気候変動対策をめぐる世界の動向
パリ協定ロードマップ上のCOP23の位置づけ
パリ協定は、2020年以降の気候変動対策のあり方を規定した国際条約で、親条約である気候変動枠組条約(UNFCCC)の下に位置づけられる。パリ協定が2015年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21、以下同様に省略)に採択された時点では、パリ協定の発効に2・3年はかかると予想されていた。そのため、パリ協定で決まった制度や手続きの詳細ルールを数年かけて協議し、2018年に開催されるCOP24で決定するという流れを前提に、さまざまな作業の締め切りを決めていた。
ところが、実際には、パリ協定は早くもその翌年、2016年11月に発効してしまい、その直後に開催されたCOP22では、パリ協定の第一回締約国会合(CMA1)が開催されてしまった。CMA1で決めるべき合意事項の多くは協議中で2018年まで待たないと決まらない状況だったため、CMA1を延長し、2018年まで断続的に「第一回会合」を続けることになった。
COP24が一つの節目になることから、COP23はそれに至る通り道として位置づけられ、当初より、何か重要な決定が期待された会議ではなかった。しかし、その半年前の2017年6月、新たに米国大統領に就任したトランプ氏が、パリ協定からの離脱を宣言したことから、COP23はその宣言後初のCOPとして注目されることになった。
COP23の概要
COP23は、2017年11月6~17日、ドイツのボンで開催された。政府間交渉用の建物と、研究機関等によるサイドイベント会場との間が離れていたため、無料のレンタルサイクルが参加者に貸し出された(写真1)。
COP23では、前年に続けてパリ協定の詳細ルールに関する手続き的な協議が進んだ他、COP24に向けた残り1年を有効に使うために、作業スケジュールが検討された。COP24で予定されている促進的対話は、世界全体の取り組みが、「産業革命前比2℃未満に気温上昇幅を抑制、また1・5℃に向けて努力する」というパリ協定の長期目標にどれほど足りないのかを検証する重要な手続きと認識されている。COP23では、この対話を「タラノア対話」と名づけた。「タラノア」とは、COP23議長国だったフィジーの言葉で「多くの人の参加を得て透明性の高い」という意味だという。タラノア対話は、今年1月から開始され、政府だけでなく、自治体や企業等の意見も巻き込みながら進む。今年秋に公表予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)1・5℃目標に関する特別報告書の結果も参照しつつ、COP24で最終的なとりまとめをする。
国連環境計画(UNEP)が毎年COPの直前に発行している「排出ギャップレポート」では、現在各国が掲げる2030年近傍の温室効果ガス排出抑制目標を合計しても、1・5~2℃の目標達成には不十分で、さらに追加的な削減努力が求められている。タラノア対話でも同様の結論に至ることが現時点で十分予見できることから、この点を、今後1年間のプロセスで詰めていくことが望まれる。
米国で錯綜する気候変動対策の動向
今回注目された米国のパリ協定脱退宣言が、世界の気候変動対策に及ぼす主な影響としては、以下の3点が考えられる。①米国内での気候変動対策の遅延により、米国の排出量削減が進まず、結果、地球全体の排出量減少が不十分となる、②米国がUNFCCCやIPCCへの拠出金を大幅に減らすことで、財政的支援を前提として対策を計画していた途上国での排出削減が遅延する、③米国による離脱が契機となり、他の国も後に続いて離脱する。
これらの悪影響に対して、今回のCOP23では、興味深い動きが見られた。
第一の点に関して、確かに、オバマ政権下で計画されていたクリーンパワープラン(CPP)。国内の火力発電所を対象に二酸化炭素排出基準をもうける案)は頓挫し、石炭産業や鉄鋼産業に対する政府の支援は増えている。しかし、それとは別に、米国内では、排出削減を支持する自治体や企業による行動が目立ってきている。これらの主体は、「We are still in」(我々はまだパリ協定に参加している)という名の団体を創設し、連邦政府がパリ協定を離脱しようとも、自分たちは気候変動対策を進めていくという態度を表明している。この団体は今や、20の州、110の都市、1400を超える企業など合計2500以上の主体が参加するまでになった。合計すると、米国の人口や経済規模の半分以上を占めることになるという。COP23ではこの団体が独自のパビリオンを設置し、日々、多くのサイドイベントを開催していた(写真2)。COP23に出席した米国の政府代表団の人数が減らされたのに比して、非政府団体の活躍が目立った。
