脊髄再生への挑戦 社会に再生医療を実装する、研究と連携

神経幹細胞移植による脊髄損傷の根治療法の開発に挑む慶應義塾大学医学部の中村雅也教授。長年にわたる研究に加えて、産官学連携によるイノベーション支援も手掛ける。2025年3月に開催される日本再生医療学会総会では、会長として再生医療分野の研究成果と今後の展望を社会に共有する。

聞き手:事業構想大学院大学 学長 田中里沙

中村 雅也(慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 教授)

医療の価値とは何か。適正な価格で人々のニーズを満たす、バリューベースのヘルスケアで新ビジネスを考える際には、提供する価値そのものを拡大する方策も視野に入れる必要がある。まだ存在しない新しい治療や、より良いアウトカムにつながる診断・診断機器、ケアの方法を開発する努力は常に求められる。

「満たされない医学的な需要」は未だ多く残されているが、その中でも社会的インパクトの大きいのが脊髄損傷だ。脊髄は脳からの信号を手足に伝える、神経の幹線道路ともいえる重要な役割を持つ。事故などで背骨(脊椎)が折れたりずれたりすると、その中の脊髄がダメージを受け、脊髄損傷となる。

身近に潜む脊髄損傷の危機
治療法の開発に挑戦

慶應義塾大学医学部整形外科学教室の中村雅也教授は、長年にわたって脊髄損傷の治療法の開発に取り組んできた。脊髄損傷は交通事故などが原因で誰もがなりうるもので、日本では年間約5000人の患者がいると推定されている。根治療法はなく、障害の悪化やリハビリへのスムーズな導入のための手術と、その後のリハビリで、残された機能を維持することが目標になる。

中村教授の研究の原点は大学2年生の時の出来事にさかのぼる。「医学部の仲間とスキーに行った時に、一学年下の後輩がゲレンデで首を痛めました。はじめはそれほど大事だと思わず、手術が終わればきっと歩けるようになると信じていました。ところが退院後に彼の実家を訪ねると、彼は電動車イスを顎で操作しながら出てきたのです。脊髄損傷で肘も手も足も動かない状態でした。どうして治せないのだろうと大きな衝撃を受けました」。

これをきっかけに、中村教授は脊髄損傷の根本的な治療を開発したいと考えるようになり、医師としての専門分野は整形外科を選んだ。しかし当時の常識は、哺乳類では中枢神経系が完成した後は神経細胞が新しく生まれることはなく、損傷を受けた脊髄が再生することはない、というもの。国内での研究に限界を感じ、米国・ジョージタウン大学に渡るも、こちらでも研究はスムーズには進まなかった。

そんな状況にあった1999年、当時は大阪大学に所属していた岡野栄之氏(現慶応義塾大学教授)が米国を訪問する機会があり、近況を報告し合った。「岡野先生も脊髄再生に興味を持っておられることが分かり、心強かったです。その上、岡野先生は、私がやりたかった神経幹細胞の培養方法を阪大で勉強したらいいと言ってくれたのです。当時は偶然だと思っていましたが、今考えると運命のような出来事でした」。中村教授は阪大で約1カ月、神経幹細胞の培養方法などに集中的に取り組み、それはその後の研究で大きく役立つことになる。

蛍光染色されたヒト神経幹細胞。神経幹細胞は、脳や脊髄を構成するニューロンやグリア細胞に分化したり、自己複製することができる細胞。成人の脳にも存在することを、1998年に岡野栄之氏らが発見した Photo by Yirui Sun/Wellcome Collection

iPS細胞技術が大きな転機に
ヒトへの投与結果を春にも発表

その後、2000年に中村教授は慶大医学部に戻り、翌年に岡野先生も慶大医学部で教授を務めることになった。ここから、慶大医学部における脊髄再生の実現に挑む研究が始まる。様々なアプローチを検討し、神経細胞のもとになる神経幹細胞を大量に培養して損傷部に移植することで、脊髄を修復する方法に取り組んだ。2001年末に発表した成果、「脊髄損傷のサルにヒトの死亡胎児由来の神経幹細胞を移植したところ運動機能の回復が見られた」、という報告は大きなニュースになった。しかしこれをそのままヒトに適用するのは、ドナーの確保や倫理的な規制から困難だった。

活路になったのは、2006年に京都大学の山中伸弥教授が発見したiPS細胞だ。中村教授と岡野教授の研究チームは、いち早くヒトiPS細胞由来の神経幹細胞の作製に成功した。ただその後、安全にヒトへの移植治療に使える細胞の条件を検討するまでに10年の月日を要した。

「その間、70人近い大学院生が脊髄損傷を治したいという思いで集まってくれました。脊髄損傷で苦しんでいる患者さんがいるので、『なぜこの研究をしなければならないのか』という問いへの答えは『患者さんのために新たな治療法を創る』。非常に明確な気持ちで臨めたことが私たちのチームの強みでした」とこれまでを振り返る。

臨床での細胞移植にまで至る道のりは長く、実際に手を動かして確認すべきことも多い。学生の中には、治療用細胞の凍結保存の際の、冷凍と解凍のプロセスが与える影響を調べるといった、地味な研究テーマを担当した人もいた。

「細胞移植の本流の研究がしたかったのだろうに、『先生が大切だと思っているのだからやります』と、4年間、懸命に取り組んでくれました。その成果は今、新しい治療を社会実装する上で欠かせない、重要なピースになっています」。

そして、2021年12月、iPS細胞由来神経幹細胞のヒトへの細胞移植第一例を実施。その後、3年かけて4名の患者に細胞を移植した。2024年11月には最後の患者の1年間の経過観察が終わり、その結果を2025年3月に開かれる日本再生医療学会学術総会で岡野教授とともに報告する予定。

