過去の大規模災害から学ぶ 自治体が進めるべき大規模災害対策
地震や水害などが頻発する中、市民、企業の安全やその後の復興の道筋を描く自治体の役割は大きい。国内外で起きた数多くの災害事例を検証し、防災・減災のあり方について提言を続ける室﨑氏が、自治体が今、進めるべき大規模災害対策を分析し、過去の災害に基づくポイントを解説した。
災害対策を検討する際にベースになるのは、災害が地域に与えうる被害に基づくリスク評価だ。兵庫県立大学大学院の減災復興政策研究科研究科長の室﨑益輝氏は、自治体の被害想定について、「必ずしも起こりうるリスクを正しく想定できていない」と精度の問題を指摘した。そして、自然現象の定量的予測では、「河川が氾濫して50cmの水位上昇という予測が出たら、25cmかもしれないし1mかもしれないという『倍半分』で想定すること」を説く。
「倍半分」「けた違い」の想定を
2020年7月の熊本県・球磨川の豪雨水害時、ハザードマップでは水位50cmと書かれていた地域の住民は2階に避難すれば大丈夫と思っていた。ところが水位はすぐに2~3mまで上昇した。これを例に、同氏は「ハザードマップの想定についても『倍半分』の想定をすべき」と呼び掛けた。火災件数、死傷者数、経済被害などの社会事象については、「100軒の火事と予測されたなら、10軒から1000軒までを想定するけた違いの誤差を想定することも必要」と述べ、「被害想定に幅があることを理解したうえで、最悪の場合も含め複数のシナリオを用意しておくこと」と指摘した。
対応は「拙速要諦」「補填残心」の心構えで
災害が発生した時の行政の対応として、「状況に応じて封じ込める体制を一刻も早くつくる、即応体制の確立」の重要性に言及。そのための心構えとして「拙速要諦(せっそくようてい)」「補填残心(ほてんざんしん)」の2つのキーワードを挙げた。「拙速要諦」は、「状況が一部しか分からない時でも、大雑把でよいから全体像を捉え、必要な対策をどんどん取ること」。例えば、1995年に発生した阪神・淡路大震災の際には、全壊戸数がまだ不明であった発生3日後には仮設住宅の建設に取り掛かったことを挙げた。
「補填残心」は、「1週間後、1カ月後にこうあらねばならないという長期的な着地点から逆算して今何をすべきか考えること」。その例として、阪神・淡路大震災の直後、雨が降った際に市役所幹部は支援物資を濡れないように段ボールに詰め替えることに追われたケースを挙げた。本当にすべきだった作業は、復興委員会をどう立ちあげ、その人選をどうするか考えることだったのだ。
特にマンパワーの確保については、災害規模から必要なボランティア人員を想定し、どう集めるかを迅速に考え、民間組織とも連携を図ることが重要だと述べた。また「危機管理担当の職員に非常時対応を任せるのではなく、全職員が対応に当たれるようにしなければならない。そのためには事前に非常時の体制をどう作るか検討しておくことが必要」と事前準備の大切さに触れた。
「応急対応至上主義」からの脱却を
「情報の収集伝達」については「鳥の目と虫の目」の視点が必須だ。「人工衛星やドローンでは家の中で家具に押しつぶされている状況は見つけられない。現場で地べたをはい回って集める情報も重要で、それができる仕組みも整えておく必要がある」と述べた。
その際、行政はできるだけ正しい情報を出す「制球力」を磨いて情報の信頼性を高める一方、住民側は自分の目で見た雨の降り方、水位の上がり方をふまえ行政情報の中から大切な情報を選んで対応する「選球眼」を持つことの重要性を強調。行政は「疑わしきは行動せよ」を前提に、少しでも兆候があれば最悪を想定して必要な指示を空振り覚悟で出すべきという。そのために専門家とのネットワークを構築するとともに行政職員にも高度な専門知識を持った人を養成するべきと指摘した。
災害を見据えた計画づくりに当たっては、各自治体の地域防災計画が応急対応ばかりに終始し、予防や復興がおろそかになっている「応急対応至上主義」からの脱却を説いた。例えば、災害で家が壊れた時の救助隊の配置を考えるだけでなく、事前に耐震補強を行うこと。また復興対応では経済対策も視野に入れ、地元の資源・資材を使っての工事や地域通貨の活用などコミュニティの復興を重視した手法を取り入れることをアドバイスした。
また、地域における普段からの人と人のつながり(mitigation)、起きた時のための事前準備(preparedness)、起きた直後の救助活動(response)、復興(recovery)の減災サイクルの考え方を紹介。「災害が起きてから議論するのではなく、あらかじめ合意形成の仕組みを作っておくなど、復興を予防段階から考え、日頃から未来に開かれた社会づくりを進めていってほしい」と話した。
トップの教育こそ重要
防災、減災の主体については「行政だけが取り組んでいるわけではない」と室崎氏は説明した。共創的ネットワーク、なかでも「減災の正四面体」(下図参照)を形成する行政、市民、メディア、専門家を被害軽減のために協働する仲間として位置づけ、さらにCBO(自主防災組織)、NPO、企業、学校を含めた8セクターの連携協働の態勢をつくることの重要性を強調。これらの連携を円滑に進めるためのパートナーシップの4原則として「コミュニケーション(情報の共有、支援必要な人どこにいるのか)、コーディネーション(お互いを尊重し合って能力を出し合う調整)、コーオペレーション(意思決定、運営を一緒に)、コラポレーション(現場で一緒に汗を流す)」ことに触れた。「中でも行政が住民の防災意識を育て、住民の力を借りて防災体制を築くことが大事」と述べた。
図 「減災の四面体」で取り組む災害対策
これらの根底になる防災教育については「自治体の全職員を対象にした防災・減災教育を」と述べるとともに「トップが優れたリーダーであれば防災・減災の取り組みが円滑に進む」として、リーダーの教育研修の重要性を指摘した。災害後は節目ごとに復興の進捗状況を検証し、課題を明らかにして修正する繰り返しのシステムの必要性についても言及。さらに、災害救助法は過去の災害経験に基づいてつくられており、経験してないことに対応できない限界を指摘したうえで「そのためにどうするかを事前に検討し、復興基金のようなものを作っていくことが重要だ」と常に想像力を働かせることの大切さを改めて強調した。