地域との共創で「国消国産」を実現させる

近年、地球温暖化や異常気象などにより、世界規模で食料生産が不安定になっている。さらに今年は新型コロナウイルス感染の拡大により、食料の輸出を制限する国も出始めた。全国農業協同組合中央会(以下、JA全中)の中家徹会長は、脆さを露呈した食料自給『力』を蘇らせるためには、産業としての農業を振興することとともに、各地のJAが地域と協力して日本らしい農家・農村のあり方を再評価していくべきだと提言する。

中家 徹(JA全中(全国農業協同組合中央会)代表理事会長)

コロナ禍で顕在化する
日本農業『5つのリスク』

今年4月に新型コロナウイルス感染症対策本部の決定を受けて、政府が緊急事態宣言を発令してから4カ月が過ぎた。一時、マスクや防護服などの衛生・医療物資が不足して国民にちょっとしたパニックを引き起こしたが、関連メーカーが増産体制を整えることで状況は落ち着きを取り戻している。

「もしこれが食料不足だったら、混乱ははるかに大きくなっていたのではないでしょうか。まだ影響を感じていない人が多いかもしれませんが、すでに10カ国以上の国が輸出規制を始めています。ワクチンだろうと食料だろうと、自国内での需要を優先するのは当然ですから、『日本には出せない』と言われるかもしれません。つまり、お金さえ出せば食料が安定的に入ってくる、という考え方を抜本的に変えなければならない時代がやってきたと考えています。なにしろ日本の農業は、5つのリスクにさらされているのですから」と、JA全中の中家徹会長はコロナ禍で明らかになったサプライチェーンの脆弱性について警鐘を鳴らす。

中家氏が指摘する『5つのリスク』のひとつ目は低い食料自給率だ(図)。直近のカロリーベースの食料自給率は38%(2019年)。昭和40年前後にはおよそ70%だったものが右肩下がりで推移し、平成に入る頃に50%を割り込んで、近年は横ばい傾向が続いている。

図 日本の総合食料自給率の推移

 

「1999年7月に『食料・農業・農村基本法』が成立し、以来5年ごとに食料の安定供給の確保、多面的機能の発揮、農業の持続的発展及び農村の振興という4つの基本理念を具体化するための施策として『食料・農業・農村基本計画』を練り直してきました。折しも、この4月から新しい計画をスタートしたばかりだったので、コロナ禍が予期せぬ逆風になったというのは否めません。ただ、農家だけでなく国民全体に自給率向上への意識を持ってもらう機運にもなり得るとポジティブに受け止めて、2030年にカロリーベースで45%、生産額ベースで75%という目標を達成すべく、農業の生産基盤を強くする取り組みを進めていきます」

第2のリスクは、農業就業者数の減少と高齢化、そして農地の減少という問題だ。平成元年の農業者の平均年齢は57歳だったが、令和元年では67歳と平成の30年間で10歳も上昇した。農業の生産基盤である人と土地が弱体化すれば、自給率を上げようにも供給する力が細ってしまう。

第3のリスクは、自然災害。ここ数年、日本は数多くの災害に見舞われ続けているが、これは国内に限った話ではない。世界中で地球温暖化に伴う異常気象、熱波による山火事などが頻発し、そこから波及して農産物の安定的な生産ができない状態に陥っている国が少なくない。

第4のリスクは、人口の増加だ。日本はすでに人口減少社会に突入しているが、世界の人口は現在の77億人が2055年には90億人を超えて100億人にも迫ると推計されている。ほかのリスクと掛け合わせて考えれば、食料供給が追いつかず、飢餓人口が急増することは容易に予測できる。

そして最後が国際化だ。グローバル化と言えば聞こえはいいが、TPPなど貿易の自由化は食料自給『力』に乏しい日本にとって厳しい変化となるだろう。グローバルマーケットの開拓や国際交渉への戦略的な対応が求められる。

「サステナビリティの視点で考えるなら、『国消国産』――つまり、マスクにしろ何にしろ、国民が必要とし消費するものは自国である程度産出できるようにシフトしていくべきだということになるでしょう。ましてや食料は命とのかかわりでは最重要のもの。その安定供給は国にとっての使命ですので、5つのリスクをいかにヘッジしていくかが重要です」

静岡県浜松市にある久留女木(くるめき)の棚田。一説には平安時代から耕作されているといわれておりNHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」の撮影地にもなった農と自然の伝統的景観

産業としての農業の発展と
日本らしさを守ることの両立

食料自給率の向上と食料安全保障を確立するための基本的な方針は、「産業政策」と「地域政策」を車の両輪と考えて回していくこと、すなわち農『業』としての振興により従事者の所得を増大することと、農村という地域コミュニティを守っていくことを両立させることにある。日本の農家の大半は家族経営であり、海外の大規模農業と同じ土俵で競争に勝とうという考え方はそぐわないと中家氏は指摘する。

