企業は途上国の開発課題解決で新たな事業の創出を

かつて政府開発援助(ODA)を中心とした日本の国際協力は社会構造の変化に伴い、開発途上国との関係を含めて変化しつつある。

SDGsの達成も視野に入れつつ、どのような国際協力のあり方が可能なのか。開発協力に関わる国際機関での豊富な勤務経験を経て6月末に終了したG20大阪サミットでは企業への政策提言に関わりThink20(T20)の2030アジェンダTFで共同議長を務めた大野泉氏が語る。

大野 泉(独立行政法人 国際協力機構(JICA)研究所 所長)

MDGsからSDGsへ

開発援助の歴史は70年ほどですが、時代とともに国際開発潮流は大きく変遷してきました。経済成長すればその恩恵が最貧層にまで行き渡り、貧困問題は解決すると考えられた時代もありましたが、特に東西冷戦が終わりグローバル化が進むと国家間の格差や貧困問題が露見し、21世紀を迎えるにあたり社会開発の課題に焦点をあてて国際社会が取り組もうという機運が生まれました。2015年までの達成をめざして国連が採択した8つのゴールが「ミレニアム開発目標(MDGs)」で、貧困撲滅、保健、教育、ジェンダー平等などを重視した内容です。

確かに開発途上国全体をみると、MDGsのゴール1「極度の貧困をなくそう」が掲げたターゲット1︲A(1・25ドル/日未満で生活する「極度の貧困」の人口を半減させる)は達成できました。しかし実際には、人口の多い中国がめざましく経済発展した結果、貧困人口が大きく減少したわけで、アフリカ諸国は依然として深刻な貧困問題に直面しています。さらにグローバル化が加速し、気候変動・環境問題への取組を強化する必要があること、企業活動が広範に展開するようになりその開発途上国におけるインパクトを考慮する必要がでてくるなど、新しい状況も生まれました。そこで「誰一人取り残さない」という野心的なスローガンのもと、MDGsで残された課題を継承しつつ地球環境を守るために、17のゴールからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」が策定され、2015年9月の国連サミットで全会一致の採択をみました。

2つの開発目標を比べると、MDGsは先進国が公的援助(ODA)を通じて開発途上国を支援するという発想にたつのに対し、SDGsは先進国も新興国も実施責任を負い、また援助だけではなく企業を含めた多様なアクターの参加が期待されるなど、「全員参加型」のゴールです。それゆえ、SDGsを「自分事」として考える企業が増えており、共通言語になりつつあるのではないでしょうか。

図 MDGs からSDGs へ――分野・課題の拡がり

出典:国際協力機構(JICA)作成

――国際協力のあり方はどう変化してきたでしょうか。

第一に、対外直接投資(FDI)をはじめとして開発途上国に流れる民間資金が圧倒的に増大し、ODAを凌駕するようになったこと。開発協力において民間セクターと協働することは大変重要になりました。

第二に、企業の役割に対する発想が変化したこと。民間セクターの活動は、単に経済のパイを拡大するだけでなく、環境問題や社会課題の解決に貢献できることが認識されるようになりました。特に、企業のイノベーション力を活用することで開発協力の成果に大きな違いが生じ、企業もそれをビジネスチャンスと捉えている向きがあります。ODA関係者だけで完結して事業を行ったりNGOと協働したりするだけでなく、企業の参画を可能にする新たなスキームが求められています。また、ODA事業の運営自体にもオープン・イノベーションを採り入れる必要があるでしょう。

第三に、「グローバルなバリューチェーン(価値連鎖)」とそれから派生する問題を認識すること。特にアパレル企業やスポーツ用品メーカーの間で、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する感度が高まっています。大手ブランドの中にはバングラデシュやエチオピアなど途上国で委託生産するケースが増えていますが、これらの国では環境法規や労働者の人権・安全を守る法制度が十分に整っていなかったり、あっても適切に順守されていない場合が少なくありません。2013年にダッカで縫製工場の入居ビルの崩落事故が起こり、1000人を超える人びとが命を失いました。そして、こうしたリスクを軽視して委託生産していたブランド企業に批判が集まりました。もはや、自社内のESGに目配せするだけでは不十分なのです。これはまた、途上国の法制度整備や執行能力を強化する支援が今まで以上に重要になってきていることを示唆するものでしょう。

 

 

多様な主体のニーズをマッチング

SDGs時代では、近江商人の「三方よし」の哲学を、地球というより広い空間、未来という長期の視野で考えねばなりません。初等教育の質、衛生的な水へのアクセスなど、途上国ごとに抱える社会課題は様々です。JICAは国際協力を行っているので途上国の情報や、現地で活躍する専門家や海外協力隊などの豊富な人的ネットワークがあります。こうした強みを活かして、開発課題と企業がもつ技術とのマッチングを行い、積極的に連携していくべきです。

