「攻め」と「守り」の事業承継 地域ファミリー企業に学ぶ叡智

日本経済の活性化を促す起爆剤として、各界から、関心が強く注がれる事業承継。当事者間の経営課題としてのみ理解されがちだが、法規制のほか、地域社会からも影響を受けるという。数多くの承継事例を調査する静岡県立大学・落合准教授に寄稿いただいた。

事業承継について、官界や財界から大きな関心が注がれている。理由は、世代から世代への事業承継が円滑に進まないと、日本の経済活力の低下につながるからに他ならない。特に、大都市圏への人口の集中が進む中、地方の中小企業の後継者の不在は、地方から日本経済が衰退していくことにつながりかねない。小論では、このような現代的な課題に対して、地域社会が果たす事業承継への役割について考えてみることにしよう。

地域社会と企業との関係

最近の調査によると、日本には創業100年以上の長寿企業が約2万5000社以上存在することが明らかにされている。日本の長寿企業にはいくつかの特徴がある。一つは、ファミリー企業が多いことだ。親から子へと代々世襲される会社も少なくない。もう一つが、地域密着企業が多いことだ。長寿企業の業種は多岐に及ぶが、中でも多いのが酒造業、旅館業(温泉旅館など)、和菓子業などである。これらの業種に共通する特徴が、地域に密着していることだ。酒造業や和菓子業であれば、地元産の原材料にこだわるところが多い。温泉旅館の運営には、源泉が命になる。しかし、これらは、企業が長期的に存続する理由の一面しか説明していない。

事業承継は当事者間の課題であると同時に、社会の課題でもある(写真はイメージ)

企業と地域社会は、様々な点で相互の依存関係がある。経営の視点から考えると、地域社会は、顧客、供給業者、出資者、金融機関、行政など多様な利害関係者から構成されている。企業と地域社会は、ヒト、モノ、カネ、情報といった資源を取引し合っている。地域社会は働き手を企業に提供するし、反対に企業は地域に技術を残し成果を納税という形で還元している。

企業と地域社会の関係は、世代から世代へと承継され長期に及ぶことも多い。地域ファミリー企業の後継者は、幼少期から地域の自然風土や人々に触れて育つ。地域社会は、後継者たちの情操教育の役割を担う。彼らは、成年期にかけて地域社会との関わりの中でアイデンティティを育む。こうして形成されたアイデンティティは、将来、事業承継者としてイノベーション行動の発露となることも多いようだ。

 

 

地域密着がイノベーションを育む

企業が生き残っていくためには、政治や経済、社会や技術などの環境変化に適応した進取的かつリスクを厭わない挑戦が必要である。しかし、地域ファミリー企業は、中小企業が多く、単体で新製品開発や新市場開拓を行うことは並大抵のことではない。その解決策として有望なのが、地域の複数の企業でビジネスシステム(顧客価値を創り出す企業間の取引関係)を構築して対応することである。これなら地域ファミリー企業であっても、イノベーションが起こしやすくなる。

筆者の調査企業を例に取り上げると、地元の生産者を巻き込み、新商品開発を行っている老舗酒蔵(福島県喜多方市)がある。地方の老舗酒蔵は、大手酒造メーカーと同じ競争戦略を取りづらい。大手酒造メーカーは、仮に老舗酒蔵と同じものを製造しても、規模の経済を背景に圧倒的に原価率を低く抑えることができるからだ。老舗酒蔵は、価格勝負ではなく、地元産を明確に打ち出して差別化戦略を図らねばならない。そこで、同社は地元農家の協力を得て酒米生産を行う農業法人を設立した。従来型の個別農家との契約取引では、酒米ではなく食料米の生産を優先されるケースがあった。また、個別農家が生産性を追求するあまり高品質な米の栽培が担保されない可能性もある。同社は、地域の供給業者の協力を得て地元産の良質な酒米を安定的に調達するビジネスシステムを構築した。そして、吟醸酒や純米酒など多くの新商品を生み出すことに成功したのだ。現在、同社は新酒鑑評会で金賞を受賞するとともに、日本だけではなく海外の新たな市場を開拓するに至っている。

福島県の老舗酒蔵の事例からは、地域と密着することで新商品開発や新市場開拓といったイノベーションにつなげていることがわかる。これは、地域社会の役割における「攻め」の側面といえるだろう。

地域社会が果たす
コーポレート・ガバナンスの役割

企業の持続的成長には、イノベーションだけではなく、企業行動を規律づけするガバナンスも必要である。コーポレート・ガバナンスは、経営者の行き過ぎた経営に歯止めをかける役割がある。昨今、適正な経営が担保されないと、企業自体の存続が許されなくなってきている。

