高知県・濵田省司知事 「抑制×適応」の人口減少対策で元気な未来を創造

人口減少に大きな危機感を持つ高知県。濵田知事はこれらに歯止めをかける施策を展開する一方、人口減に適応しながら「賢く縮む」取組も進めている。同時に、アニメクリエイターの聖地を目指すプロジェクトや、中山間地域に若者を呼び込む仕掛けをつくるなど、高知の元気な未来をつくるために尽力している。

濵田 省司(高知県知事)

若者の人口減少を止め
反転増にする3つの柱

――2024年度にスタートした「高知県元気な未来創造戦略」では、どのようなビジョンを描かれていますか。

高知県では、2015年に策定した「高知県まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づき、人口減少対策に取り組んできました。しかし、2022年の本県の出生数は全国最小の3721人(当時)となりました。これにより、人口減少対策を本県政策の最重要課題と位置付け、総合戦略を全面改訂しました。それが2024年4月からスタートした人口減少対策のマスタープラン「高知県元気な未来創造戦略」です。この戦略では、高知県の元気な未来を創造するために、4、5年後までに若年人口の減少傾向に歯止めをかけ、概ね10年後には令和4年の水準まで回復させることを最も重要な目標として掲げています。

この戦略では3本の柱を立てました。1本目の柱は、仕事の創出による若者の増加で2040年に1000人の社会増をイメージしています。2本目の柱は、婚姻数の増加。それに伴い、3本目の柱として出生数を増加させます。

まず、若者の増加のためには、若者にとって魅力のある仕事を県内に増やす必要があります。これまで取り組んできた「地産外商」と「イノベーション」の取組を一層強化するとともに、事業者の生産性向上による賃上げ環境の促進や、非正規雇用労働者を正規化し、安定的な雇用を創出することで、若者の所得向上を目指しています。さらに2025年度から移住・定住対策を強化しました。これらの取組で県外からのUターン・Iターンを増やし、若者の人口増を図ります。

2本目の婚姻数の増加のために今年度特に注力しているのが、多様な出会いの場の創出です。若者は自然な出会いを望む傾向がありますので、趣味の交流イベントや、スポーツや伝統芸能を通じた交流の場を創出していきます。

3本目の柱である出生数の増加対策では、不妊治療支援を行うほか、本県では未整備の無痛分娩の整備に取り組みます。しかし、一番のポイントとなるのは、「共働き・共育て」のさらなる推進だと考えています。男女が分担して育児や家事に取り組めるように、本県では男性も育休を取得するのが当たり前の社会を目指します。「男性は仕事、女性は家庭」といった古い固定観念の解消に向け、県民運動をさらに拡大し、「共働き・共育て」の社会を実現していきたいと思っています。

4つの「S」で
持続可能な地域社会を実現

――若者の定着や出生数の増加に向けた対策の効果が出るまで、総人口は減少していきますが、どのようにお考えですか。

総人口の減少に伴い、今後はあらゆる分野での担い手不足が加速していきます。すでに医療や交通、行政も含めて、人材の確保が難しくなっています。そこで本県では、こうした公共体制を改革して、人口が減少していく中でも持続可能な体制をつくる改革「4Sプロジェクト」に取り組んでいます。

4Sプロジェクトの「4S」は持続可能な社会の実現に向けた賢い縮小を意味する、「Smart Shrink for Sustaina ble Society」の頭文字を取って「4S」としています。また、取組を4つのSの視点で進めることとしています。まず、複数の事業体を束ねることでスケールメリットを追求する「集合」。一方で、一律に規模を縮小するのではなく、真に必要なサービスは充実させる「伸長」。重複するサービスの共同化や目的達成のための簡素な手法への代替などで、賢く縮小する「縮小」。さらに、前例を踏襲するのではなく、新しい試みを追求していく「創造」。

