日本再生医療学会でシンポジウム 研究会の成果を報告
再生医療で描く日本の未来研究会・日本再生医療学会共催シンポジウムが3月20日、パシフィコ横浜で開催された。研究者が集まる学会の場において、2024年度に5回にわたって実施した研究会の議論をさらに深め、再生医療の社会実装と国際展開に向けた課題と方策を話し合った。
事業構想大学院大学 再生医療で描く日本の未来研究会は今後も議論を継続していく
日本再生医療学会でシンポジウム
研究会の成果を報告
再生医療で描く日本の未来研究会は、2040年頃の理想の姿を次のように描いている。この未来においては、再生医療が治療の選択肢の1つとなって患者の多様なニーズに対応している。その産業化も進んでおり、世界市場で競争力を持つ日本の輸出産業へと発展している。これを実現するために、どのような形で取り組み、成果を上げていくかについて、2023年度から2年間にわたって政産官学のメンバーで議論を重ねてきた。
シンポジウムの冒頭、第24回日本再生医療学会総会大会長の中村雅也氏が「今回のシンポジウムでは、研究会に深く関わられた皆さんによる議論を通して、今後の再生医療のあり方についてさらに解像度を上げる場にしたい」とあいさつした。

中村 雅也(日本再生医療学会 常務理事/
第24回日本再生医療学会総会会長)
続いて、事業構想大学院大学学長の田中里沙氏が2024年度の研究会の成果について報告した。2024年度に議論の俎上にのぼったのは、再生医療のための治療用細胞などの製造・品質管理の課題、アジア市場への進出を軸とした出口戦略、再生医療のコストをカバーする保険制度のあり方。そのうえで、産業化の支援、製造と品質の担保、医療アクセスの向上、保険制度、人材育成と情報発信の5つの項目からなる提言をまとめた。「今後、この提言に基づく各省庁の政策や、プロジェクトへの具体的な展開を期待するとともに、医学界や産業界と連携し、さらなる再生医療の発展に貢献したい」と田中氏は語った。
研究会からの提言の概要を報告する事業構想大学院大学学長の田中里沙氏
日本が世界の先端であるために
社会実装に移るこれからが勝負
シンポジウムでは、日本再生医療学会理事長の岡野栄之氏が「再生医療で描く日本の未来」をテーマに講演し、日本の再生医療分野における技術の進展と、国際化に向けた展望について概観した。海外展開については、同学会が中国、韓国、シンガポールの学会とで連携し、最新のデータを共有し、社会実装に向けた議論を行っている。また、台湾において日本の再生医療関連の法律とほぼ同等の法律が成立し、相互に承認が得られやすい環境が整ったことを紹介した。

岡野 栄之(日本再生医療学会理事長)
現在、世界では多能性幹細胞を用いた83種の候補品が試験段階にあり、直近では人工多能性幹細胞(iPS細胞)の治験数が胚性幹細胞(ES細胞)のそれを超えた。岡野氏は「臨床開発中の製品数については米国に抜かれたが、多様な疾患への応用などの視点を含めると日本の方がまだまだ質は高い。社会実装のステージに移るこれからが勝負」と語った。さらに「研究会では、政産官学、特に内閣府、厚労省、文科省、経産省の課長クラスもオブザーバーとして参加し、議論を深めることができました。研究会における議論の内容を発信し、2040年には再生医療がアンメットメディカルニーズへの根本的な治療法となる世界を実現したい」と研究会の成果をまとめた。
治療用の製品の製造・品質管理
海外の患者への治療の提供も議論
続いて実施したパネルディスカッション第1部のテーマは「再生医療の製造と品質、海外展開」として、再生医療イノベーションフォーラム (FIRM)の代表理事副会長 畠賢一郎氏が座長を務めた。

