低負荷農業と就農者雇用で日本の農業の未来を拓く

2016年、宮崎県新富町で立ち上げられたみらい畑株式会社。社会課題の解決を目指すビジネスパーソンのプラットフォームであるボーダレス・ジャパンの事業の一つである。代表の石川美里氏はまったくの未経験者ながら、経験者でも難しい有機農業の世界に飛び込んだ。目指すのは、環境負荷の少ない農業経営の確立と、農業の道を志す新規就農者の雇用拡大である。試行錯誤の中少しずつ生産体制を確立し、販路開拓に力を注いでいる。

石川 美里(みらい畑 代表取締役社長)

「社会の役に立つ仕事を」

環境、労働、貧困、差別や偏見という様々な社会問題の解決に「ビジネス」として取り組む、ボーダレス・ジャパン。社会問題解決につながるビジネスを立ち上げる社会起業家たちが、資金やノウハウをシェアできるプラットフォームである。そんなボーダレス・ジャパンに2015年に入社、2016年10月に農業法人であるみらい畑株式会社を立ち上げたのが、石川美里氏だ。

「ボーダレス・ジャパンに入社したのは、とにかく社会の役に立つ何かがしたかったから。それしかありませんでした。最初は、農業がやりたくて、というわけではなかったんです」と石川氏。幼い頃を過ごしたのはインド。著しい経済成長を遂げながらも、根強い差別や貧困問題を抱える国だ。「同じ年頃の子どもが裸同然の格好で物乞いをしてきたり、腕や足のない人が当たり前のように路上生活をしていることに強い衝撃を受け、なぜ国が違うだけでこんなにも自分と違う生活を強いられる人がいるのか、その人生の違いを受け入れられないまま成長した」という石川氏。そして帰国した日本では、東日本大震災という未曽有の大災害を目の当たりにした。「そんな中で、私は運よく生き残っているんじゃないかという思いが強くあって。生き残っているのなら、社会の役に立つことがしたいと入社したんです」。約2年、ボーダレスグループの既存事業で経営を学び、3年目に新規事業として農業法人を立ち上げるに至った。

まったくの未経験者ながら農業で起業したのは、「農業が環境に与えるインパクトが大きいから。特に、水質汚染の約20%は農業の影響と言われています」。「良い社会を未来に残す」、その方法の一つとして、農業が環境に与える負荷の軽減を目標にみらい畑を立ち上げ、無農薬や有機肥料を適切に使用する農業に着手したのである。

 

 

立ち上げ後は苦しい数年間
諦めずに生産を継続

しかしながら、農薬や化学肥料の不使用といった環境負荷が少ない農業は、栽培する野菜の収量がなかなか上がらないのに生産物の単価はあまり高くならず、収益という点では厳しい現状がある。みらい畑も、一時は存続の危機に陥った。「起業後すぐに着手したのは、みらい畑が本拠地を置く宮崎県新富町などの伝統野菜、佐土原ナスでした。私を含めて5人のメンバー総出で育てていたのですが、半年後、虫にやられて全滅。その後台風でビニールハウスが全壊するという経験までしました」。その後もなかなか収益につながる生産ができず、一時、みらい畑の存続を諦めかけたという。しかし、その時相談したのが、ボーダレス・ジャパンの田口一成代表取締役の「もう少しだと思うけど」という一言だった。「収益が出るようになるまでもう少しだと思う。もうちょっと頑張れ、と背中を押してくれたと思っています」と石川氏。その後、紅芯大根、春菊、ニンジン、ほうれん草の栽培に着手し、現在、収益が上がるまでの栽培ができるようになった。ボーダレスグループにはみらい畑のほかに、規格外野菜の流通を手掛けるフードロス問題の解決を目指す「夕べモノガタリ」や、アフリカやアジアの農業経営を支援する「Alphajiri」など、全部で4つの農業事業がある。立ち上がったばかりのビジネスが多いが、年一度、グループ全社の経営者が集まり世界会議では情報交換を行うなど、少しずつ連携体制も構築されつつあるという。

農業の厳しさを知ったからこそ
就農希望者を救いたい

社会課題の解決につながるビジネスを理念とするボーダレスグループ内の企業では、各ビジネスにおいて、どんな社会課題にどれくらい影響を与えられるのかを明確にする「ソーシャルインパクト」という指標を掲げている。有機農業という環境負荷の少ない農業経営を「ソーシャルインパクト」として立ち上げたみらい畑だが、代表の石川氏自身が未経験の農業に苦しんだ経験から、生産者雇用という部分にもソーシャルインパクトを置いている。離農者に比べればまだまだ少ないが、それでも、就農を希望する人はいる。「でも、数年で資金が尽き、続けたくても続けられないというパターンはよくあります」(石川氏)