「ここまで来られたことに特別な思いがある一方で、まだ始まりに過ぎないという思いもあります」と語る中村教授。「脊髄損傷は単純な病気ではありません。我々の研究のファーストステージは怪我をして1カ月以内の亜急性期、完全損傷(損傷部位以下の運動、感覚機能が完全に消失)の患者さんを対象としました。セカンドステージでは、受傷からしばらく経過した慢性期の、一部運動機能が残されている不全損傷の方を、最終フェーズでは念願である慢性期の完全損傷の患者さんを治したい。そのための評価指標を設定し、どの様な治療法の組み合わせが必要かを検討する研究を進めているところです」。これが今後に向けた道筋だ。

産学連携の重要性を実感
金銭面でも正当な評価を

慶大医学部で脊髄損傷の研究を始めた四半世紀前、大学に求められることは教育と研究で、研究成果を社会に出すのは企業の役割だった。このため、中村教授も若手研究者だったころは、「新しい治療を開発するのは患者さんのため。お金儲けのためではないと考えていました。真摯に良い仕事をしていれば人は見ていてくれると、学生にも伝えていました」。

現在、中村教授は慶大の副医学部長として、医学部における産学連携イノベーション推進のトップを担う。2024年5月に開所した慶應義塾大学信濃町リサーチ&インキュベーションセンター(CRIK)の運営の中心でもあり、スタートアップ支援なども手掛けるようになった。研究への集中から他組織との連携支援・事業化へと、活動の幅を広げた背景にあるのは、脊髄損傷の再生医療の実用化を進める中で感じるようになった、産学連携の重要性だ。

2024年5月に開設された慶應義塾大学信濃町リサーチ&インキュベーションセンター(CRIK信濃町)。慶應義塾の創立者・福澤諭吉の掲げた「実学」を重視する姿勢のもと、社会的価値を創造する「場」として、研究者とのコラボレーションの仲介やスタートアップ企業の支援などを行う

「恥ずかしながら、臨床応用が現実味を帯びてきて初めてアカデミアの研究だけでは患者に新しい治療を届けることはできないことが分かりました。例えば患者に投与する細胞を製造し、販売するサプライチェーンは、様々な組織が連携して初めて可能になります」。

大学が、社会で必要とされる研究を進め、その社会実装、社会貢献を通して得た収益を次の研究に回す、というエコシステムは、より良い研究や人材育成のためにも重要だ。それは、2015年の学校教育法の改正で新しく大学に求められるようになった役割、「研究の成果を広く社会に提供し、社会の発展に寄与する」を果たすものでもある。

再生医療の事業化が始まったところで中村教授が懸念しているのは、科学的な裏付けのない医療行為が再生医療にマイナスの印象を残すことだ。一部の医師が自由診療で実施している治療には、効果が定かではないにもかかわらず、再生医療の先端的なイメージを利用しているものがある。このような動きに歯止めをかけるため、日本再生医療学会は学会としての注意喚起を実施してきた。2024年12月にも、iPS細胞の培養上清を利用したアンチエイジング等の治療について警鐘を鳴らしている。臨床的エビデンスが十分に確立されていない治療で、高額な費用を請求する自由診療クリニックの存在は、安心・安全な再生医療を届ける土台を脅かすものといえる。

同時に、再生医療に真剣に取り組んでいる医師・企業が評価され、収益を上げる仕組みがあれば、こういった課題の解決につながると中村教授は考えている。そして、「まずアカデミアが中立的な立場でデータを集め、評価基準を定めたうえでお墨付きを与えられるようにする」と学会主導による認証制度の創設を提唱する。「そうなれば民間保険会社と連携も可能になります。安心安全な医療がどこで受けられるかが明示されるようになれば、海外から日本の治療を求めてくる患者を受け入れることも可能になります」。

横浜で再生医療学会を開催
社会実装の重要性を説く

中村教授は、2025年3月20~22日にかけて、横浜市のパシフィコ横浜ノースで開催する日本再生医療学会学術総会で会長を務める。今回の総会の「Passion, Vision, Action ―実学としての再生医療―」というテーマに込めた想いを、次のように説明する。

「Passion, Vision, Actionは私がずっと大切にしてきた言葉です。病気に苦しむ患者さんを何とか治したいとの思い(passion)があり、その思いを達成するためには、未来のあるべき姿(vision)を描き、共有することが重要です。そして、これらの成果を社会実装するうえで山積する課題を克服するために、多様なステークホルダーを巻き込みながら、私たちは具体的な行動(action)を起こさなければなりません。再生医療の研究にはこれまで非常に多くの資金を投入いただいていて、研究の成果が問われる大きな正念場を迎えています」。

基礎研究の重要性に加え、社会に再生医療を実装する重要性や、そのために必要なことを岡野教授とも協力して伝えていきたいという。中でも、特に重要視するのが、「国民との情報共有と対話」である。

「再生医療はまだまだよちよち歩きの医療です。ただ、周囲の期待は大きい。最初から100%の結果を期待されると、大きな落胆につながる面もあります。また、再生医療だけが唯一の治療手段ということはなく、患者さんの状態に応じた様々なアプローチがあるはずです。研究の進捗をしっかり伝えるとともに、知識を共有し、それぞれの患者さんにとって最適な治療を本人・ご家族と一緒に選択し、決められるようにしなければなりません」と話した。

事業構想大学院大学では、2023年、24年度の2年間にわたって、政産官学が一体となって日本の再生医療が国際的に競争力を持つための政策立案と実装に向けた議論を行う「再生医療で描く日本の未来研究会」を開催してきた。3月の日本再生医療学会総会では、その成果報告も行う。

 

中村 雅也(なかむら・まさや)
慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 教授