2020年10月号

環境会議

生物多様性を可視化 「収支の釣り合う地球」を目指す

藤木 庄五郎(バイオーム 代表取締役)

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100年後には半数の生物が絶滅に至るといわれる現在、危機を前に対応が叫ばれるが、大きな課題は生物多様性に関する数値的なデータやその動態が見えづらいことにある。2017年に創業したバイオームは、世界中に普及したスマートフォンや人々の力を活用し、生物多様性データのプラットフォームになることを目指している。研究現場からビジネスの現場へ身を移して取り組みを進める、代表取締役の藤木庄五郎氏に聞いた。

広大なジャングルが更地になる衝撃

藤木氏の生物多様性への関心の原点は子ども時代にある。小さな頃から自然が好きで、釣りや虫取りに熱中した。しかし小学生にもなると釣りの最中にある変化を感じるようになったという。

藤木 庄五郎(バイオーム 代表取締役)

「最近このあたりの池は、ブルーギルしか釣れへんな、と。外来種ばかりになり、生態系が変わっていることを肌で感じました。同時に大きな不安も感じて、どうにか防ぎたいと考えるようになっていきました」

その後、一冊の本との出合いもあった。鳥取大学・遠山柾雄氏の砂漠緑化の取り組みに関する本だ。生涯をかけて砂漠緑化に挑む姿に感銘を受け、自分の中にあった生態系への危機感を遠山氏の生き方に重ね、環境保全の道に進もうと決心したという。

こうして、京都大学で「生物多様性の定量化」をテーマに研究を行う研究者になった藤木氏。生物多様性の定量化を研究テーマに、2年半にわたりボルネオ島のジャングルでキャンプ生活をしながら調査に取り組んだ。その中で目にした光景から受けた衝撃が、自身のその後を決定づけたと振り返る。

藤木氏は京都大学在学中、インドネシアのボルネオやスマトラのジャングルで調査活動に勤しんだ。写真は東カリマンタン州での調査のひとこま

「熱帯雨林には樹高約70メートル、ビルの20階くらいの高さに相当する大木が林立しています。しかし、それらの木々がビジネスのために伐採され、四国ほどもある広さのジャングルが更地になっている様子を目の当たりにしました。もともと木が生い茂っていたところが更地になり、それが見渡す限り地平線まで続いている。現地の人々は木を切って売るというシンプルな方法で経済をまわしているだけなのですが、生態系を壊すことが経済成長、儲けにつながっている仕組みを変えなければならないと考えさせられました」

熟慮の末、藤木氏は「研究として取り組むより、自分自身がアクションを起こし、環境保全をしてビジネスになる会社を体現しよう」と起業を決意する。2017年3月に博士号を取得すると、5月、株式会社バイオームを立ち上げた。

生物多様性を
「ビジネス」にする難しさ

生物多様性保全に関する最大の問題は、状況を数値化できないことだ。数値化できないため、現在の状況はもちろん、どういった取り組みでどの程度改善できるかなどが誰にもわからない。同じ環境分野でも、CO2量は数値化・可視化できる。そのため、現状の排出量を参照して削減目標を立てたり、取り組みの予定を立てたりすることができ、これがビジネスにもつながっている。藤木氏はここにヒントを得て、生物多様性を数値化・定量化するためには、「データをできる限り収集し、企業が使ったり個人が見たりと活用できるようにする必要がある」と考えた。

「環境に関するデータをビジネスに取り込むためのプラットフォームは少なく、特に生態系に関するものは現状存在しません。環境保全をビジネスとして行うための場づくりは絶対に必要ですし、誰かがやらないといけません。ただ、そこに数値化・定量化されたデータがなければ、インパクトのあるビジネスにつながるプラットフォームにはなりません」と藤木氏は話す。

同社では現在、データ整備・プラットフォーム事業を構築するために、一般向けのアプリケーション開発やイベント開催、教育事業、収集したデータの解析なども行う。特筆すべきはバイオーム開発のアプリを使うハイキングやワークショップなどのイベントが観光やまちおこしに一役買っていることだ。

「地方には、観光資源がないからと人を呼べていない地域があります。でも、そういった地方にこそ豊かな生態系があるのです。その豊かな生態系を観光資源にして事業化・収益化を図る支援につなげています」

『生物多様性の保全が人々の利益につながる社会づくり』を目指し、着々と歩を進めている同社だが、「起業から1年半くらいは無給に近かった」と藤木氏は明かす。

「環境とビジネスの相性は悪いと言われますが、それを実感しましたし、経済の仕組みそのものというとてつもなく大きなものに向き合う難しさに悩みました。しかし、そもそも、環境とビジネスの相性が悪いこと、環境保全はボランティア色が強いためにスケールできないという点に自分の問題意識があったので、どうすれば2つの分野がつながるかを考え続けました」

