2020年1月号

人間会議

新薬開発に官民連携で投資 感染症・熱帯病リスクに対応

大浦 佳世理(グローバルヘルス技術振興基金(GHITFund) CEO 兼 専務理事)

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グローバル化は人やモノの国境を越えたつながりを容易にしたが、人類に未知な感染症・熱帯病を世界規模で伝染しやすくし、公衆衛生上のリスクを高めている。製薬業界では、これらの感染症・熱帯病に対する新薬開発はその極めて高いビジネスリスクから、本格的に着手されることがなかった。
これまで「置き去りにされてきた」熱帯病に対応する新薬開発を推し進め真に薬を必要とする患者に届け、人びとの健康に貢献すべく日本の製薬企業5社が主導して、2013年、画期的な官民連携ファンドを設立した。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」にも謳われた、「誰一人取り残さない」ためのグローバルヘルス推進の取り組みを創設の背景からビジネスモデル・展望に到るまで、幅広く語っていただいた。

大浦 佳世理(公益社団法人 グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund) CEO 兼 専務理事)

 

季刊 人間会議

グローバル化と感染症リスク

―感染症や熱帯病をグローバルな課題としてどう認識されていますか。

1つ目は、パンデミックです。2014年に西アフリカを中心に感染が拡大したエボラ熱、2015年の中南米を中心に拡大したジカ熱は、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したもので、社会経済に甚大な影響を及ぼしました。新型インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)、重症急性呼吸器症候群(SARS)など、人類にとって大きな脅威として認識されている感染症は他にもたくさんあります。Disease Xと呼ばれる、人類が経験したことのない未知の病原菌・ウイルスなどの感染症に対して世界はどう対策を講じていくのかも喫緊の課題です。

2つ目は、AMR(薬剤耐性菌)です。抗菌薬の不適切な処方や使用を背景として、抗菌薬に対して耐性を示す細菌が世界的に増加しています。このまま対策が講じられなければ、薬剤耐性菌に起因する死亡者数は、2050年までに全世界において現在のがんによる死亡者数より多い年間1000万人に上り、100兆ドルの国内総生産が失われると推定されています。

3つ目は、主に低中所得国の貧困と密接に関連する、エイズ、マラリア、結核の三大感染症、そして顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases,NTDs)です。これらは持続可能な開発目標(SDGs)の前身となるミレニアム開発目標(MDGs)から、絶対的な貧困を削減する中で、国際的な対策が推進されてきました。

NTDsとは、人類の中で制圧しなければならない熱帯病としてWHOが定義している20の疾患を指し、約150の熱帯の国や地域を中心に蔓延している寄生虫・細菌・ウイルス等の感染症です。世界中で10億人以上がNTDsで健康な生活を脅かされており、その多くは低中所得国の中でも、特に貧しい遠隔地や都市スラム、紛争地帯などに集中しています。衛生環境が整わない地域で暮らす貧困層は、国の経済発展が目覚ましい一方、こうした感染症と隣り合わせの生活を送っています。病気のために働けない、学校に行けない、病院に行くお金もない......というように、負の連鎖や悪循環を引き起こしています。

日本でも、例えばデング熱は海外から感染が広がったのは記憶に新しいですし、海外への渡航者や、日本企業の現地法人の従業員などが感染することもあり得ます。グローバル化によって人びとの生活は密接につながっており、私たちを取り巻く環境にも直接的・間接的に影響しているのです。こうした地球規模の課題に対して、日本がどう積極的に関与し、リーダーシップを発揮できるかが問われています。

日本発の国際的官民ファンド

―GHIT Fund創設の沿革とミッションをお聞かせください。

数年前に『The Lancet』誌で発表された論文によれば、2000年から2011年の間に開発された新薬候補の化合物の中で、熱帯病向けのものは全体のわずか1%だったという報告があります。医療ニーズはあっても投資対効果(ROI)が非常に低い熱帯病の新薬開発に対して、株主への説明責任を負った製薬企業が参入するのは容易なことではありません。また一般的に、新薬開発には 10年以上の歳月と数千億円以上のコストが掛かることも珍しくなく、かつその大半が失敗する極めてハイリスクなビジネスです。患者の命を救うミッションを背負った製薬企業であっても、このような構造上の理由から、低中所得国の感染症の新薬開発に投資できない状況が長らく続いてきました。

グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund/ジーヒットファンド)は、この構造に一石を投じようと創設され、第三者として投資することで、従来置き去りにされてきたマラリア、結核、NTDsの新薬開発を推進する団体です。初代CEO兼専務理事を務めたBT スリングスビー氏が、元ビル&メリンダ・ゲイツ財団グローバルヘルスプログラム総裁のタチ・ヤマダ氏とともに、その基礎となるコンセプトを考案し、産官学の有識者から協力を得つつ現在の形へと昇華させていきました。

また、GHIT Fundの創設を牽引したのは、実は日本の製薬企業でした。官民協働で資金面でのリスクを下げるとともに、日本の優れた科学・創薬技術を新薬開発のために活用できないかと考えたのです。そのビジネスモデルは4つの要素に分けることができます。①革新的な資金拠出メカニズム、②日本と海外のオープン・イノベーション、③ポートフォリオ・マネジメント、④製品供給のためのパートナーシップの推進です。以下、番号順にご説明しましょう。

① 2013年のGHIT Fund設立にあたっては、日本の製薬企業5社が全体の25%の資金を拠出し、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が25%の資金をマッチングし、残りの50%を日本政府(外務省・厚生労働省)が拠出するというマッチングファンドという革新的な手法がとられました。当初は、5年間(2013年〜2017年)で100億円規模のファンドとして設立されましたが、その後、英国のウェルカムトラスト、国内外の民間企業18社が資金拠出パートナー・スポンサーとして参画し、2019年現在(2022年度末までで)、累積で約350億円のコミットメントを頂いています。

このマッチングファンドのモデルは官民双方にメリットがあります。

日本政府にとっては、「人間の安全保障」や国際保健外交戦略の一環として、低中所得国における感染症の問題に関して積極的に取り組むことで、国際社会における日本の存在感やリーダーシップを高められ、ブランド力向上にも寄与します。製薬企業としては、SDGsやESG(環境・社会・ガバナンス)に対する取り組み、中長期的な投資の観点から参画するメリットがあります。また、海外の財団としては、GHIT Fundを通じて日本の企業、大学、研究機関に眠っている技術やイノベーションを引き出すことができます。

② GHIT Fundが投資する新薬開発案件は日本と海外のパートナーシップを必須条件としています。日本のイノベーションを新薬開発に活かし、南米やアフリカで臨床試験を行い、それを現地の患者に届けるために、世界中のパートナーと協働・連携することで、イノベーションを促進し、より早く、より安く製品化できると考えています。

③ 新薬開発ではGHIT Fundの資金だけで全ての問題が解決するわけではありません。限られた予算をいかに戦略的に投資し、小規模なチームで効率的に運営し、かつ実績を上げるかが組織に課されたミッションです。これを厳格に遂行するため、成果が出ていない新薬開発案件は、早期にプロジェクトを中止し、資金の引き上げなども行います。私たちは製品開発パートナーに製品化への確実な前進を求めます。そして、本当に薬を必要としている患者さんのための薬を世に出すことが最終的な成果・リターンなのです。

④ GHIT Fundは製品の薬事承認取得まで投資を行い、以降の製造・調達・流通等には投資を行いません。しかし、製品開発を行う段階から、どのように患者に製品を届けるのかという供給戦略を、製品開発パートナーや国際機関との緊密な連携のもと行っています。

このビジネスモデルを支えるのは、私と日々一緒に働く18名のマネジメントチームです。男女比は1対1、ほぼ全員が日英バイリンガルで、マルチリンガルも何人もおり、医学・薬学・開発・経営マーケティング・PR・ファイナンスなど多様なバックグラウンドを持つ少数精鋭で仕事を進めています。評議会、理事会、選考委員会には多くの諸外国の専門家にも多数参画いただき、外部の視点を入れて一層高いレベルで組織運営を行おうと努めています。

