「越境コミュニケーション」で、社会と個人の変容の連鎖を生み出す

SDGs目標達成の期限である2030年まで8年を切った。2016年以降、産業界でも多様な取り組みが進められてきたが、さらにその流れを加速するにはどのような人材育成や事業展開が求められるのか。東京都市大学大学院の佐藤真久教授に、SDGsに資する人材育成の視点から今後の展望を聞いた。

佐藤 真久(東京都市大学大学院 環境情報学研究科 教授)

ESDから連なる教育の取り組み

──SDGs人材の育成の背景にある、これまでの教育の流れについてご紹介ください。

近年、SDGsをめぐる人材育成が言われるようになっていますが、その背景として、2005年から始まった「国連・持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」(国連・ESDの10年)を通した教育・能力開発に関する知見の蓄積があります。これは2002年12月の国連総会で日本が提案したもので、人類が地球レベルで直面する様々な課題を解決するため、人づくりを通して持続可能な社会を支えていこうという取り組みです。ESDの対象分野は、環境、開発、人権、多文化共生、ジェンダー、国際理解など多岐にわたり、SDGsが掲げる17目標とも大いに重なるものです。

なかでも強調されていたのは、ユネスコが2009年に新しい学習の柱として提唱した、「個人変容と社会変容の学びの連関」です。サステナビリティにまつわる議論では、「社会を変える」といった言われ方をされることが多く、「自らが変わる」必要性が見過ごされがちです。社会を変えようとする前に、個人として、あるいは会社などの所属組織として、自らが変わらないといけない。そうした気づきを促すのがESDにおける学びの本質です。

「国連・ESDの10年」の知見はその後も活かされ、2015年に採択されたSDGsの達成においてもESDの役割は大きく期待されています。SDGsは2016年から産業界に広がり、サステナビリティを意識した協働(社会変容)と学び(個人変容)の必要性がますます認識されるようになっていきました。

──SDGs人材の育成のために、具体的にはどのようなことを行うことが重要ですか。

SDGs人材に求められるものは何かについて、参考になるのが、「国連・ESDの10年」の成果をもとにユネスコがまとめた「持続可能性キー・コンピテンシー」(図)です。複雑なシステムを把握する「システム思考コンピテンシー」や、協働的かつ参加型の問題解決を促進する「協働コンピテンシー」など、分野横断的な8つのキー・コンピテンシーが提唱されています。そのうちの1つとして特徴的なのが、「統合的問題解決コンピテンシー」です。持続可能な社会づくりを促進するため、各コンピテンシーを統合しながら、実行可能で包摂的、かつ公平な解決策を見出そうとする資質・能力のことです。

図 8つの「持続可能性キー・コンピテンシー」

出典:UNESCO

 

また、学校教育に関しては、2018年に改訂された新学習指導要領で、初めて「持続可能な社会の創り手」の育成が掲げられたことが大きなターニングポイントとなりました。それ以降、全国の学校で「ESDカレンダー」をつくる動きが生まれています。これは初等・中等教育段階の各教科を関連づけ、年間の授業計画をカレンダー風にまとめたものです。これを見ることで学年や教科のタテ割りを超え、教科の特性を生かしながら学びを関連付けたりすることができます。「統合的問題解決コンピテンシー」の育成につながることが期待できます。

高まる非財務資本の重要性
協働による価値創造が不可欠

──SDGs目標達成とその先の未来のため、これから強化すべき分野や解決すべき課題について教えてください。

産業界における人材育成では従来、学歴の高い優秀な人を採用し、言葉は悪いですが「人的資源として使い倒す」ことでビジネスを成長させることができました。ところが、変化のスピードが加速している昨今、自ら複雑な問題に向き合い、協働と学びを通して探究する「人的資本」の蓄積の重要性が高まっています。コロナ禍を経て、リモートワークが当たり前になるなど、私たちの生活や価値観は大きく変わり、働く意味について改めて考えた人も多いでしょう。そうしたなか、多くの企業が自社の存在意義や役割について、問い直さざるを得なくなっています。

あるべきビジネスのお手本として、売り手・買い手・社会全体の「三方よし」を基盤とする近江商人や、「論語と算盤」など、利潤と道徳を調和させる経営哲学で広く知られる渋沢栄一が引き合いに出されることが多いですが、もはやそれだけでは通用しません。2050年には人口が約100億人に達し、ますますグローバル化が進み、日本国内だけ見ても多様性が増している現代は、近江商人や渋沢栄一が活躍した時代と比べて、より複雑性が高まっています。

企業の情報開示においても、非財務情報を含めた統合報告書を求める風潮が強まっています。人的資本や社会・関係資本といった非財務資本を高め、新たな価値を創造し続けることは、自社単体でできることではありません。こうした意味でも「協働コンピテンシー」の重要性が高まっています。

企業の本質的存在意義を考え、
変わり、挑み続ける姿勢が重要

──SDGs目標達成に向けた事業構想に際し、経営者や起業家が注目すべきトレンドやトピックはありますか。

企業のホームページなどで、「本事業はSDGsの何番に寄与しています」などと、17目標のアイコンを掲げてアピールするケースをよく見かけますが、全く本質的ではありません。全ての目標は相互につながり合っていて、統合的に取り組む必要があるからです。

実は今のような「SDGsブーム」は日本特有のもので、海外ではほぼ見られません。例えば、世界最大級の消費財メーカーであるユニリーバは、サステナビリティに関するトップクラスの先進企業として知られていますが、声高にSDGsを叫んだりしません。日本企業も、今以上に自らの存在意義を本質的なレベルで考え、変わり続ける姿勢が求められます。

それを支える人づくりには、日常の勤務地を離れ、所属組織の枠を越えた「越境コミュニケーション」が有効です。ここ数年、IT企業が地方の中山間地にサテライトオフィスを構える事例が増えていますが、非常にいい取り組みです。自社内に閉じこもらずに、ともかく「現場」に出かけ、従来業務では出会えないステークホルダーとともに複雑性に向き合い、協働と学習をすることをおすすめしたいです。様々な社会課題は思った以上に複雑で相互に絡み合っていることに気づき、他人ごとだと思っていた課題を自分ごとにできるかもしれない。そうした越境コミュニケーションを通して、SDGsの各目標のつながりや、その解決に向けて取り組むべき事業のヒントが見えてくると期待できます。

 

佐藤 真久(さとう・まさひさ)
東京都市大学大学院 環境情報学研究科 教授