「林業女子会」から動かす森と人の未来
先達が植えた山の木を伐り、運び出し、そしてまた次の世代のために木を植える。脈々とつながれてきた山の営み。この山を守らなくては、自分たちの未来はない。そう考えた一人の「女子」が動き、共感者が現れ、活動が連鎖した。山、森、木を愛する人たちが緩くつながり、意識を高め合う「林業女子会」は、今や全国に広がり、女子ならではの発想、行動、発信力に期待が高まっている。その始まりを築いた、井上有加さんに想いを聞いた。
環境問題への関心から林学へ
京都に生まれ、父の転勤で富山、滋賀に住んだこともある井上有加さん。豊かな自然の中で育ったが、地球はすでに温暖化が始まっていた。井上さんが5歳になった1992年、世界は「地球環境は危機的状況にある」と認識し、気候変動に関する国際連合枠組条約が採択された。
小学生の頃から環境教育を受け、関心を持った井上さんは、大学では森林について学びたいと考え、京都大学農学部森林科学科に進学。講義で山や森林について学ぶ中、自分の目で見て、手で触れることが大切だと考え、1年生の秋に山仕事サークルに入った。京都市の北部にある雲ケ畑という地域で、地元の山林所有者の指導を受けながら、植林・下刈り・枝打ち・間伐・炭焼きなどを行った。やりがいを感じる一方で、手入れができていない暗い山々、植林する端からシカに食べられる現実、木の価格が安いという林業者の嘆きに触れ、「自分に何ができるだろう」と自問する日々が続いたという。
大学院に進学し、「山の現状を変える一歩は、林業の魅力を発信することだ」と考えた井上さんは、2010年に山仕事サークルの女子大生メンバーとともに「林業女子会@京都」を立ち上げた。女子会特有の興味や話題の展延性、人への伝播力、人を巻き込むパワーに目をつけたのだ。京都のまちのあちこちで、女子なら誰でも参加できる「林業カフェ」を開催し、山や木の魅力について語り合った。そこで得られた情報をもとにイベントを開催したり、体験会に出かけるなどアクションにつなげ、その模様をまとめた記事や、山や森や木を楽しむ情報を載せたフリーペーパー「fg」(forestry girls)を発行した。林業関係会社や工務店などに協力を依頼して資金を集め、5000部を発行して美容室やカフェ、雑貨店など同世代の女性の目に触れる場所で配布した。「林業女子会@京都」のサイトに残るVol・5を見ると、炭の使い方や手軽に使える七輪の紹介、林業カフェの模様や、木を楽しむまち歩きの情報など多彩。このフリーペーパーがメディアや林業界の目に留まって紹介され、「私たちもこんなことがしたい!」という女子が現れて、次々に「林業女子会@●●」が誕生した。現在24都府県にあり、「森林・林業ウーマン@海外部」を含め25団体が活動している。
山と人をつなぐ
大学院修了後、林業・製材・木材流通・工務店など、木に関連する事業を行う中小企業の支援と、まちづくりの行政支援を行うコンサルティング会社に就職した。日本全国の現場を飛び回ったが、大学で学んだ「衰退する林業」の悲壮感はなく、希望が持てたと話す。「親父に負けてられないと奮起する若い経営者がいたり、事業の拡大に成功する姿を目の当たりにしたり、林業はまだまだ元気になれると思いました」。
入社1年目に、京都のまちづくりの案件を担当した。そこは井上さんが山仕事サークルで通った雲ケ畑を含む、北山杉の産地だった。杉の皮を剥き、菩提の滝の砂で磨き上げる北山丸太の生産には、約600年の歴史がある。女性たちは古くから、杉の苗木作り、皮剥き、磨き、丸太の運搬等に精を出し、林家の営みを支えていた。
木の中でも特に北山杉を愛していた井上さんは、3年をかけて地域の将来のビジョンを作り、人が集まるしかけを作った。この時、ある地元の人から、北山杉産地伝統の仕事着を譲り受けた。北山杉の守りを託され、とても感慨深かったという。
後に、自分と同じように林業を愛する井上将太さんと出会い、この北山杉の倉庫で結婚式を挙げ、その仕事着を着て丸太を運ぶパフォーマンスを披露した。身近な人に、北山杉の文化や生業を伝えたいという林業女子の思いを形にしたのだ。
「林業女子会@高知」を発足
将太さんと結婚して4年が経った頃、井上さんから「高知に帰ろう」と切り出した。何度か将太さんの故郷を訪れるうちに、豊かな自然と食のおいしさに惹かれたという。将太さんは、実家の株式会社井上建築を継ぎ、「木のこころを、人のくらしに。」をコンセプトに、夫婦で木と人に寄り添った家づくりを行っている。井上さんは、そこで事務、経理、インテリアデザインなどを担当している。
高知県は森林率84%と日本一で、林業を地域発展の基盤としてきた歴史があり、木や山に関わりのある人は少なくない。井上さんは、2018年の山の日に「林業女子会@高知」を立ち上げた。メンバーは林業関係者をはじめ、公務員、主婦、学生など多岐にわたる。中には、「先祖が木を植えた山があるが、隣との境もよくわからない」と、放置林の維持・管理の相談に訪れる人もいる。仕事・悩み・遊び・癒しなど、山とかかわるための間口は広い。
