2020年7月号

人間会議

アートの社会的価値を適正化し社会に根差す

和佐野 有紀(アートコミュニケーター・医師)

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東京・原宿を拠点とする「PROJECT501」は、既存のアートワールドのプレイヤーとは一線を画した活動をしている。展示されるのは、アートコレクターが選び、実際に生活を共にする様々な作品たちだ。ギャラリーを訪れる人たちは、作品そのものだけでなくコレクターの視点や生き方、アートのある暮らしを追体験できる。日頃、目にするアート作品は「クリエイティビティの結実」であり、想像、思考と創造を繰り返すプロセスにこそ、アート本来の力がある。アートには、人間本来の創造性や状況に対応するしなやかさが発揮されビジネスの難局や社会の苦難を乗り越える力も潜んでいる。ビジネスや社会にも生かされるアートの可能性について聞いた。

コレクターを通して伝える
アートの魅力と価値

医師であり、アートと社会をつなぐアートコミュニケーターでもある和佐野有紀氏。2018年7月、原宿にコンテンポラリーアートの魅力発信の拠点となるギャラリー『PROJECT501』をオープンした。

「『PROJECT501』ではコレクターさんから作品を借りるだけでなく、彼らの生活する部屋の雰囲気を再現して展示しています。なぜコレクションを始めたのか、コレクションがどのような意味をもつのか、どんな生き方をしてきたかなどをインタビューし、そのムービーも流します。個人のコレクションとそれを楽しむ空間、ストーリーを追体験していただく場所です」と、独自のコンセプトで運営している。

プロジェクトを始めたきっかけは、友人のアーティストたちだった。広い視野と豊かな知見、深い思考力を持ち、他者理解や自己表現の能力も高い。しかし、社会的・経済的評価が伴ってこない状況に、「社会はもっと彼らの思考法や多面的な価値に目を向けるべきだ」と考えた。アーティストの価値を見える化するためには何をすべきか。慶應義塾大学大学院でアートマネジメント学び、息の長い草の根的な活動を行うことを決めた。

「日本に限らずですが、アート業界にはまだまだ閉鎖的なところもあり、そこをちょっとかき回しちゃうような新しいプレイヤーが必要だと思いました」と考え、居住するマンションの1室をギャラリーに改装した。アートコレクターに着目し、コレクションを展示するとともに、コレクターの目で「トランスレート(翻訳)」したアートの価値や、個人の視点を通したおもしろさを語ってもらう、独自の展示空間を生み出した。

 

季刊 人間会議

視覚優位・不可解への忌避
日本のアート観

「日本でアートと言うと、しばしば『きれい、オシャレ』といった視覚的な要素が優先しがちです。他方、ヨーロッパなどの外国では、作品を創造プロセスの結実したものとして捉え、その後ろには常にアーティストの存在があります。彼らは、自己というフィルターを通して世界と向き合い、観察し、そこに見出した違和感を深く掘り下げ、かつ余白を残した形で提示しています。その余白が、作品を鑑賞する人に様々な解釈の可能性を許容するのです。鑑賞する人が彼らの思考をたどり、彼らの視点で世界を捉えることで、世界への意識が変わり、また鑑賞する人の存在によってアーティスト自身にも影響がもたらされ変わっていく。この双方向のやりとりがアートとして考えられているのです」と、和佐野氏は言う。

また、日本人はアートを見る際「理解しよう」と頑張る人が多く、鑑賞にプレッシャーを感じがちだ。さらに、同質性を好むことから、簡単に理解しがたいものに対しては関心を失い、距離を置く傾向があるという。

「基本的に、アーティストはotherness(余所者)を発露する存在です。しかし、自己と他者はそもそも異なるものであって、絶対に同化はしません。互いの間を少しづつ埋めながら理解しあい、影響を与え合い、認め合う、それが望ましいコミュニケーションだと思います」

アーティストは、単に「美しいものをつくる人」ではなく、独自の考え方や生き方をベースにアウトプットしていく。美は結果として立ち上ってくるにすぎない。そのアウトプットとしての作品を好むコレクターの言葉を聞き、視点を追体験しながらアートを見ることで、「多様な理解があっていい」という考え方が共有され、othernessを恐れなくなると考えている。「多様性と寛容性。同化もしないけど排除もしないことが社会の豊かさにつながるのだという思いのもと、PROJECT501を主宰しています」

買い方・楽しみ方は自由
購入の垣根を低くする

アーティストの価値を高めることの一つは、正しい評価のもとで適正な価格で販売されることである。和佐野氏は大学院在学中、アートマーケットに関するリサーチを行った。「高額・高頻度で購入している購買層の圧倒的多数は、イノベーター特性の強い人たちでした。彼らは、世界を自分の目で見つめ、行動し、他者を巻き込む力を持つ結果として一定の社会的地位にあり、自分の裁量で時間やお金を使える人たちです。アートへの興味・関心は、生き方と重なっています」と分析する。

とは言え、作品を買い始めたけれど脱落しそうな人たち、興味はあるが購買に踏み出せない人たちがいる。和佐野氏は、作品のコレクションという「クリエイティビティ」を発露する場を見せることが、潜在的な顧客層への購買意欲につながると考えている。その中から、アート作品の特性に合う人たちをサイコグラフィック特性から抽出し、柱として育てていくことを模索している。