「定年帰農、Iターン、兼業農家等々、多様な農業の形態があるのが日本の農業の特徴です。また、地形的に山間地が多く、北から南まで多様な気候風土があるところも独特です。こうした『日本らしさ』を生かすことに視線を向ける傾向が高まり、三密回避やテレワークの普及によって東京一極集中から地方分散へとベクトルが動いたのは大きな意味があったと思います。JAは農業者の所得増大、農業生産の拡大、地域の活性化という3つの基本目標からなる自己改革に取り組んでいますが、私たちも『地方創生』の一翼を担っているという責任を感じています」

JA にいがた南蒲(新潟県三条市)で新規就農者向けに行われている研修。実際に半自動移植機を動かし、ニの苗定植を学んだ

『地方創生』に奮闘する首長たちにとって、人口減少と高齢化に伴う産業の担い手不足は大きな悩みの種だ。特に農業は、自然相手のリスクを伴う営みだけに、「子どもには、自分たちのような苦労をさせたくない」という親心と先祖代々守ってきた田畑を守らねばという責任感の板挟みになる農家が少なくない。

「消費者の方にしてみたら、野菜が普段より10円値上がりしていたら『高騰した』という印象かもしれませんが、大きな災害がなくても豊凶が避けられないのが農業というものだとわかっていただけると嬉しいですね。私の地元の和歌山にミカン狩りに来られた皆さんが、実際に木になっているミカンを見て、傷や腐敗がある、小さすぎる、青っぽい......と、店頭に美しいミカンを並べる苦労を感じることで『高くても買おう』と意識を変えてくださることがありました。消費者と生産現場との接点がどんどん少なくなり、世代が進むにつれて農業に対する愛着が薄れて、割り切った消費行動をするようになっているのは寂しい現実です。飽食の時代に育った人たちに、終戦直後は運動場に芋を植えたなんて話をしても通じないでしょうが、そう遠くない将来に食料難の時代が来ないとも限りません。いまのうちに伝えるべきことを発信していかなければ、手遅れになってしまいます」

一方で、法人化やデジタル技術を活用したスマート農業などに取り組み、収入が不安定、休みが少ない、といった農業のネガティブなイメージを払拭しようと試みる若き就農者も増えてきた。

「よい傾向だと思います。稲作や畜産など、新技術導入がしやすい分野もありますし、外出自粛を機に想像以上にリモートワークが浸透したように、家からボタンひとつで農業をやる時代が来るかもしれません。また、豊かな暮らし=お金があることという概念にも変化が生まれ、自然豊かなところでのびのびと暮らすことに価値を感じる人たちが地方回帰・田園回帰の動きを見せ始めました。若者だけでなく、定年後に楽しみや生きがいとして農業を営む人たちも重要な担い手だと考えています」

中家氏の地元、和歌山県田辺市の長野八幡神社に伝わる住吉踊(すみよしおどり)。県指定無形文化財に指されており、こうした文化の継承も農村の役割のひとつと言えるだろう

持続可能な日本農業のために
農業者と消費者のあるべき姿とは

工業製品なら、すぐに増産することもできる。しかし、それができないのが農業の難しさだ。「来年から食料増産を」と言われても、放置されてきた農地がすぐに元に戻るわけがない。輸入に頼ることに慣れ切った日本の食料自給の現状や農村・農業の価値を伝え、一緒に支えていこうと呼びかけていくJAの役割がますます重要になってくるだろう。

「職員たちには全員が広報担当者だと思って行動し、全国各地で地域の皆さんと一緒にやっていくことが大事だと伝えています。簡単に右から左へとできる話ではないですが、『継続は力なり』と思って続けていくうちに、一人ひとりの動きが集まれば大きな力になります。また、国は5兆円という大きな目標を立てて輸出戦略を進めていますが、潜在的な国内需要を喚起することも必要です。意識せず口にしている海外産の食料を少しだけ国産に変えるだけで、農村に力が戻ります。農業がただ単に食料を生産しているだけではなく、地域を支えるという多面的な機能があるのだということも伝えていきたいですね」

たとえば、農林水産省は国内外の観光客を農山漁村に呼び込もうと、農家や古民家に宿泊する滞在型旅行『農泊』を推進している。ツーリズムとして産業振興になるうえ、迎え入れる地域住民にとっても文化理解の好機につながる。前述の『食料・農業・農村基本計画』には、農水省に限らず、総務省、国交省、文科省など各省庁をまたがったプロジェクト進行や幅広い関係者との連携が必要という旨も盛り込まれている。

中家氏の地元であるJA紀南では、山間部に食料品を届けるため6台の移動販売車を定期的に走らせているという。

えています。神社の宮司が足りないとか実行委員の高齢化で祭りがなくなるかもといった嘆き節を聞くことも多くなり、文化や医療、教育など、暮らしの部分でも農家を支えていかねばとの思いを強くしています」(了)

JA全中代表理事会長・中家 徹氏

 

中家 徹(なかや・とおる)
JA全中(全国農業協同組合中央会)代表理事会長

 

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