大丸松坂屋百貨店 目指すは身体と心のケアが当たり前の社会

冬の時代と言われて久しい百貨店業界。インバウンドでやや持ち直したものの、改革が必要な状況に変わりはない。2023年度百貨店総額売上高第3位の大丸松坂屋百貨店はメンタルケアに着目し、事業化に向けてトライアルを進める。経営戦略本部DX推進部デジタル事業開発の比留間由依氏に話を聞く。

大丸松坂屋百貨店
経営戦略本部DX推進部デジタル事業開発
比留間 由依氏(東京校9期生/2021年度修了)

厳しさを増す百貨店業界
新規事業開発は喫緊の課題

大丸と松坂屋の合併で2010年に誕生した大丸松坂屋百貨店。1611年の松坂屋創業から数えれば、その歴史は4世紀以上に及ぶ。ただ、いまは冬の時代と呼ばれるほど、状況は厳しい。百貨店の売上高はバブル経済絶頂期をピークに、減少傾向にある。これは同社に限った話ではない。業界全体が人口減少や消費低迷の影響で厳しい状況にあり、各社とも新たな百貨店像を模索し、様々な施策に取り組んでいる。

2009年の入社以来、商品開発やテナントリーシングなどでキャリアを築いてきた比留間由依氏は「お客様にご来店いただき、実際の商品を見て触れて、接客を通してお買い上げいただくことが百貨店の基本でしたが、そんな従来のビジネスモデルに縛られない新たな事業が必要」だと感じていた。

その新たな事業を考えるヒントを求めて、比留間氏は会社の自己啓発プログラムから事業構想大学院大学(MPD)を選択。2020年春から企業派遣で通うこととなった。当時はファッション関連部門に在籍していたため、新たなECサイトなどを構想するつもりだったが、コロナ禍で小売店や飲食店に営業自粛要請が出され、百貨店は本来事業すら満足に行えない異常事態となった。そこで大丸松坂屋百貨店は新規事業を立ち上げる部署を新設。比留間氏はそこに異動となり、より幅広い視野で新規事業を考えることとなった。

洋服や化粧品などの物販ではなく
「心」のサービスに注目した理由

コロナ禍によりMPDではオンライン講義が中心だったが、「丸尾聰先生のクリエイティブ発想法は、静止画や映像を見てスケッチすることが事業構想につながるとは思ってもみなかったので、強く印象に残っています。改めて観察の大切さとデザイン思考に触れ、お客様起点で考える上での本質的な学びがありました」と振り返る。

2年次に上がるころ、比留間氏は自分自身のことを掘り下げていた。事業構想には「なぜその事業をやるのか」「自分・自社の強みは何か」といった根幹部分が重要だからだ。その結果「百貨店に入ったのはファッションやメイクが大好きだから。ファッションは自分の心を満してくれるものであり、心を波立たせることなく穏やかな日常を送るために欠かせないもの」だと気づかされる。

近年はマインドフルネスの流行や企業のストレスチェック義務化など、「心」に対する社会的な関心度が高まっている。しかし、身体ほどは理解が進んでおらず、まして心のケアの重要性に対する認識は十分とは言えない。そこで、比留間氏は「運動をする、ストレッチをする、肌に良い食べ物を選ぶ。そういった身体のケアと同じくらい、心のケアも身近なものにしたい」と考え、事業構想のテーマを「メンタルケア」にした。

「ターゲットはアクティブワーカーと呼ばれる働く女性たちです。そもそも女性にはホルモンバランスやライフステージの変化などの課題がある上に、日本は女性活躍推進を謡いながらもジェンダーギャップが大きい国。そういった環境下で働く女性たちのストレスを和らげ、心をニュートラルに保つことがメンタルケアであり、事業としては会員制サービスを考えています」

具体的には、ヨガやストレッチ、瞑想やアロマ、ストレスマネジメントなど、身体をほぐして心を整える多彩なプログラムを、オンラインもしくはオフラインで提供。会員はそこから自分のコンディションに合うものを選択し実践することで、自らメンタルケアができる仕組みとする。

特定のイメージが付きまとう
心を扱うことの難しさ

2024年秋、大丸松坂屋百貨店のPoC(概念実証)プロジェクトとして、ついに「メンタルケア事業Calmin」が動き出した。まずはサービスのミニマム版ともいうべき単発のイベントを月1回のペースで開催し、ターゲット層への周知と認知度向上を図ると共に、提供するプログラムやサービス内容をブラッシュアップさせていく(図)。

図 メンタルケア事業Calminのタイムライン

「RUBILIA代表取締役の金井愛理さんがパートナーとして企画・運営に参加してくださることになりました。記念すべき第1回イベントは10月に神奈川県鎌倉市で開催し、Gongという道具の音を聞きながら瞑想を体験するゴングメディテーションを行いました」

イベントの告知はSNSのみで行ったが、20代後半から30代の女性を中心に10名が集まった。「想定していた層に情報が届いた」と見ている。また、参加費用は3時間1万円と、個人の投資としては決して安くないが、「事後アンケートでは費用も含めて満足度が高かった」という。

2025年からはイベントの頻度を月2回に増やし、さらなる実証と検証を重ねる計画だ。ホームページやSNSでの情報発信にも力を入れていく。「メンタルケアはまだ一般化されておらず、その効果を客観的に示すことも難しい分野ですが、だからこそ価値を感じてくださる方に響くように、コピーライティングやマーケティングが重要」だと比留間氏はいう。

10月に開催したイベントの様子。中央にあるのがGong

「まずは小回りの利くオンラインのサブスクサービスとして事業化できればと考えています。また、メンタルケアは健康経営と相性が良いので、B2Bでの提供も検討しています。百貨店は新しい文化を創出し、それを誰もが享受できるものに転換するのが得意ですから、メンタルケアも多くの方に親しんでいただけるものにしたい。そして、ゆくゆくは身体も心もケアをすることが大人の女性のたしなみ、と言われるような社会にしたいと思っています」