2000年代初頭のエンロン・ワールドコム事件は今なお記憶に新しい。この事件を契機にアメリカだけではなく、日本においても様々な法規制による対応が図られてきた。企業の内部統制の強化、会社法改正による委員会等設置会社制度の施行などである。しかし、その後、企業不祥事が後を絶たない事から考えても、法規制による対応だけでは企業ガバナンスの問題を根治できたとはいえないだろう。

実は地域社会は、このガバナンスという「守り」の役割を担うこともあるのだ。地域社会のガバナンスは、現行の法規制とは大きく性格を異にしている。それは、法規制のように具体的に記述されたルールではない。多くの場合が、書かれざるルール(不文律)がほとんどである。例えば、神戸スイーツ街の暖簾分けに伴う新規開業ルール(森元 2009)や陶磁器産地の不文律(山田 2013)などの先行研究によって明らかにされている。

この一例について、先述の福島県の老舗酒蔵の事例に基づいて見てみよう。同社の歴代経営者は、地元の米と水による本格的な酒造りに従事してきた。同時に、地元地域のために様々な社会的な貢献を行ってきた。例えば、明治、大正、昭和の初期の頃、喜多方地方では、まだまだ社会基盤の整備が十分ではなかったが、歴代経営者は道路を整備し、橋梁をかけるような取り組みを行ってきたのだ。通常、これらの仕事は、行政組織が行うべきものである。しかし、当時、喜多方のような地域では、行政の手が及ばない分野を地元の名士が担ってきたのである。

先代世代の取り組みは、現当主の経営行動にも影響を与えることになる。現当主は、東日本大震災に伴う福島第一原発事故の後、自然エネルギー会社を設立する。幸いなことに、喜多方地域への事故の影響はなかった。しかし、仮に喜多方に影響があった場合、同社の商品の差別化の源泉である地元産の米と水が脅かされることになる。現当主は、地元発でクリーンエネルギーの啓蒙と普及に向けた取り組みを行った。出資金は、地元の行政機関や金融機関、市民ファンドを中心に調達された。出資金が円滑に調達できたのも、地元名士としての先代経営者たちの信用という恩恵があったからだ。現当主は、「地元の人々から、『お前のじい様はな』『お前の父様はな』と言われてしまったらおしまいだ」と述べている。

現当主の語りからは、自然エネルギー会社設立の背景に、先代世代の影響を強く受けていることがわかる。自分と血の繋がった先代世代の地域社会での信用は、時に現当主が地域で活動する上で恩恵を受けられる。反面、現当主は先代世代の信用を傷つけてしまうような功利的行動を取りづらい。地域社会の利害関係者による厳しい監視の目が、現当主の行動を牽制し規律づけしているのだ。確かに法規制によるルールも有効だが、規制の網の目を縫えば功利的な利益を得ることも可能かもしれない。しかし、地域社会のガバナンスは、地元の経営者が行き過ぎた利益追求行動をとることが結果として自分の首を絞めてしまうような設計になっているのだ。

地方創生につながる事業承継の
「攻め」と「守り」

地域社会は、企業のイノベーションの母体となり、また経営者の行動を規律づけする役割を担っている。事業承継における「攻め」と「守り」を育んでいるといえよう。筆者は、これを地域社会の事業承継モデル(図参照)と呼んでいる。健全に企業が事業承継されることで、地域社会に安定的に雇用が生み出されるし、モノやカネの取引の頻度や額も多くなるであろう。地元で生み出された技術や製品サービスが世界に発信されることに伴い、地域ブランドの価値は上がる可能性もある。企業は新商品開発や新市場開拓を行うにあたって、地域ブランドの恩恵を受けることができよう。事業承継を通じた企業の「攻め」と「守り」が、良い循環を生み出すことができれば、地方創生の一翼を担える可能性がある。

図 地域社会の事業承継モデル(Succession Model in Community)

出典:落合(2019)の図32(151頁)を参考に、筆者が作成。

 

現在、東京への一極集中によって、将来的な地域社会の衰退がよく話題に上っている。地方創生が叫ばれる今こそ、改めて地域ファミリー企業の事業承継の叡智に学ぶ価値があるのではなかろうか。

参考文献
『洋菓子の経営学――「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略』森元伸枝(2009)プレジデント社.
『事業承継のジレンマ――後継者の制約と自律のマネジメント』落合康裕(2016)白桃書房.
『事業承継の経営学――企業はいかに後継者を育成するか』落合康裕(2019)白桃書房.
『伝統産地の経営学――陶磁器産地の協働の仕組みと企業家活動』山田幸三(2013)有斐閣.

 

落合 康裕(おちあい・やすひろ) 
静岡県立大学 経営情報学部 准教授

 

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