社会人の「止まり木」としての大学院 広報担当者の学び直し

コミュニケーション担当者が大学院で学び直しをすることで、どのような変化がもたらされているのだろうか。広報プロフェッショナルを養成する社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科での事例を紹介する。

自分ごと化しづらい「学び直し」

前号では、組織のコミュニケーション担当者が大学院での「リカレント教育」(社会人の学び直し)に取り組む意義について、日常的なディスカッションによる「ネガティブ・ケイパビリティの涵養」の観点から解説した。コミュニケーション戦略を専門とする国内唯一の専門職大学院「社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科」の社会人学生は、日々「コミュニケーションの本質」に肉薄するための学びを経験している。とはいえ、日々多忙をきわめる広報担当者にとって「学び直し」はなかなか自分ごと化しづらいかもしれない。場合によっては、ある種「意識の高い人たち」が集まる場として社会人大学院を捉えている人もいるのではないだろうか。今回は、本研究科の社会人学生がどのような理由で入学を決意したか、そして「仕事を俯瞰でみること」が彼ら・彼女らにどのような変化をもたらすか、事例と共に紹介する。

学び直しはあなたのためにある

広報担当者が本研究科への入学を決意するきっかけは、大きく4種類に分類される。①広報の専門性を高めて他者や後進への助言ができるようになりたい、②OJTによってテクニックを身につけるだけでなく広報に関する理論と実践力を体系的に学びたい、③現在抱えている広報に関する具体的な業務課題を解決したい、④自らのかかわる社会や組織の変革に「コミュニケーション戦略」の観点から貢献したい、といった動機だ。

図 社会構想大学院大学への入学を決意するきっかけ

これらは読者の皆さんが本誌を手に取っている理由と同じではないだろうか。金融業界の広報担当者として本学で学んでいた修了生は、入学を決意した当時のことを次のように述懐している。

「広報の職に就いて3年、先輩に仕事を教わりながら日々の業務に取り組む中で広報の面白さを感じていました。反面、業界や社会の環境が変化し、新たなメディアも次々に登場する状況で、会社に知識の蓄積がないままそれに対応できるのだろうかという不安も抱くようになっていました」。

同氏は本研究科を修了した今、「業務に行き詰まっている人、たとえば『今の仕事の仕方で十分なのか』とか『現状の方法論でこれから先も対応できるのか』といった問いを少しでも持っている人にはぜひ入学してほしい」と言う。

ほかにも、新聞社で10年ほど広報の仕事に取り組んできた修了生は、「もともと広報のことはセミナーなどで勉強すればよいと思っていた」ものの、責任ある仕事を任されるようになったことで「体系的に広報を学びたい、他の業種・業態の企業の広報活動がどのように行われているのかを知りたい」と強く考えるようになった。

本研究科の入学者において、こうした事例は枚挙に暇がない。広報に限った話ではないが、仕事に慣れてくると日々の業務がルーティン化し、どうしても徐々に視野が狭まってしまうものだ。そこに危機感を抱くことは特別なことだろうか。実は誰もが、おそらくあなたも、心のどこかで違和感を覚えているのではないだろうか。少なくとも本研究科では、ごくふつうの社会人が、ごくふつうに「学び直し」に取り組んでいる。

もちろん、時間とお金を使って学びに取り組む学生のモチベーションや向上心は、通常の教育機関と比べると明確に高い。とはいえ、ある修了生は、「まわりの学生や修了生の方々から感じたのは、みなさん意外にもガツガツとした『貪欲タイプ』ではなく、穏やかで実直な方が多いですね」と大学院生活を振り返っている。

止まり木としての社会人大学院

ここまで、「学び直し」が「意識の高い人たちの特権」ではなく、むしろ「一般的な社会人が自らの仕事を俯瞰して見つめ直すための方法」であることを論じてきた。本学ではこうしたことが実現される大学院の機能を「社会人の止まり木」と表現している。

すなわち、業務と学業を往還する2年間の大学院生活は、仕事を学問の視点から見つめるための能力を身につける機会であり、さらには自分自身のキャリアについて立ち止まって考えるための時間でもある、ということだ。

学び直しとは、立ち止まって自身の生き方を見直し、俯瞰的な視点を手に入れるための営みだと言える。

たとえば、製薬業界で働きながら大学院生活を送った修了生は、授業のなかで自身の経験や知識が地方自治体等に横展開できることを知り、感動を覚えたと言う。「会社にいるとどうしても自身の市場価値を低く見積もったり、視野が狭くなったりするものです」という彼の指摘は、本研究科の在学中、あるいは修了後にフリーの広報担当者として独立する学生が一定数みられることとも関係があるかもしれない。

また、本研究科の開学から間もない時期に入学した若手広報担当者は、次のように述べている。「『自分の仕事の価値がわかった』というのが、2年間の学びで得られたもっとも大きなものでした。日々の仕事に追われるなかで広報の仕事の価値がわからなくなっていて、もやもやしていた時期に入学したのですが、学ぶなかで『自分がやってきたことは間違っていなかった』と気がついて、今後のキャリアに前向きになれました」。「人生100年時代」というスローガンが意味することのひとつは、「高速で変化する社会を生き抜くためには、人生の節目で『学び直し』が必要だ」ということだ。そしてここまで述べてきたように「学び直し」とは、単に最新のスキルを身につけるだけでなく、立ち止まって自身の生き方を見直し、社会人が「俯瞰的な視点」を手に入れるために行われる営みなのだ。

次号では、社会人が「学び直し」に取り組む場として、本学のような「専門職大学院」がもっとも有力な選択肢としてお勧めできる理由について、いくつかの観点から解説する。

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科 専任講師

 

社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科
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