第二の点に関して、米国は今まで、UNFCCCやIPCCに対して最大の拠出国として貢献してきた。その金額は全体の3分の1ほどになる。これがゼロになってしまうと、確かに途上国での対策や、IPCCでの活動に悪影響が出ると予想される。COP23閣僚級会合では、フランスのマクロン大統領が、米国が拠出金を減らす分を欧州が補う可能性を示唆した。
第三の点に関しては、かつて2001年にブッシュ大統領が京都議定書から離脱した時代を思い出し、また同じことが起きると懸念する声が、特に日本国内では聞かれた。しかし、今回、米国の後に続こうとする国は一つもない。京都議定書から20年近い歳月が流れ、脱炭素社会を目指すことが経済的なコストではなく、新たなビジネスチャンスとして認識され始めている点が大きいだろう。日本国内での「京都議定書再来」の懸念は、杞憂というより、むしろ、世界の趨勢から取り残されている状態と言えるかも知れない。
中国で加速する気候変動対策
米国の足踏み状態を尻目に、気候変動対策を加速させているのが世界最大の排出国、中国だ。中国では、気候変動を深刻な問題と認識しているのに加え、気候変動対策が地域的な大気汚染問題の改善にも資すること、また、脱炭素関連産業を、国の成長産業として位置づけていることが、国の積極的な政策導入に向けた追い風となっている。国の一大事業である一帯一路プロジェクトの中にも、国外で脱炭素関連事業を推進する計画が組み込まれている。
2017年1月には、国の主要電源である石炭火力発電所に関して、100カ所以上の新設計画の実施を保留し、実質、新規の石炭火力発電所建設が見合わせられることになった。また、同年9月には、乗用車の大幅な脱炭素化に向けて、2020年までに燃費向上を図るとともに、2019年以降は、電気自動車やプラグイン・ハイブリッド自動車等いわゆる「新エネルギー車」と呼ばれる乗用車の割合を急速に上げていくことが自動車メーカーに義務付けられることになった。
さらに同年12月には、全国規模の排出量取引制度を開始すると発表した。これまで試行期間として一部の都市レベルで排出量取引制度を実施してきたが、今回は初の全国規模の取引となる。電力部門、1700の事業所が対象となる。
このような状況を踏まえ、中国は、COP23でもパリ協定の重要性を訴え、自らのリーダーシップを示した。今まで気候変動交渉を牽引してきた欧州連合(EU)が英国のEU離脱等の影響を受け、思うように気候変動政策を進められない状況において、中国は、気候変動ガバナンスにおける新たなリーダーとなりつつある。
パリ協定の発動に向けて
今年(2018年)末のCOP24が、気候変動交渉の一つの節目となるが、もう一段先に目を向ければ、2020年のパリ協定実施が視野に入ってくる。パリ協定では、2℃ないし1・5℃目標に至るために、今世紀末までに排出量を実質ゼロとすることを求めている。また、そのような長期展望を示すために、各国は、2020年までに2050年までの長期低排出発展戦略を策定することが求められている。
政府間協議が続く間にも、企業は先を見越した投資を始めている。自治体は自らの都市計画の中に、脱炭素と適応策を組み込みつつある。途上国は、積極的な脱炭素計画を掲げ、国外からの支援を受け入れる。パリ協定が長期的な進むべき道筋を示したことで、世の中が脱炭素に向けて舵を切った。
日本では、一方で2030年目標を掲げつつも、他方で2030年以降のビジョンを踏まえない意思決定が垣間見られる。電力供給、産業構造、都市計画等、排出量削減を念頭に検討した結果は、多くの場合、日本国内の高齢化、人口減少、地域衰退などの解決に向けた取り組みにも効果的である。長期展望を踏まえた気候変動対策実施が求められる。
- 亀山 康子(かめやま・やすこ)
- 国立環境研究所 社会環境システム研究センター 副センター長