4Sプロジェクトは、人口減少そのものに歯止めをかける抑制策の取組に加え、人口減少の適応策としてスマートシュリンク(賢い縮小)の視点で推進するものです。 「4Sプロジェクト」のうち、例えば「消防の広域化」や「周産期医療体制の確保」、「県立高等学校の振興と再編」など、特に県の強力な関与を必要とする取組は、「"4S"重点プロジェクト」として推進しています。

高知の産業を活性化する
地産外商とイノベーション

――産業振興や新規産業の育成では、どのような施策に注力されていますか。

現在、「第5期高知県産業振興計画」のもと、地産外商とイノベーションを柱に産業振興の強化を図っています。

今一番ホットな話題は、4月13日から始まった2025年日本国際博覧会です。本県はこれまで以上に関西との経済連携によって高知の経済を強く活性化したいと考えています。2024年の夏には、大阪・梅田の再開発ビルに高知県のアンテナショップ「とさとさ」をオープンしました。ここを拠点として、地産外商や観光促進、移住促進の強化を図っています。ちなみに、万博の象徴でもある世界最大級の大屋根リングに使われている木材の約4割は高知県産です。林業県高知の存在感を出すことができたのではないかと思っています。

大阪・梅田にあるアンテナショップ「とさとさ」

地産外商では、輸出の振興にも力を入れています。食品関係では、ユズ、土佐酒、水産物などが絶好調で、ヨーロッパやアジアを中心に右肩上がりで伸びています。防災工事の技術についても海外へ展開して伸びています。

イノベーションでは、デジタル化と脱炭素が軸になっています。

高知県の基幹産業は一次産業です。IoPクラウド「SAWACHI(サワチ)」は、高知県が生産者に向けて開発した営農支援サービスです。クラウドに集まる作物・ハウス内環境データ、出荷データ、気象データなどを比較、分析して利用価値の高い情報に変換し、生産者にフィードバックします。このようにデジタルを活用してハウス園芸農業の高度化を図っています。

IoPクラウド「SAWACHI」の仕組み 出典:高知県

林業では、森林情報をデジタル化したクラウドシステム「Clowood(クラウッド)」を活用して、樹木の種類や本数、土地の標高や地形の起伏を把握し、効率よく施業できる地域を選定し、再造林を推進しています。

水産業では、高知マリンイノベーションの一環として構築した情報発信システム「NABRAS(なぶらす)」のデータを、操業の効率化や漁業経営のリスク軽減などに役立てています。

このようにデジタルシステムの導入により、本県の基幹産業である一次産業の収益力や付加価値の向上に取り組んでいます。課題は、具体的にどのようにすればこうした取組を若者の所得向上につなげることができるのかということです。2025年度は官民共働でチームをつくり、その研究を進めていこうと考えています。

産学官連携で実現を目指す
アニメクリエイターの聖地

――スタートアップやベンチャー企業など、新しい産業の育成について、どのような取組をされていますか。

新分野では、高知の強みを活かし、大きく2つの分野で取組を進めています。1つはヘルスケアです。高齢化が進む本県は、健康や福祉の分野での実証実験の場として最適だと言えます。例えば、軽度認知症の早期発見や症状の改善を目的とするバーチャルリアリティを用いたプログラムを開発する企業の事業化に向けた支援を行っています。そうしたものを中心にヘルスケア分野では、現在9件の取組にコミットしています。

また、一般的な受け皿としてローカルイノベーションプラットフォームを新設しました。これは、全国のスタートアップ企業と県内の新規事業創出を、産学官が連携して仲立ちをしてつなぎ、地域課題の解決で稼げる体制をつくる取組です。

もう1つの分野は、アニメプロジェクトです。高知県は、「アンパンマン」の作者のやなせたかし先生など、多数の漫画家を輩出しているマンガ文化の地です。高校生マンガ家の登竜門「全国高等学校漫画選手権大会(まんが甲子園)」は30年以上開催しています。