JICAは近年、民間連携事業を強化しており、2012年度からは、優れた技術をもち途上国の開発課題の解決に貢献する日本の中小企業の海外展開支援を行っています。ビジネスプランを策定する段階から事業化への支援、更に現地進出の段階における投資許可や様々な規制など、企業が海外展開において考慮すべき要素は数多くあります。JICAだけでは到底解決できません。したがって、日本貿易振興機構(JETRO)や全国の信用金庫・地方銀行など、企業支援に取り組む様々な組織との協力を強化しています。現在JICAは、全国で49行の金融機関と連携覚書を締結し、提携を広げています。

また、プラットフォームという意味では、JICA関西国際センターが近畿経済産業局や関西広域連合とともに、事務局を務める「関西SDGsプラットフォーム」は非常にユニークです。関西という単位でまとまり、2025大阪万博なども見据えて企業や自治体、市民社会、大学・研究機関等の多様なアクターの力で関西と世界を結びつけようとしています。いわば、関西がもつ技術や知見を活用しつつ、水や防災、ものづくりなど、国際開発の課題の解決にも貢献しようというもので、SDGsと地方創生の両方の観点からの取組といえます。関西ワイド、また府県ごとにキャラバンと称して、セミナーやグッドプラクティスの共有が盛んに行われています。

日本と途上国は双方向の学びへ

かつては日本が「先生」で途上国は教わる側という構図がほとんどでした。現在は、日本は少子高齢化に直面し、外国人労働者の受け入れを拡大するなど外国との関係性が大きく変わってきています。国内市場が縮小するなか、規模を問わず、海外に活路を求めてグローバルな展開を図る企業が増えていますが、途上国のニーズを掴み、人びとに合った製品・サービスを提供しなければなりません。いわば、一方向から双方向への変化が求められています。

インドの若手IT人材を採用している中小企業が島根県にあります。地方では人材不足が深刻で、特殊なプログラミング言語の操作は担い手が少ないため、彼らは魅力的な専門人材です。この島根県の企業は、将来的にはインドでの事業展開も視野にいれているそうです。技能実習生を含め日本に住む外国人労働者が増えていますが、彼らが日本で快適に生活できる環境を整え、一緒に学び合うという「共生」の姿勢が重要です。

ドイツには「隠れたチャンピオン」と呼ばれ、日本と比べはるかに国際化している中堅・中小企業が少なからずあります。冷戦終結後、東西統一で一つの市場が生まれ、国際化の過程で企業が切磋琢磨されてきた背景があります。中国・台湾企業は、もともと華僑の人的ネットワークに加えバイタリティがあります。一方、日本の中小企業は国際的に特殊で、系列的な取引関係の中で非常に高水準のQCD(品質・コスト・納期)を守ってきました。いまや、系列関係が崩れ始め、中小企業も自分たちで販路を切り開かなければいけない時代が訪れています。英語での営業・コミュニケーションや現地の市場動向調査など、従来不得手とした取組を始めねばなりません。

JICAでは最近、留学生の受け入れを拡大するとともに、国内の大学と連携して日本の近代化や開発協力の経験を教えるプログラムを充実させるなど、親日・知日派人材の育成を強化しています。人材を含めたつながりを構築する必要性があるという認識からです。日本自身が海外の需要を取り込んで成長していかねばならないときに、日本的な考え方を理解し、日本企業の海外進出に協力できる外国人材とのネットワークはとても重要です。

JICAはまた、地方自治体との連携を深めています。島根県海士町(隠岐諸島)はまちづくりの先進地域として知られていますが、JICA職員が出向し、町おこしの取組に関わっています。鹿児島県大崎町は「SDGs推進宣言」をし、住民参加による持続可能で低コストのリサイクル事業をインドネシアでも取り組んでいますが、ここでもJICA職員がインターンとして活躍しています。また、徳島県上勝町の「ゼロ・ウェイスト宣言」は2019年1月のダボス会議で紹介され、視察に来る途上国が増えています。

日本の地方発で開発課題の解決のヒントをうまく共有できれば、外国の方の参照事例になるでしょう。SDGsを契機に日本の好実践が注目されるのは日本と外国の双方にとって好ましく思います。(談)

 

大野 泉(おおの・いずみ)
独立行政法人 国際協力機構(JICA)研究所 所長

 

『環境会議2019年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
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