GHIT Fund マネジメントチーム(Photo by Koutarou Washizaki)

世界を変える日本のイノベーション

―日本企業との具体的な連携事例を幾つかご紹介ください。

設立以来、86のプロジェクトに対して約176億円の投資を行いました。2019年12月現在、探索研究から臨床試験を含む47件のプロジェクトが進行中です。アフリカと南米で進行中の6つの臨床試験から、最も進行している2つのプロジェクトをご紹介します。

1つ目は、富士フイルムが開発した結核の迅速診断キットです。AIDS患者の死亡要因の第1位である結核では、症状が進行した患者 の診断で喀痰(かくたん)を採取しにくく、早期診断・適時治療の困難さが課題です。また、低中所得国のような医療資源の限られた場所でも、簡便に迅速診断できるツールが求められています。SILVAMPTMTB-LAM、は、患者の尿中に含まれる結核菌特有の成分で、細胞壁に微量に含まれるLAM(リポアラビノマンナン)を検出することにより結核診断を行います。元々、写真の処理技術として開発された富士フイルム独自のハロゲン化銀増幅技術を応用することで、ウイルスやバクテリアなどの微量な物質でも高感度な検出を可能にしました。今後WHOからの推奨を獲得するために、様々な試験が行われています。

結核迅速診断キットSILVAMP ™ TB-LAM.

2つ目は、アステラス製薬とメルク(独)など8団体で開発する、住血吸虫症のための、小児用の薬(プラジカンテル)です。住血吸虫症は、アフリカでマラリアに次ぐ社会経済的に大きな影響を与えている、特に子どもが感染する寄生虫病で、貧血、発育不良、学習障害などを引き起こします。メルクが1970年代に開発したプラジカンテルは、5歳以下の就学前児童には粒が大きすぎて窒息のおそれがあり、苦味が課題でした。そこで、アステラス製薬の製剤技術により、薬の大きさを4分の1に、錠剤の苦味を軽減するとともに、アフリカの高温多湿な環境でも安定な錠剤の開発に成功しています。現在、最後の臨床試験となる第三相試験がケニアとコートジボワールで行われています。

小児用プラジカンテルの臨床試験(第二相)が行われたコートジボワール共和国での施設風景

 

―日本のイノベーションが将来、世界のヘルスケアに及ぼしうるインパクトについてお聞かせください。

2019年8月に横浜で開催された「第7回アフリカ開発会議(TICAD 7)」では、アフリカが持続的・安定的に「質の高い成長」を成し遂げること、日本の外交政策の柱「人間の安全保障」の理念に基づき、日本が重要なパートナーとして、人材育成、科学技術やイノベーションを通じてアフリカの投資・開発を推進することが確認されました。例に示した2つのプロジェクトを含め、日本のイノベーションは、アフリカの人びとの健康に貢献し、ひいてはアフリカの人びとが貧困の負の連鎖から抜け出し、より豊かで安定した社会を築くための重要な一歩になると信じています。日本の企業・大学・研究機関に眠っているその原石を見つけて磨き、日本から世界に積極的に発信していくことがGHIT Fundの役目です。

私が好きな言葉に「Think outside the box」という表現があります。固定観念にとらわれない、既成概念を取っ払う、というニュアンスになると思います。SDGsでも謳われる「誰一人取り残さない社会の実現」や、誰もが平等に医療を受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」という高い目標を達成するためには、科学・技術・政策、あらゆる面においてイノベーションが不可欠です。GHIT Fundとしても、この「Think outside the box」を促すような仕掛けを今後も行っていきたいと考えています。(談)

 

大浦 佳世理(おおうら・かせり)
公益社団法人 グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund) CEO 兼 専務理事

 

『人間会議2019年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 リスク社会を生き抜く未来構想
特集2 地域企業のポテンシャル

(発売日:12月5日)

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