アニメはマンガとは少し異なりますが、親和性の高い分野です。地元信用金庫を中心に産学官連携でアニメクリエイターの聖地を目指す取組として、アニメの大規模祭典「高知アニクリ祭」を開催するなど、アニメと言えば高知と思っていただけるようなイメージ戦略にも注力しています。その中で、県はアニメ関連企業の誘致やクリエイターなどの人材養成を担当しています。

今や、アニメはデジタルで制作する時代です。東京の会社に在籍したまま高知に移住して、リモートでアニメ制作を行うクリエイターも出てきました。若者の雇用の場をつくる上でも、高知をアニメクリエイターの聖地にするプロジェクトは大きな意味があると思っています。

高知県が開催したアニメ制作体験講座の様子

自然エネルギーの素地活かし
エネルギーの地消地産へ

――高知県の脱炭素化や、GXの取組についてお聞かせください。

高知県は森林率が84%で全国1位です。森林を整備し、林業を盛んにして再造林を進めて、二酸化炭素の吸収を高めることで脱炭素に貢献したいと考えています。

現在、林業振興として進めているのは再造林の推進です。これまで4割程度しか再造林できていませんでしたが、これを7割まで高めようと取り組んでいます。新しい木が育てば二酸化炭素の吸収力が高まります。また、林業の将来を考えた時に、次の世代の生業として継承できるでしょう。

木材の利用促進として県独自で取り組んでいるのが、「高知県環境不動産」認定制度です。これは、木造・木質化された建物を高知県環境不動産として認定し、税制面や都市計画面で優遇する制度です。環境に配慮した森林由来の土佐材を認証する制度も現在構築中です。

また、自然豊かな本県には再生可能エネルギーの素地がたくさんあります。これらをどのように生かしていくか。現在、環境省の脱炭素先行地域に県内4件・5市町村が指定を受けています。そこでは、再生可能エネルギーで地域のエネルギーを賄い、地元に利益還元する取組も進められています。

石油精製所を持たない本県は、他県に比べてガソリン価格が高く県民を悩ませています。その解消のためにも、資源を生かした再生可能エネルギーの地消地産(※)の実現を目指します。

さまざまな観光振興の取組で
中山間地域を活性化

――高知県の産業の柱、観光振興についてお聞かせください。

2023年のNHKの連続テレビ小説「らんまん」や、2025年の「あんぱん」は、高知県が舞台です。「らんまん」の主人公のモデルである牧野博士の出身地、佐川町や牧野植物園、「あんぱん」のやなせたかし先生の出身地である物部川エリアなどは、コアな観光地として盛り上がっています。

県では2024年から、新たに「どっぷり高知旅キャンペーン」を展開しています。県内の、特に中山間地域の魅力である自然・食・文化をじっくり、深く、たっぷり味わっていただくために長期滞在を推進しています。

2024年から「どっぷり高知旅キャンペーン」を開始

また、人口減少と高齢化により存続が難しくなってきた地域の祭や、神楽や農村歌舞伎などの民俗芸能の担い手として、県内の大学生や企業の若手社員の方々に参加を呼び掛けています。若い方々に関係人口として地域に入っていただき、地域の方々と触れ合い、ご縁を結び、潜在的な後継者を養成する、いろいろな仕掛けを考えています。2026年の秋には国内最大級の文化芸術の祭典「よさこい高知文化祭2026」を開催します。これを県内各地、特に中山間地域の民俗芸能の再興のきっかけにしたいと考えています。

海外の観光客については、2023年5月に台湾との定期チャーター便が高知空港に乗り入れ、現在も90%以上の搭乗率を維持しています。コロナ禍で止まっていた高知新港へのクルーズ船も復活し、2023年は国内外から472万人という過去最高の観光客が高知を訪れました。現在、台湾からの観光客に人気が高いのは、JR四国の観光列車「志国土佐 時代(トキ)の夜明けのものがたり」です。乗車券がなかなか手に入らないほど人気となっています。

※地消地産:「地域で消費されるものを地域で生産する」という考え方

 

 

濵田 省司(はまだ・せいじ)
高知県知事