新規就農者には2つのパターンがある、と石川氏。まずは、農大などを卒業したばかりの若手。実家が農業でなければ農業法人などに勤めるという道があるが、勤め先と合わず辞めてしまうことは少なくないという。「もう一つのパターンが、ほかの仕事に就いたあとに農業を志し、農業経験ゼロから始める人です。土地や栽培技術、販売先の確保と、すべて一人で一からやらなければいけません。また、農業の未来や環境負荷のことも真剣に考えて有機農業をやりたいという希望を持っている場合が多いのですが、有機農業経営は厳しい。結局、諦めてしまうという人は少なくありません」。農業が抱える課題を解決し、有機農業で経営を成り立たせる難しさを自分自身が痛感しているだけに、「農業をやりたいけれど就農する条件が整わなかったり、続けたいのに続けられない人。そういった人を雇用し一緒に農業を行う。そこにも力を入れていきたいと考えています」

耕作放棄地面積の推移

出典:農林水産省『農林業センサス』を元にみらい畑作成

 

販路拡大の第一歩
需要があるところにオンラインで

自身と同じく有機農業に志を持つ人を雇用するためには、みらい畑の農業経営を成り立たせることが不可欠である。「そのためには、栽培生産に力を入れるだけではなく、生産した野菜からしっかりと収益を上げなければいけません。それには、売り方の部分が大事。飲食店や個人の、有機野菜の需要があるところに、適正な単価で販売できる仕組みを構築していきたいと考えています」

みらい畑が現在生産している野菜の一つである紅芯大根は、形はカブのように丸く、見た目は白いが中は鮮やかなピンク色をした珍しい野菜で、市場には流通していない。「流通していないから価格の交渉が可能です。しかし逆に、流通していないため生産量を増やして収益を上げることが今はできません。オーダー制の生産となるので、そうなると、地元宮崎だけでの販売で収益を上げることは難しくなります」。そこで令和2年からは、首都圏でも販売を開始。その準備として着手しているのが、インターネットを活用した販路の開拓である。現在すでに始めているのが、全国の農家、漁師から直接食材を購入できるスマホアプリであるポケットマルシェでの販売。新鮮な春菊、ほうれん草やニンジンはもちろん、色が美しい紅芯大根は様々な料理に活かせるため、購入者に好評を得ている。「価格は市場より高く売れています。販売数が伸びていくと、有機栽培生産に希望も見出せるかと思っています」。いずれは、自社のオンラインでの販売を目指しており、さらには、有機野菜のOEMも手がけたいと石川氏。作る、という強みを活かしたサービス拡大が今後の目標である。

みらい畑のビジネスモデル

地元ではFace-to-Faceの販路
生産者側の「売る工夫」も不可欠

有機栽培農業経営を成り立たせるためには、首都圏やほかの都市部での販路拡大が欠かせないが、もちろん環境負荷の軽減という点では「地産地消が理想」だと石川氏は言う。そのために地元・宮崎県内では、試食販売やポップの作成など店舗での販売フォローにも力を入れている。特に紅芯大根は珍しく、価格的にも割高であるため、ただ店内に並べるだけではなかなか売れない。「売り方に工夫は必要ですが、店舗さんにお任せしているだけでは難しく、生産者側も売る工夫を仕掛けていかないといけません。私たちのほうからマネキンさんを置かせてもらったり、陳列場所を工夫させてもらったりすることも必要です。それには、お店側との関係性を強化することも大事。今、どんなことをしていけばいいか試行錯誤中です」。生産者の顔を見せた、県内外の消費者に訴求するためのパッケージデザインも進行中である。

メンバーと共に苗植えに従事する石川社長

インターネットを活用した首都圏を中心としたオンラインでの販路と、地元から着実に、顔を合わせ言葉を交わすFace-to-Faceマーケティングで広げる販路。その両方にしっかりと取り組んでいきたいと石川氏。そうすることで、有機野菜が当たり前という環境を創出したいと話す。「価格が割高なのも、有機野菜だから当たり前という環境になってほしいと思っています。ただ、今の日本にいきなりその環境を創り出すことは難しい。だったらまずは有機野菜を消費者にとって身近なものにする、そこから始めたいと思っていて」。身近に手に取れるように収量を上げれば、消費者が手に取りやすい価格にもできる。すると有機野菜が市場に乗るようになり、有機農業を志す人が希望を見出せる。そんな好循環の創出を目指している。

 

石川 美里(いしかわ・みさと)
みらい畑 代表取締役社長

 

『環境会議2020年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 農と食の未来構想
特集2 森と人をつなぐ共生の哲学

(発売日:3月5日)

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