iPS細胞による治療が迎える正念場 社会実装へ、具体策を探る

再生医療の実用化が正念場を迎える中、日本再生医療学会は信頼性向上とイノベーティブな医療の普及に向けたガイドラインの策定を進める。CAR-T細胞療法の国内製造体制構築、ロボット・AIを活用した細胞医薬品の自動製造など、革新的医療の社会実装に向けた政産官学の取り組みが加速している。

今回の研究会は10月23日に東京・南青山の事業構想大学院大学で開催。再生医療の基礎研究、臨床応用、社会実装に関して専門家による活発な意見交換がなされた

実用化が正念場を迎える再生医療
検証型診療ガイドライン策定目指す

現在は打つ手がない疾患に解決策を提示する再生医療への社会からの期待は大きい。日本再生医療学会理事長であり、大阪大学医学系研究科教授・眼科医として患者にも接している西田幸二氏は、再生医療を取り巻く現状について2つのトピックを指摘した。

西田 幸二(日本再生医療学会 理事長
大阪大学大学院医学系研究科
脳神経感覚器外科学[眼科学]教授)

1点目は、日本のiPS細胞再生医療の実装が正念場を迎えていることだ。2026年中にも世界初のiPSC由来治療薬が承認される可能性がある。治験段階でも国際的主導権を確立しており、西田氏が進めているiPS細胞由来の角膜上皮細胞シートによる移植治療も本格的な治験に向けて準備中である。しかし近年、欧米やアジア諸国が細胞療法分野では開発・製造・流通体制の整備で日本を猛追しており、今後は科学的優位を社会実装の速度へと転換しうる制度設計と産学官の連携強化が鍵となる。

2点目は、自由診療のもとで安全性が十分に検証されていない再生医療の提供が増えていることだ。特に自由診療の問題解決は急務であり、2025年3月に横浜で開催された第24回日本再生医療学会総会で採択した「YOKOHAMA宣言2025」で、「検証型診療」と「無検証診療」にカテゴリー分けを行うと宣言。その後、検証型診療ガイドライン策定の議論を進め、その中で検証型診療の階層分類案を提示した。これはエビデンスの高い順に「治験後」(公的保険)、「先進医療」(公的保険と民間保険)、「検証型診療」(民間保険)、無検証診療の4グレードに分け、自由診療については、事前の科学的根拠があり、レジストリで安全性・有効性を検証する「検証型診療」を設けることで「自由診療を信頼できる選択肢として再構築したい」という。同時に、再生医療をはじめとするイノベーティブな医療の普及に向け、民間保険活用の議論を進めていると話した。

「医療維新」CAR-T細胞療法で
アジア市場のハブを目指せ

続いて、北海道大学大学院医学研究院教授の豊嶋崇徳氏が、持続可能なCAR-T細胞療法提供体制の構築をテーマに発表した。患者の免疫細胞を取り出して遺伝子を導入したうえで体内に戻す米国発の遺伝子改変細胞治療として、日本では2019年に最初のCAR-T細胞療法が承認された。悪性リンパ腫は、抗がん剤の登場で約50%が治癒するようになっていたが、さらにCAR-T細胞療法が開発されたことで、残りの50%のうち約半数が治癒する道が開けた。

豊嶋 崇徳(日本造血・免疫細胞療法学会 理事長
北海道大学大学院医学研究院 血液内科学教室教授)

「高額ではあるが治療は1回の投与で終わる。現役世代が病気から解放されればQOL向上、経済底上げにもつながります」と豊嶋氏はメリットを強調した。一方で、CAR-T細胞療法が受けられる施設は全国90カ所まで広がっているものの「医療者の自己犠牲のもとに成り立っているのが現状」とし、診療報酬で妥当な評価を行う必要性を強調した。また米国で製造するため採取から投与まで2、3カ月を要する現状をふまえ、「医療安全保障上の観点からも日本国内に細胞医薬品の製造の場を作ることが急務」とし、「巨大なアジアの市場のハブを目指すべき」と述べた。

ロボットとAIで
細胞医薬品の製造の壁を超える

細胞医薬品の製造の現場からは、セラファ・バイオサイエンス社長の山口秀人氏が、ロボットとAIを活用した製造について話した。同社は安川電機とアステラス製薬の合弁会社で、2025年9月に設立した新しい企業だ。ピペット操作なども可能な汎用ヒト型双腕ロボット「Maholo(まほろ)」を使って、製造工程を自動化するサービスをビジネスとして展開している。自動化により品質のばらつきを抑えるとともに、AI技術を用いて最適な培養条件やプロセスを探索・確立できるという。また、製造プロセスは他の製造拠点のロボットへワンクリックで転送できるため、省人化と短時間での製造プロセス確立が実現できると同社では期待している。

山口 秀人(セラファ・バイオサイエンス株式会社
代表取締役社長 CEO)

「細胞医薬品は製法そのものが製品である。ロボットを活用し細胞製造の再現性を高めることで製造の壁を乗り越えられる。日本が強みを持つ産業ロボットの技術を生かすことで差別化を図ることができるでしょう」と山口氏は述べた。

米国食品医薬品局(FDA)では、こうした革新的で高度な製造技術の早期採用を促進するための高度製造技術指定プログラム(AMTs)を設け、承認プロセスをスムーズに進める仕組みをつくった。山口氏は「サポーティングインダストリーを後押しするために日本でもこうした仕組みが必要」と訴えた。

民間保険の活用、
患者レジストリのあり方など議論

講演後のディスカッションでは、まず日本総合研究所シニアフェローの翁百合氏が「再生医療で民間保険を活用するうえでの課題は何か」と提起した。西田氏は、「民間保険の活用によって、エビデンスのない自由診療まで後押しすることがないようにしなければならない。検証型診療を設け、ハードルを上げたうえでそこに民間保険を活用すべき。同時に、ハードルを厳しくしすぎると保険会社にとってはビジネスの成立が困難になるため、そのバランスを見極めなければならない」と述べた。

慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授の後藤励氏は、CAR-T細胞療法で義務付けられている患者レジストリ(登録データベース)について、「(治療によるQOL向上や経済効果を測るために)就労状況や家族状況を登録する予定はあるか」と問うた。豊島氏は「非常に重要な論点。そういう情報こそ取っていかなければならない」とし、慶應義塾大学医学部教授の中村雅也氏も「患者さん自身の QOLがどう変わったかという指標はデータベースの中に入れていくべき」と同意したうえで「そのような調査は製薬会社にとっては喉から手が出るほど欲しいデータ。製造と医療情報と患者登録情報などをデータベースに載せた上でしっかりと評価し、それを利用する企業から収益を上げるモデルを築くことができるのでは」と可能性を語っている。

細胞製造の自動化については、西田氏が再生医療分野におけるロボットとAIの活用について「ロボットのAIは汎用的な方向に進むのか、決められた作業にチューンナップする方向へ行くのか」と質問した。山口氏は「現在のロボットはセンシングの技術とAIが組み合わさることで、教え込まなくても動きを覚えることができるようになる。それぞれの作業工程に合わせ、専門的な動きができるロボットが出てくると見ている」と展望を話した。