アートコレクターに、なぜその作品を買うのか、なぜ必要なのかを尋ねても、答えは必ずしも論理的ではない。しかし、「そこには強い必然性がある」と和佐野氏は言う。コレクターが購入したアート作品を俯瞰すると、一見個々別々のものでありながら「ここに集ったのは必然である」と思える、その人生と重なり合うストーリーがあり、コレクション自体が一種の創造物として立ち現れてくる。

現代アートを構成するコンテクスト

出典:『アート・イン・ビジネス』(2019年、有斐閣)

 

アート思考を内在化し
ビジネスに生かす

アート作品の購買層にイノベーターが多いことについて、和佐野氏はこう語る。

「破壊的イノベーターの5つのスキルとして、質問力・観察力・ネットワーク力・実験力・関連付ける力が挙げられます。それは、世界を観察して適切な問いを導き出し、まわりを巻き込みながらモノを創り、そこからさらに広げていく力のことで、まさにアートの態度と重なります。アーティストのその部分を評価できる人は、同じような属性、価値観、世界の捉え方をする同士なのではないかと思います」

アートをビジネスに取り入れて事業を展開する株式会社スマイルズの遠山正道社長も、「世の中で、真実は10%しか見えていない。見えていない90%に向けての気づきを形にする行為こそがアート。私にとってのビジネスとは、そのおぼろげな90%を形にすることだ」と述べている。

アートとビジネスの融合が注目される今、和佐野氏は「アートを事業に生かすということは、単に表層的な見た目を美しく整えたり、メソドロジーとしてアートを捉えるということではなく、個人個人がアーティストのような世界の捉え方、処し方を身に着け、まるでアーティストが作品をつくるようにビジネスをつくっていくことです。時にアーティストがどこかの段階で実際に事業に介入することが求められる場面もあってもおかしくありません」と話す。

「LOVE ART」展示光景。コレクションを前に、アートコレクターとアーティストによるトークイベント開催

アーティストと協働し、
事業にアートを生かす

企業がothernessを受け入れ、共に働くためには、縦割り組織ではなく横断型のプロジェクトが必要となる。そこに多様性が担保され、イノベーションが生まれやすい環境となる。多様な人びとが集まりやすくなることで、若い世代を中心に、自分らしい働き方を求めるイントレプレナー的な人材が長くとどまり、イノベーション創出の場が継続される。その結果、クリエイティブな企業文化が醸成され、ステークホルダーにとっての価値も高まっていく。

1995年頃、ゼロックスのパロ・アルト研究所では、イノベーションが起きやすい土壌を作ることを目的に、リサーチセンターを設立した。そこでは研究者とアーティストがペアを組み、製品のプロトタイプやアート作品を制作した。意見をぶつけ合いながら取り組むことで、発想の観点が増え、数々のイノベーションが創出された。

また、英国のユニリーバ社では、業績の悪化した2005年頃に、社内事業にアーティストを入れるカタリスト(Catalyst)プログラムがスタートした。

マーケティング部でアーティストと社員が「働く意味とは何なのか」「どう働きたいか」をやり取りするうちに、雑然としたオフィスが整理され、作業効率が上がる環境へと変化した。

また、劇団俳優たちの表現力を活用し、社内のネガティブな側面を寸劇にし、全ての階層の社員がフラットに意見交換を行った。結果、各人のフラストレーションを吸収し、組織強化につながった。事業部ごとにアーティストのマッチングを行い、段階的に入れることで組織がエンパワメントされ、企業文化が醸成され、実際に企業価値を高めることに貢献した。

日本でも、事業開発のプロセスにアーティストが関与する事例がみられるようになってきている。未来の世界を想像し、自社の目指すべき未来像を描き出し、そこから逆算して現状を変革していくバックキャスティングの手法は、アーティストが世界の理想像と現実との間を埋めるべく作品をつくるのに等しい。現時点のマーケティングデータを積み上げる手法に比べ、より高い目標に到達できる可能性が高いという。

「STAY HOME WITH ART」オンライン展示。遠方の地域に存在するアートコレクターと通信をつないだ対話の模様

アートから見えてくる世界
今、感じる力を磨く時

2020年に入り、新型コロナウイルス感染症(COVID│19)が猛威を振るい、世界中が暗澹としている。この未知のウイルス自体をコントロールすることは未だ誰にもできないが、個々人が受容を変えていくことはできる。和佐野氏は、「受容の仕方をコントロールすれば、COVID│19が及ぼす悪影響を抑えていくことはできます」と話す。

また、「人は生存に必要な欲求が満たされると更に高次の欲求が生まれ、自己実現、そして自己超越を目指します。自分だけでなく、社会・世界が幸せになる、今だけでなく未来の幸せを願うことで、世界を革新するクリエイティビティや、世界を受容する『しなやかさ(レジリエンス)』が発揮されます。アート作品の発信や共有を通じて、世界への感性をポジティブな方向に向けていくことで、幸福感・豊かさが増していくと思います」。苦難の時、アートの力が人びとを支える。

 

和佐野 有紀(わさの・ゆき) 
アートコミュニケーター・医師

 

『人間会議2020年夏号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 アート思考とクリエイティビティ
特集2 不確実な時代を生き抜く経営哲学

(発売日:6月5日)

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