理論・フレームワークが重要 実務を見つめ直す賞味期限の長い学び
実践との距離が近いゆえに、理論や概念の理解が後回しにされてしまいがちなマーケティング領域。理論と実践の架橋には何が必要か、社会情報大学院大学 広報・情報研究科の高広伯彦特任教授と、橋本純次専任講師が語り合った。
「理論と実務の乖離」という誤解
橋本 高広先生は国内のマーケティング業界が直面している最も大きな課題は何だと思いますか。
高広 昔から言われていることですが、「マーケティングとはなにか」が適切に理解されていないことが最大の課題だと考えます。マーケティングの本質は「顧客視点に立って企業活動を適応させること」ですが、場合によってはその構成要素でしかない「広告」や「市場調査」がマーケティングそのものと捉えられていることがあります。
橋本 なぜマーケティングという概念が適切に理解されていないのでしょうか。企業によって異なる定義が生まれてしまう背景はどこにあるのか教えてください。
高広 マーケティングを専門に学ぶための大学や大学院が少ないというのが理由のひとつです。学生時代に基本的なフレームワークや全体構造を学ぶ機会が限られているため、大半の方は企業に入ってからそうした事柄を学ぶわけですが、それが結果として自身が実務で扱う範囲をマーケティングと捉えてしまうことにつながってしまっています。また、フレームワークや理論は実際の企業の経済活動を観察・調査して構築されるきわめて実践的なものですが、それを「机上の空論」と考えてしまう方が多いことも問題です。
さらに、しばしば教科書に載っている伝統的な理論は現代のビジネスで役に立たないのではないか、との指摘もなされますが、当然ながら理論や概念は時代とともに進化しています。このことも十分には共有されていません。「マーケティングの研究は世の中と切り離されている」という誤解があるようです。
橋本 これはマーケティングに限らず、実践との距離が近い社会科学に共通する問題ですね。
高広 例えばある外資系企業では、伝統的なマーケティングのテキストに書かれていることを実直に実践し、それが良い結果に繫がっていることが知られています。一方で日本では必ずしもテキストの全体を理解せず、ごく一部のフレームワークを取り出して実務に活かそうとする傾向があるため、前述した誤解が生じるのかもしれません。
図 マーケティングに求められる視点
マーケティングの「自分ごと化」
橋本 マーケティングに関するコンサルティング業務をされるなかで、意識のズレを感じることはありますか。
高広 たとえば「デジタルマーケティング」という言葉があります。一般的には「デジタルツールを使ったマーケティング」と理解されていますが、実際はそうではなく「デジタルが普及した時代のマーケティング」と捉える必要があります。「顧客視点に立つ」というマーケティングの基本に立ち返れば、デジタルと人々の関係性を正面から検討すべきことは明白なのですが、このような本質的な事柄はなかなか理解されづらいです。こうした点について理解を得るためには、まずは「マーケティングを仕掛ける側も『いち消費者』である」という視点からマーケティングを「自分ごと化」してもらうことが重要です。
「抽象的な学び」と「実務の確信」
橋本 マーケティングについて学ぶ際に、単発のセミナーを受講することと、大学院などで長期の学習に取り組むことにどのような違いがあると考えますか。
高広 後者は自分たちの業務をまったく別の視点で見直す機会を得ることができます。私は学生に「抽象的な学びは賞味期限が長い」と教えています。Tipsのような具体的すぎる学びは、時期や業種などいくつかの変数がうまくかみ合えば効果があるかもしれませんが、長く役立つ学びではありません
一方で抽象度が高い学びは、大学院を修了した後でもふとしたきっかけで思い出し、実務に役立つことがあります。こうした「抽象的な学び」のための思考法を身につけることで、マーケティング実務をまったく異なる角度から捉え直すことができるようになるわけです。このように「実務で使っているOSと別のOSを頭の中に組み込むことができる」ことは、大学院での学びならではだと思います。
橋本 高広先生ご自身も現在大学院で学ばれていますが、マーケターが「学び直す」ことの意義や効果をどのように捉えていらっしゃいますか。
高広 学んでいると「これまでに自身が取り組んできた実務は、このように説明できるのか」と気づく瞬間があります。それは言い換えれば「実務に確信が得られる瞬間」とも言えます。仕事で結果を出す満足感を超えて、それにさまざまな角度から裏付けを与えることができる。これはマーケターとして長く活躍するうえで大きな意義だと思います。
橋本 広報・情報研究科では「広報のプロフェッショナル」を養成していますが、高広先生のお考えになる「広報のプロ」とはどのような人でしょうか。
高広 まずはコミュニケーションをとりたい相手のことを考察・理解していること。それに加えてデジタル化や経済動向を含む社会環境を理解していること。さらに、自分たちの事業が顧客にとってどのような価値を与え、どのように変化させるかを明確に把握していること。こうした3つのステップを念頭に置いたうえで、双方向のコミュニケーションを実行できる人材。これが優秀な広報担当者だと思います。
月刊事業構想2021年12月号 P151では高広氏と橋本氏の写真が入れ違いになっています。 ここに深くお詫びし、訂正させていただきます。
- 高広 伯彦(たかひろ・のりひこ)
- 社会情報大学院大学特任教授
- 橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
- 社会情報大学院大学 専任講師
社会情報大学院大学 広報・情報研究科は2022年4月より、社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科に名称変更予定です。
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