次世代放射光施設で新技術・新産業を生み、国際競争力強化に貢献

東北大学青葉山キャンパスで2023年度に完成予定の次世代放射光施設は、宮城の産官学連携による新技術・新産業創出の核となる存在として期待されている。日本を代表するリサーチコンプレックス形成に向けた構想を、同施設の整備・運営を行う光科学イノベーションセンター理事長の高田氏に聞いた。

高田 昌樹(光科学イノベーションセンター 理事長 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授)

原子や分子まで見える
“光”を産官学で利活用

仙台駅から地下鉄で9分の東北大学青葉山新キャンパス内に、「次世代放射光施設」の建設が進んでいる。コロナ禍で中断があったものの進捗に大きな影響はなく、このまま順調に進めば2023年度内に最初の“光”が放射される見込みだ。

東北大学で建設中の次世代放射光施設(2021年11月現在)
画像提供:一般財団法人光科学イノベーションセンター

放射光とは、光速近くまで加速された電子を磁場によって曲げる際に、放出される光のこと。太陽光の約10億倍の明るさがあるため、その波長の長さと同じナノ(10億分の1メートル)単位の世界を見ることが可能となる。

「現在、欧米や南米、アジアなど世界に50カ所、日本に9カ所の放射光施設があります。1997年から運用を開始した兵庫県の播磨科学公園都市にある『SPring-8(スプリングエイト)』が現世代の最高性能を誇っていますが、それでも600~700nmを見るのが限界。20年以上の歳月をかけて性能を磨き上げた次世代放射光施設が完成すれば、さまざまな物質の成分や構造を、より詳細かつスピーディーに解析できるようになるでしょう」と語るのは、光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹氏だ。

図表 国内外の放射光施設の進化

出典:一般財団法人光科学イノベーションセンター

同センターは、東北大学など東北の7国立大学が提唱した「東北放射光施設構想」を端緒に、学術研究機関、産業界、日本経済団体連合会、東北経済連合会などの30名が発起人となり2016年12月に設立された一般財団法人。宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会の代表機関として国とパートナーシップ協定を結び、「コアリション(有志連合)」となる企業や大学、国研などから出資を募り、次世代放射光施設の整備を進めている。

イノベーションインフラが東北復興のシンボルに

次世代放射光施設では、波長が比較的長い「軟X線」が用いられる。炭素や酸素、リチウムといった生命の営みに重要な関わりのある軽元素の分布や電子状態を計測するのに適しており、「硬Ⅹ線」による金属材料の解析が得意だった「SPring-8」とは好対照だ。

「鉄鋼・非鉄金属、ガラス・セラミックス、エレクトロニクス、食品、エネルギー・資源、化学繊維・製紙、車産業など、幅広い産業分野の技術・開発に関わることができます。例えば、アルツハイマーなど脳疾患の機構解明や、新型コロナのようなウイルスの表面に存在するスパイクタンパク質の構造を調べて、ワクチンや薬剤の開発に役立てるといった応用が考えられます。高精細で大量のデータを高速に測定できるため、既存施設で1日かかっていた分析が数分で済むようになり、物質の反応など速い時間スケールの変化も鮮明に観察することができるようになります。これは、仮説検証サイクルの短縮につながり、国際競争力を高めることにもつながると確信しています」

2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けたとはいえ、宮城県に西日本の「SPring-8」の双璧となる拠点ができれば、日本全体として災害時のリスクヘッジになると同時に、東北にとって「創造的復興」のシンボルを持つことにもなる。

また、産学連携に100年以上の歴史を持つ東北大学には、工学部、理学部、薬学部などが揃い、最新技術の活用に必要な基礎研究が集まっているのも強みだ。ここに企業が加わって産業応用・実用化まで進めていけば、さらに優秀な技術者や資金が集まり、それが次の連携を生み……というイノベーション・エコシステムが廻り始める。

「当センターを介すことで、企業は専門的な知識がなくても放射光を使えます。また、技術漏洩も防ぎながら課題解決に取り組めるという点もメリットでしょう。首都圏・関西圏から2時間以内とアクセスも良いので、地元の中小企業と大企業との結びつきを促せると考えています。『ナノでものを見てデザインする』というトレンドに乗って、日本の産業基盤の発展と研究開発の国際競争力強化に貢献できるリサーチコンプレックスを創り上げたいですね」

実際、次世代放射光施設の利用権が得られる「コアリションメンバー」にはすでに100社を超える国内主要企業が参画を表明。さらに、地域の中小企業向けには東経連ビジネスセンターが小口の出資で利用権が得られる「ものづくりフレンドリーバンク」という制度を設けており、こちらも60社以上の申し込みがあるなど、反響は上々だ。すでに60社をこえる企業が、フィジビリティ・スタディを実施し、100件以上の測定ニーズが挙がってきた。

「実施企業の半数はこれまで放射光の利用経験のない企業ですが、私たちのような“見える化の専門家”が見たい目的に合わせて最適な計測ツールを選ぶお手伝いをさせていただくことで、利活用を促したいと思っています」

カーボンニュートラルの実現にも大きな貢献

さらに、次世代放射光施設は、喫緊の課題であるカーボンニュートラルに関連する燃料電池の開発などにも、大きな役割を果たすだろう。東北大学は2021年4月、震災復興や防災・減災に関わる研究を進めてきた災害復興新生研究機構などを「グリーン未来創造機構」に改組。これまでの研究を基盤に、防災や地域創生、脱炭素などを含む3分野を重点として研究に取り組み、人材育成や社会共創を進める仕組みを整えた。

「金融機関にも入ってもらい、取引先が次世代放射光をどのように活用すればグリーン経営にプラスになるかを一緒に検討していただきたいですね」と高田氏。

施設を核にして産学官金が集積すれば、アメリカのシリコンバレーのように「光イノベーション都市・仙台」として世界から注目される一大研究拠点となるだろう。

 

高田 昌樹(たかた・まさき)
光科学イノベーションセンター 理事長
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授