「@高知」は、月に1度県内に点在する役員5人が集まって、定例会を行う。お互いの近況を報告し合い、植林体験会や間伐ボランティアなどの情報を共有し、「次、何する?」と山仕事や山遊びの話に花を咲かせる。「こんなことをやってみたい」と口に出すことで歯車が回りだし、いろいろなことができてしまうのが女子会の強みだ。
昨年は、高知県立林業大学校とコラボレーションした「林業女子のキャリア論」では、4人の林業女子が登壇し、女性が活躍する林業の在り方や、今後の展望について語った。高校生や大学生の参加も多く、「林業で女性が活躍するのは難しいと思っていたけど、女性にしかできない仕事もあると知った」「女性目線が強みになるというお話が多くて驚いた」という感想が寄せられた。また、男性からも「今まで全く持っていなかった考えや視点を知れた」「女性の不安や本音が聞けて良かった」という声があり、林業女子への理解を深める機会となった。
同じく昨年、林業の労働環境について考える「現場部」も発足した。女性が働きやすい環境を整えることで男性も働きやすい環境となり、林業女子の労働問題を語ることは林業界の在り方について考えることでもある。これまで男性の林業従事者が口にしてこなかった課題や問題点に、率直に「なぜ?」と投げかけ、行動する林業女子は、林業の未来を動かす力を持っている。井上さんは、「実際に林業界で働く女性は徐々に目立ってきており、作業によっては女性の方が適性が高いという認識も高まっています。女性を採用するという意識がなかった人たちにも変化が出てきています」と話す。
多様性と柔軟性に富む
ネットワーク
南北に長い日本では、地域によって気候が異なり、森林環境や林業の在り方も異なる。林業女子会のメンバーや活動にもそれぞれ特徴があるが、共通するのは、木や森が好きな女子たちの熱意から誕生したということ。現在活動している25の林業女子会は、本部・支部のような関係ではなく、それぞれ単体で活動しており、メーリングリストやSNSでつながっている。新たに立ち上げたい場合は、既存の林業女子会に申請し、承認されれば発足可能。転勤などで住む場所が変わった場合は、移籍することができる。
例えば、「@静岡」は、チェーンソーを使って木の伐採をしている女性の活躍を世に知らしめたいという、公務員の女性が立ち上げの旗を振った。「@岐阜」は岐阜県立森林文化アカデミーの学生が中心となり、それぞれの学びを伝えたいと、林業体験や木工体験のイベントを開催したのが始まりだ。「@東京」は、霞が関で林野行政に携わる人や、金融やベンチャーキャピタルに勤め1次産業の支援に取り組む人など、首都圏ならではのメンバーがいる一方、林業とは無縁の主婦もいて実に幅広い。週末に森へ出かけ、下刈りや間伐を行い心身共にリフレッシュする活動が続いている。
2017年には、海を越えて「森林・林業ウーマン@海外部」が立ち上がった。申請が来た時は驚いたが、海外の林業の現場では、白人男性が多く、アジア人女性はマイノリティーであることを知った。「@海外部」のメンバーは国際機関やNGO、研究者、留学生、コンサル等で、世界各地に点在している。一緒に活動する機会はないが、精神面でのつながりが大きく、心を支え合う側面が大きいという。
井上さんは、「林業女子会のよいところは、林業や森林に関心がある女子であれば誰でも参加できるところ。林業の現場だけでなく、住まい、インテリア、食器、生活の中にも木はあり、その恩恵を受けています。普段使っている木の由来を考えたり、山や環境とつなげて考える視点を持つことが大事。それを楽しみながらできるのが、林業女子なんです」と、話す。
発足から10年
山への想いを次世代へ
今年、「林業女子会@京都」の発足から10年を迎え、この機に全国大会の開催を計画している。中には、メンバーの妊娠・出産により活動が停滞しているコミュニティもあるが、「子どもの成長とともに、また新しい視点で動き出すと思います」と井上さん。「これからは木育にも興味が湧いてくるし、親子イベントも広がっていくでしょう」と、林業女子会の次のフェーズを楽しみにしている。
100年後、地球はどうなっているんだろうという不安と、先人たちの山の営みに対する畏敬の念から始まった林業女子会。「100年先まで考える、余裕ある女子」たちの姿がそこにある。
- 井上 有加(いのうえ・ゆか)
- 井上建築 取締役、林業女子会 発起人
『環境会議2020年春号』
『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 農と食の未来構想
特集2 森と人をつなぐ共生の哲学
(発売日:3月5日)