デジタル技術が生物多様性の
モニタリングを可能にする

事業の追い風となっているのは、デジタル技術の浸透だ。電線が通っていないジャングルに暮らす先住民たちも発電機で充電しながらスマートフォンを駆使する今、「スマホのカメラ機能は生物の観測拠点になる」と藤木氏は思い付いた。

「環境保全の方法や計画を考えるには、ある一時観測するだけでなく、状況を把握し続けることが重要です。これを可能にする通信・スマートフォンというインフラが整ってきていることは、私たちの事業にとって大きな追い風です。世界中から得られる生物・環境情報をビッグデータ化できれば、世界中の生物が今どのような状況にあるか、常に把握できるようになるでしょう」

これは数年前であれば構想すらできなかったことだろう。「機は熟していると感じています」と藤木氏は強く頷く。

今年5月、社名を冠した「いきものコレクションアプリ『Biome(バイオーム)』」がリリースから1周年を迎えた。このアプリは、ユーザーが生き物を発見し、それをスマホのカメラで撮影するだけでAIが名前を判定してくれるというものだ。ユーザーは図鑑のように使ったり、コレクションをして楽しんだりできる。藤木氏は、アプリを通じてユーザーが今まで何気なく見過ごしてきた身近な生き物に目を向け、生き物それ自体が『価値』となる面白さを味わうことをねらっている。そして、ユーザーの送信情報からは撮影日時や撮影場所などの生物多様性に関するデータも収集され、保全活動にも活用される。

バイオームが提供するスマートフォンアプリ『Biome(バイオーム)』は身の回りの生物をスマートフォンカメラで撮影、コレクションしていくゲーム。遊びながら身近な生物を知ることができる

環境保全というと、「守らなければいけない」「やるべきこと」と倫理観に訴えるように語られることが多い。しかし藤木氏は「人の本質に基づかないサービスでは人を動かすことはできず、継続性が低いのです。結果、その取り組みは一過性になってしまう」と指摘する。そして、「人の本質は『欲』。継続的に、またビジネスとして多くの人に使ってもらうには、何らかの『欲』に基づいたサービスであるべきだと考えます」と続ける。

「欲、つまり『楽しい』を大切にすれば、人が動き、継続性は上がり、かかわる人も増えてスケールが大きくなっていくと考えています。『楽しいからやりましょう!』と言えるサービスを考えた結果、Biome(バイオーム)ができました」

日本自然保護協会と共催する「全国砂浜ムーブメント」は昨年から開始。砂浜の生き物探しをしながら生物のデータを収集する。近年の海洋プラスチックごみの問題などもあり、注目が高まっているという

現在、藤木氏が構想しているのは『生物多様性版の天気予報』のようなサービスだという。気温や降水量のような無機的なデータはさまざまに蓄積されてシミュレーションされ、天気予報として社会のインフラになっているが、生き物に代表される有機的なデータはまだまったくと言っていいほど整備されていない。こうしたデータを収集し、結びつけることで、『生物予報』ができると藤木氏は考える。

「例えば、『この害虫は現在、このような状況です。来週からはこのように増えていくでしょう』『今月、カツオが減っています。来月にはイワシが増えるでしょう』といったように、生物の増減を把握し、生態系を予報していくイメージです。生物や環境を予測・把握できるインフラができれば、生態系を維持しながら経済活動を行えるようになるはずです。農業や漁業はもちろん、さまざまな領域で活用できると考えています」

「収支の釣り合う地球」を目指して

現在の状況では、今後100年で半数の生物が絶滅するとされている。

「50%がいなくなってしまうというのは、大変なインパクトです。これまで地球が『無料』で提供してくれていた、大気の浄化などの自然の回復力も失われる恐れがあります。ではこの先、これに代わる空気清浄機を人間が作れるのかといえば、それはできません。徐々に地球はヒトにとっても生きづらく、さらには生きられない場所になってしまいます」

そして、「生態系・環境を維持するだけでは不十分」と話す。

「私たちが目指すサステナブルは、環境の破壊と回復の収支が合うことです。環境の破壊と回復の速度が釣り合う社会でなければ、地球は持続されません」

起業から3年経った今でも根本にあるのは、ジャングルで芽生えた「環境破壊や生物多様性・生態系の破壊が利益になってしまう経済の仕組みを変えたい」という思いだ。

「すべての人が意識高く環境保全に取り組むのは不可能だと思っています。それを望むより、多くの人が環境のことなんて特に考えていなくても、きちんと保全ができるような仕組みづくりが重要です。例えば環境負荷がない、または非常に少ない商品しかなければ世の中は変わります。破壊と回復の収支が釣り合う地球、生物多様性の保全が人々の利益につながる社会を目指しています」

 

藤木 庄五郎(ふじき・しょうごろう)
バイオーム 代表取締役

 

『環境会議2020年秋号』

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