産学官から多様な人材が参加 大学経営層育成の独自プログラム

内閣府 大学支援フォーラムPEAKSは、大学の経営課題や解決策等について、産学官での具体的議論、大学経営層の育成等に更なる示唆を得ることを目的に米・イェール大学と共同でオリジナルプログラム「イェール大学プログラム」を開発。昨年度の受講者から、その内容と効果等を伺った。

垣本 昌久(三菱ケミカル株式会社 常務執行役員)

内閣府 大学支援フォーラムPEAKSでは、大学の経営課題や解決策等について、産学官での具体的議論、大学経営層の育成等に示唆を得ることを目的に、2021年1月30日から3月4日まで、米国イェール大学と共同開発した「イェール大学プログラム」を実施した。本プログラムは「国内事前研修」と「イェールプログラム」の2部構成。現地開催を想定していたが、コロナ禍により双方オンライン開催となった。

「イェールプログラム」では、イェール大学学長をはじめ講師によるディスカッションやライブ講義、事前学習用のオンデマンドプログラムを展開。産業界、大学教職員、官庁から28名が参加。参加者の三菱ケミカル 常務執行役員 垣本昌久氏と、京都大学 教授・理事補の上杉志成氏から、プログラムの印象等を聞いた。

産学官連携のキーワードの一つが「ローカル」

――研修の印象はいかがでしたか。

垣本 産学連携によるエコシステムが非常によく出来ているというのが大きな印象です。ここ30年かけて、エコシステムが出来上がっていく流れがよく理解できたのと、そこにスタートアップが上手く結びついているなと感じたのが印象的でした。もう一つが、大学のエンダウメントファンド(寄附基金)の規模の大きさです。また、エンダウメントファンドは企業ではなく、卒業生の個人寄附が多くを占めていたことにも驚きました。日本は東大が約150億円ぐらいですが、イェール大はその200倍の約3兆円。リスキーな投資はしていないが、約30年間で30倍になっている。こうなると、お金に直結したSTEM教育ばかりでなく哲学や音楽などの人文科学やアートにも力を入れることができる。基礎教育への投資多様な人材を引き付け、イノベーションの創出に役立つという良循環を生みます。

――研修を通じてご自身のビジョン等に何か影響がありましたか?

垣本  エコシステムもファンドも大幅に劣っている日本に猶予時間はない。今すぐに行動しないと追いつけないと感じました。研究開発を所管している立場の重要性と産学官を通じた様々な仕組みを自ら動いて早く実現していかなければならないと痛感しました。スタートアップの機運も生まれてきた。いずれにせよ、色々なオプションを試しながら、たくさんトライ&エラーしていかないと上手くいきません。

もう一つ思ったのが日本のこれからの産学官連携は「ローカル」がキーワードになるのではということです。イェール大学はコネチカット州ニューヘブンに大学とスタートアップの城下町を築いています。大学、スタートアップ、地域と一緒くたにコミュニティを形成している。当社は、日本全国に事業所がありますし、大学も全国にたくさんある。当社に限る話ではありませんが、それらをどうつないで、コミュニティを増やしていくか。特に再生可能エネルギーは地方が主役です。日本はこれらを繋ぐスタートアップを企業と大学が一緒になりローカルに育てていかなければと思います。

――エコシステム形成には、大学経営等に外部人材の声も聞かれます。

アメリカには企業だとCOO(最高執行責任者)に当たるプロヴォストというポジションが学長の下にあり、周囲のスタッフに、高度なバックグランドを備えた人材が参画している。そうしたスタッフの層の厚みに強みを感じました。日本が追いつくためにはもっと産業界から人材を持ってきたらどうでしょうか。大学内部にはしがらみがあるのかもしれませんが、産業界から経営のプロが大学経営に参加すればそれもありませんし、企業経営のノウハウを移転したり、アカデミアからスタートアップを生む原動力にもなれる。アカデミアが強くなれば、企業へ優秀な人材提供ができる。産業界から人材を取り入れることはアカデミアと企業が双方に利益を得られる方法であり、今後必要に思います。

大学と企業は一蓮托生の関係です。相互に上手くやらなければ日本の将来はないので、産学の交流はより重要になります。プログラムも組織経営やガバナンス、産学連携に関して色々ヒントがあったので、産業界の参加者にとっても色々気づきがあったかと思います。

――参加者との交流は?

垣本 「国内事前研修」の丸一日の「オリエンテーションプログラム」で、アカデミアの方と意見交換する時間がありました。そこで「スタートアップをつくって、産学連携のエコシステムを作りたいが、やり方がわからない」と生の声も聞けました。そうした声を伺うと、アカデミアと産業界との親和性はもっとあるのではと感じます。こうした産学官のネットワーキングの広がりを今後も期待しています。

米国のトップ大学の経営システムを再確認

――研修の印象はいかがでしたか。

上杉 私は米国で教員をしていましたので、米国の手法についてある程度知識がありました。今回の研修で得たのは、より広くアメリカの経営システムを学ぶことができたことです。大学ごとに経営システムの在り方は異なります。あらためて、米国トップ大学の経営システムはよく出来ているなと再確認できました。

上杉 志成(京都大学 教授・理事補)

日本では、米国の大学に多くの寄附が集まるのは「違う国だから、文化が違うから」といった声がよく聞かれます。米国には寄附の文化があると。しかし、実際はそれだけではなく、米国の大学は寄附を集めるための仕組を最適化しているのです。研修全体の印象をいえば、それを明確化できた点が大きいですね。

――研修では、どんな気づきがありましたか?

上杉 敢えてひとつだけ申し上げれば、研究における重点分野の設定です。イェール大学ならデータサイエンスや免疫学等の5分野を設定しています。説得力ある言葉で、「この分野に投資してください」と明確に大学として打ち出しています。

京都大学でもiPS細胞の研究など明確な目標設定して寄附を募っている場合があります。しかし、大学全体としてはまだ少数です。資金を集めるために大学が重点的に研究領域を明確にする。この点は、日本の大学が見習うべき戦略でしょう。 

――今回はオンライン開催でした。

上杉 対面、オンライン、いずれも利点があります。渡米して対面で研修を受ければ、もっと深い議論ができたでしょう。今回はオンデマンド教材で事前学習した後に、イェール大の講師陣とオンラインで質疑応答しました。この方法は時間の節約になりました。深い議論ではなく網羅的な学習なら、オンラインは適切かもしれません。この方法であれば、場所の異なる複数の大学を題材にすることも可能です。

私は、去年の10月から研究担当の理事補として、大学の執行に関わっています。教員の仕事は、教育と研究です。大学の経営ではありません。しかし、大学の運営に突然参画する場合があります。私のような大学運営の初心者には、今回の研修は大いに参考になりました。

 

次回の本プログラムは2022年1月・2月を目途に開催予定。公募開始は2021年10月頃を予定している。

※「イェール大学プログラム」の今年度の詳細や、昨年度の内容はURL先からご参照ください。
https://www8.cao.go.jp/cstp/daigaku/peaks/kenshu.html