畠 賢一郎(再生医療イノベーションフォーラム 代表理事副会長)
パネルディスカッションに先立ち、国立医薬品食品衛生研究所 薬品部長の佐藤陽治氏が、研究会における議論のサマリーを紹介した。「再生医療の製造及び品質管理の課題」では、スケールアップや製法の変更などを想定した品質管理や製造技術の検討(作り込み)への理解が欠けている現状に触れた。研究会では、このような「作り込み」をどの主体が担うのか、またそのための人材の育成・確保をどのように行うかについて議論が交わされた。

佐藤 陽治(国立医薬品食品衛生研究所 薬品部長)
一方、「出口戦略としてのアジア展開」では、日本と類似した規制を持つ国への輸出だけでなく、アジアから日本へ患者をいかに呼び込むかについても検討がなされた。
パネルディスカッションでは、佐藤氏が「薬価で画期性、有用性加算を取るためにも、新規作用機序について明確に理解し、説明することが求められます」と追加指摘した。岡野氏も「作用機序の詰めについては、企業とアカデミアがキャッチボールしながら高めることが大事です」と、密な連携の必要性を強調した。また製造プロセスにおける「作り込み」について、FIRM代表理事会長の志鷹義嗣氏は、「治験に必要なバッチサイズの生産と、商用に向けた大量生産とをつなげていけるようプロセスをしっかり固める必要がある」と語った。
製造人材の確保については、志鷹氏が「大学と連携して専門人材を輩出できる仕組みをつくり、特定の地域に治療用細胞の生産クラスターをつくることも1つの方法」と話した。岡野氏は日本再生医療学会が推奨するプロトコルでの細胞培養法を、専門学校などで教えられるようにすべき」と提案した。佐藤氏は「人材不足に対応する方法として、製造法の開発や実際の工程にAIやロボットを導入し、自動化することも検討しなければなりません」と述べた。

志鷹 義嗣(再生医療イノベーションフォーラム 代表理事会長)
「出口戦略としてのアジア展開」については、志鷹氏がFIRMにおける取組を紹介した。欧米に匹敵するマーケットがアジアに出現することを想定し、2018年から韓国、台湾、インド、シンガポール、中国の企業、団体と連携して規制調和に向けた議論を毎年続けているという。佐藤氏は「日本の規制を英語で説明できる人を増やすべき。日本の制度がいかに合理的であるかの理解が広まることで日本の影響力が大きくなります」と語った。
事業構想大学院大学における研究会での議論を振り返り、志鷹氏は「課題に対する障害を取り除き、物事を前へと動かしていくためには、政産官学がセクターを超えて協業していかなければなりません。研究会の枠組みは非常に重要です」と話した。佐藤氏は「研究会には様々な立場の方が参加し、色々なものの見方、パラダイムの違いに気づかされました」、岡野氏は、「多様なステークホルダーとの議論を通して社会実装していくうえでアカデミアが何をすべきかが改めて確認できました」と研究会の意義を振り返った。
治療の費用をいかに捻出するか
社会保障から考える再生医療
パネルディスカッション第2部のテーマは中村氏が座長を務め、「社会保障から考える再生医療」について議論を行った。慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授の後藤励氏が研究会の議論をまとめて紹介し、3つのキーワードを挙げた。1つ目は「イノベーションの評価」で「医療費の値付けにおいて費用対効果が評価されるようになったが、臨床面でのイノベーションの評価、医療保険制度における社会の視点からの評価の両方が求められます」と述べた。2つ目が「医療保険制度と患者アクセス」で、民間保険や保険外併用療養費制度、条件及び期限付承認についても議論されたことに言及。3つ目が「財源」で、治療の対価に対する国民の理解やアドボカシー活動の重要性を強調した。

後藤 励(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授)
続く討論では、臨床面での「イノベーションの評価」について、医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原康弘氏が、がん診療医としての立場から「統計学的な有意差に加え、患者さんがどのようなメリットを感じているかが大事。それを科学的に評価し薬事承認、保険償還に反映していくかが課題です」と指摘した。また、志鷹氏は「病院において、従来にない手技、手順が必要になるケースもあります。病院経営がひっ迫する中で、手技料などについてもしっかり気を配ってほしい」と注文を付けた。

