基礎研究、臨床応用、市販後の動きから探る イノベーション加速の方策
「再生医療で描く日本の未来研究会」の第3期が始動した。初回の会合では、イノベーションの加速をテーマに議論が行われた。脊髄損傷に対する細胞治療や、ナイーブ型iPS細胞の臨床への応用、ノバルティス社が市販している細胞治療・遺伝子治療など、最先端の再生医療の成果と課題が報告された。
第3期、初回のテーマは
イノベーションの加速
「再生医療で描く日本の未来研究会」では、政産官学が一体となって政策立案と実装に向けて議論を行ってきた。3期目を迎えた2025年度の研究会は、過去の検討を元に「次の10年に向けた議論」をテーマに掲げている。9月5日に開催された1回目の研究会は「イノベーションの加速」を議題とした。
慶應義塾大学医学部教授の中村雅也氏は2021年12月、臨床研究として世界で初めて亜急性期脊髄損傷の患者に対するiPS細胞由来神経前駆細胞移植を実施。1年後には損傷部の脊髄の空洞が消え、症状にも改善が見られた。2027年には、受傷から時間が経過した慢性期脊髄損傷の患者に対する医師主導治験を開始する予定だ。
中村 雅也(慶應義塾大学 医学部 教授)
慶應義塾大学はこうした再生医療を世界で先導していくため、川崎市から大田区にまたがる多摩川河口の殿町/羽田エリアに東日本における再生医療拠点を構築。シーズを社会実装に導くための橋渡し研究を進めている。同時にここでは、手術余剰物から得られる原料細胞を安定供給し、これを製造、加工、品質評価して治験に戻すサイクルの実現に向けた取組も進める。
「品質評価基盤の構築とともに、細胞特性の理解を通じて薬事承認に資する科学的な知見を創出、社会実装の加速に貢献したい」と中村氏は語る。
同氏はまた、再生医療の実現に適した治療開発方法として、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)に基づく従来型の健康保険収載と、本承認前に保険収載する条件及び期限付承認に加え、「第3、4の選択肢として、再生医療等安全性確保法のもと、民間保険でカバーする保険外先進医療、自由診療として提供する検証型診療があってよい」と述べ、今後議論を成熟させていく考えを示した。
ナイーブ型iPS細胞で
地産地消型自家移植実現へ
京都大学iPS 細胞研究所教授の髙島康弘氏は、自身が樹立に成功したナイーブ型iPS細胞の可能性について語った。ナイーブ型iPS細胞は、現行のiPS細胞と比較するとより多くの細胞に分化できる性質がある。髙島氏は、このナイーブ型iPS細胞を利用した再生医療研究の最終目標として、病院で採血をしてつくった自分のiPS細胞による治療が可能になる「地産地消型自家移植」の実現を挙げた。ナイーブ型iPS細胞は、病態解明に役立つ疾患モデル細胞や、初期発生のメカニズム解析を可能にする胚モデルの作製にも使えるため、今後さまざまな分野での貢献が期待できる。
髙島 康弘(京都大学iPS 細胞研究所教授)
髙島氏は、イノベーションの加速にあたって必要な研究環境についても言及した。同氏によると、数多くのノーベル賞受賞者を輩出し、技術革新の源泉となった英国ケンブリッジのMRC分子生物学研究所(LMB)と米国のベル研究所には共通点がある。それは、「基礎と応用を同じ屋根の下で混ぜる設計」「長期的に安定した資金供給と目先の業績に縛られない自由度」などだ。自身が所属するiPS細胞研究所もその条件を満たしており、「破壊的イノベーションを引き起こす野心的な研究テーマに取り組むことを自分自身にも言い聞かせている」、また「日本の再生医療分野も条件を満たすが、幹細胞研究の充実は鍵となる」と語った。
3製品の市販後の状況を説明
今後の規制緩和へも期待
ノバルティスファーマ常務取締役で、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)理事副会長を務める廣瀬徹氏は、自社が発売した3つの再生医療等製品を紹介した。CD19陽性のB細胞性急性リンパ芽球性白血病などを適応症にした「キムリア」(CAR-T細胞療法、2019年承認)、脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ」(遺伝子治療、2020年承認)、遺伝性網膜ジストロフィーを適応症とした「ルクスターナ」(遺伝子治療、2023年承認)だ。既に発売から5年が経過しているキムリアのフォローアップデータについては、「国内における治療成績が医師より報告されました。治験や海外レジストリデータと比較して、遜色ない有効性・安全性が示されています」と述べた。
廣瀬 徹(ノバルティスファーマ常務取締役・再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)理事副会長)
CAR-T細胞療法に関するその後の技術革新として、製造期間の短縮、有効性及び安全性を高める研究が進行中。ほか、血液腫瘍以外(自己免疫疾患など)の治療領域の拡大を目指しているという。また患者数が少ない疾患の遺伝子治療用製品を販売する上での課題として、基本的に生涯で一度の投与となるため、発売直後に大きな売上が上がるものの、その後は低迷しやすい点を挙げた。
幹細胞の基礎研究は拡充が必須
持続可能なビジネスモデルを議論
全体討議では、研究会の常任委員で参議院議員の古川俊治氏が中村氏に対し、治療や開発の国際展開について質問。中村氏は「まずは外国からの患者の受け入れで実績をつくりたい。民間保険を活用することで海外市場にも出ていきやすい」との見解を示した。
古川 俊治(参議院議員)
日本再生医療学会理事長の西田幸二氏は、基礎研究と産学連携の重要性を指摘した。今、再生医療学会において取り組むべき課題として認識されているのは、幹細胞に関する基礎研究の強化だという。西田氏は「日本から再生医療の製品を出すには基礎研究の力が不可欠であり、それを強化するためには幹細胞の研究者をもっと増やさなければなりません」と語った。また、治療に用いる細胞製剤などの作用機序を考える上での、基礎研究と臨床の連携強化の必要性にも言及した。
国立医薬品食品衛生研究所副所長の佐藤陽治氏は、ナイーブ型iPS細胞について「継代を重ねるごとに生じるインプリンティングの消失や異常があっても、分化バイアスや分化効率に影響を及ぼさないようであれば再生医療には使える可能性はあります。それはそのまま細胞の品質の考え方や品質管理の問題にも直結するので、基礎研究と応用研究のリンクがますます重要になってくる」との考えを示した。
廣瀬氏の発表を受けて、革新的な治療を持続可能にするビジネスモデルも検討の俎上に上った。佐藤氏は「細胞・遺伝子製剤の市販後のデータから得られる情報を有効活用することも重要ではないか」と提案した。また古川氏が「1回投与型の遺伝子治療製剤のピークセールスの課題については事前に予測できていたのでは」と指摘すると、廣瀬氏は「ノバルティスファーマの場合は、遺伝子治療を強化するという方針のもと開発を進めることになりました。単品では赤字でも他の製品の売上でカバーしています。現実的に、製品が1つしかないスタートアップなどでは厳しいのでは」と話した。
2025年度の「再生医療で描く日本の未来研究会」は、月1回ずつ、全4回の開催を予定している。また本年度末に議論の内容・結果を報告する計画だ。