮流を好機と捉え、日本からラグジュアリーブランドを発信していくことが求められそうだ。

- 中野 香織(なかの・かおり)
- 著述家/服飾史家/株式会社Kaori Nakano 代表取締役