藤原 康弘(医薬品医療機器総合機構[PMDA]理事長)
「医療保険制度上の評価」については、後藤氏が「イギリスでは鎌形赤血球症が低所得者に多い疾患であることから、公平性の観点から評価すべく議論がなされた」ことを挙げ、社会的な価値も踏まえた検討の必要性に触れた。
患者が新しい治療をより早く受けられるようにするための日本独自の制度「条件及び期限付承認」について、藤原氏は海外から「規制が緩いのでは」との批判を受けたという。これに対し、藤原氏は自ら反論の論文を書いたといい、「これは世界に誇るべき制度。ただし承認を取得した後、製造販売後の調査、臨床試験を精緻なデザインで行うことが重要」と話した。
参議院議員の古川俊治氏は「条件及び期限付承認はあくまでも通過点。国際的なルールに従ったエビデンスを示して、世界市場で患者を治して初めて本当の成功といえるでしょう」と目指すべきゴールの重要性に触れた。

古川 俊治(参議院議員)
政府の「経済財政運営と改革の基本方針2024」においては「保険外併用療養費制度の在り方の検討を進める」と記されている。現在、保険診療と保険外診療の併用は原則禁止されている。しかし保険外診療でも、保険診療との併用を厚生労働大臣が認めた治療については、通常の治療と共通する部分の費用は保険診療と同様に健康保険が使える。日本総合研究所理事長の翁百合氏は「制度設計が重要。治療を希望する患者が安全で迅速に治療を受けられるようにするとともに、ドラッグロス解消につながる制度に向け検討を進めてほしい」と語った。患者の自己負担増加への緩和策については、民間保険も組み合わせていく工夫も必要だという。
藤原氏は「エビデンスが増えていくにつれて保険でカバーする度合いを増やしていくことが望ましい。そのためにも、条件及び期限付承認を出した後も臨床試験の実施と結果の公表を義務付け、本承認に向けたエビデンスを蓄積していくことが重要」と話した。これを受け古川氏も「エビデンスができる頃には対象患者が広がり原価、コストも下がります。そこまでは新しい保険外併用療養費制度のタイプを検討しなければならないでしょう」と述べた。
また、財源・国民の理解と制度設計については、後藤氏が「再生医療は単価の高い医療であるが、希少疾患であれば医療費全体へのインパクトは大きくない。患者によって効果が違うといったケースが出てきたときに、価値をどう評価するか議論になるでしょう。それに耐えられるようにデータを集め、分析しておく必要があります」と指摘した。翁氏は「健康保険の保険料については若年層にとって大きな負担。金融資産データも把握し、より応能負担を求める方向を議論すべきではないでしょうか」と話した。

翁 百合(日本総合研究所 理事長)
政産官学の当事者が集まり協力
世界標準の新モダリティ確立を
これらの議論を受け、古川氏が研究会の意義を総括した。「内閣官房健康・医療戦略室、厚労省、文科省、経産省、AMED、PMDA、国立医薬品食品衛生研究所に至るまで官にも集まっていただいた。官僚の皆さんも状況を打開し前に進めていこうと考えており、研究会を通してアカデミアや企業の皆さんとフランクに話す機会を設けられたことは非常に良かった。再生医療の臨床研究が進み、いよいよ産業化へと移っていくことになります。政産官学みんなで同じ目線で見つつ課題を克服し、世界標準の新モダリティを打ち立てていきたい」と力強く語った。
最後に中村氏が「実学としての再生医療、私たち研究者側の思いをどう社会に届けるかについて立場の違う皆さんが議論されてきた、事業構想大学院大学の田中学長が積み重ねてきた研究会と、私たちの思いが合致をして、このシンポジウムを開催できたことをうれしく思います」と話し、シンポジウムを締めくくった。
※肩書きは開催当時