2020年7月号

人間会議

いま求められる、生態系の哲学と思想

紺野 登(多摩大学 大学院 教授、エコシスラボ 代表)

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不確実性が常態となる現代の社会・経済環境で、企業はじめ組織や機関が持続的価値を提供しようとするとき遭遇するのが「エコシステム(生態系)」の存在である。

昨年(2019年)11月、オーストリアのウィーンで第11回「グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム」が開催され多くの経営者・経営学者と、1000人近くの参加者が世界から参じた。筆者もスピーカーの一人で、テーマは「エコシステムの力」だった*1。なかでも関心を集めたのは世界最大の中国白物家電メーカー、ハイアールのCEO張 瑞敏(チャン・ルエミン)氏で、「組織にとっての最大のリスクは、製品(モノ)に集中すること。モノよりも顧客経験(カスタマー・ジャーニー)を提供し、その価値を高めるためのエコシステムを構想しなければ、世界から取り残される」と語った。

製造業は製品開発や生産、マーケティングといった「モノ」の価値(機能的価値や意味的価値)を主に事業を考えてきた。しかし、ユーザーにとってはその価値は一部でしかない。冷蔵庫は食品を新鮮に保存するために購入されるが、ユーザーは食料の購入、保存、レシピ、調理の準備、どんな食卓にするかが関心で、冷蔵庫・家以外の場所も含めた「生活世界」に生きている。こう考えたとき、製造業は価値提供を実現するエコシステム、それに基づくビジネスモデルを構想せざるを得ない。

米国のフューチャリスト、エイミー・ウェッブ氏は「もしあなたが自社の未来について考えなければ、あるとき誰かの作ったエコシステムに取り込まれているでしょう」と語る。

 

季刊 人間会議

産業革命以来の転換期

ドイツの新産業構想「インダストリー4・0」はスマートファクトリーと呼ばれるような生産現場のデジタル化とされるが、背後には工場の外の世界の急速な構造的変化がある。工業社会が生み出してきた地球環境への多大な負荷、グローバル化による政治経済の複雑化、デジタル革命。そして企業が自社製品やサービスの「消費者」としてしか顧客を扱ってこなかった世界観に限界をつきつけている。

たとえば、GAFAのようなインターネット企業はプラットフォーマーというよりはエコシステムとして観るべきだ。アマゾンは数多くのAPI(アプリ同士が相互にデータ交換し、繋げるためのインタフェース)によって、小売業を情報・モノ・ユーザー・売り手を結びつけるエコシステムに変えた。世界最大の小売業、ウォルマートですら、これらに追随せざるを得なくなっている。

マイクロソフトはかつてパッケージでWindowsソフトウェアを売っていたが、いまそのソフトを箱買いする人などいない。同社は世界最大のビジネス特化型SNS・リンクトインの買収などを通じ、ソフトウェア製造業からエコシステムに変身し、業績を回復させている。

エコシステム(図1)は、アマゾンやアリババのようなインターネット企業だけでなく、北欧のレゴ(LEGO)のような製造業やIKEAのような超巨大小売業でも戦略の根底にある。まだその「実感」を抱けていない企業も、エコシステムを自ら作り出すか、他社のエコシステムに組み込まれるかを見極めねばならない*2。スイスのビジネススクールIMDのビル・フィッシャー教授は、エコシステムのことを「目に見えないもの」(隠れている現実)という。

図1 エコシステム(生態系)の構造例

出典:筆者作成

 

本来社会と経済は一体

エコシステムは、現代の複雑な経営環境を理解するためのモデルだ。その概念は、生物学的モデルやシステム理論に由来している。自然界では、生態学的なコミュニティが環境内で共存している。同じく私たちの組織は単体では存在できず、相互作用を通じて、私たちの生息環境に影響を与えている。エコシステムの関心の根底には「本来社会と経済は一体」という思想があるといっていい。経済は社会によって支えられ、社会は経済によって健全になる。

翻って日本の「失われた30年」を見ればGDPは横這い。リーマンショック後の10年でも企業は利益を必死に回復したが、売り上げは横這いだ。そしてバブル崩壊以降、日本が回復しようという度に大災害が起きている(図2)。疲弊した地域社会の再生が十分なされないまま、時が過ぎた。その過程でかつて日本を支えてきた地域の社会資本が失われた。高かった日本人の貯蓄率も大幅に低下している*3。つまり、需要側が疲弊している。

図2 日本/米国/中国のGDP 推移(名目、1980年~2019年)

注:SNA(国民経済計算マニュアル)に基づいたデータ
出典:IMF - World Economic Outlook Databases (2019年10月版).

 

一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)の調査(2014 年)によれば、日本人は今の生活には過半数が満足していても、社会に対しては3分の2が不満を抱いている。自分のことで精一杯生きている。しかし一方で衝撃的なのは、喫緊に手を打つべきことは政治の腐敗だという。海外調査機関*4によれば、日本人の政治・経済リーダーへの信頼度は世界一低いレベルにある。従来型リーダーには期待できないのが世論の感覚ではないか。

COVID─19はエコシステム転換の契機だ。経済と社会の再結合がなければ、真の回復はないだろう。モノづくりを一旦カッコに入れ、まず社会と経済を繋ぐエコシステムを構想し、社会資本を意識したイノベーションを行うことが鍵だ。

知のエコシステムの確立を

2018年のノーベル経済学賞受賞者であり、ニューヨーク大学のポール・ローマー教授が提示したのは、いうなれば「知識イノベーションがもたらす長期的成長」の理論である。「知識(財)は、使用してもなくならない」(知識の外部性)ので、企業内の個人や組織が生んだアイデアや革新的技術は社会的資本として共有され、他の企業にも伝搬し、研究開発に投じられる。その人員(人的資本)と、蓄積された知識の量、それを応用したイノベーションによって地域や国家の長期的成長が生まれる。

これは社会資本に目を向けるイノベーションを支持する理論だといえる。産業、官庁、自治体、大学、研究機関、優秀な起業家コミュニティ、市民が「知のエコシステム」として融和することで社会=経済システムとしての強みが発揮される。

そこでは、従来の競争やROE(利益)に偏った経営や事業のあり方が問われる。いま日本ではSDGsやESG投資などへの話題が増えてはいるが、「三方よし」や渋沢栄一が再認識されている割には、国際比較でみると実活動や社会投資のレベルが低いと指摘される。ROE起点で社会課題を語る限界がここにある。米国の経営者団体ビジネスラウンドテーブルは昨年夏(8月)に経営者200名近くの署名による共同宣言を行った。これまでの利益偏重の経営から、社会や従業員を重視する「目的とイノベーション」の経営に舵を切るという。

日本の経営者の意識が低いという結論をいいたいわけではない。やはり1998年のノーベル賞受賞者である経済学者のアマルティア・セン氏は、伝統と革新を両立させてきたことが、かつての日本の成功要因だったと指摘している。いまの日本の社会や経済の構造が、あるべき知のエコシステムを顕在化できないほどまで硬直化しているのが深因だといえる。

社会と経済を繋ぐ
プルーラルセクターの要請

前出の一般社団法人FCAJ*5が提唱しているのが「プルーラルセクター」 (多様なセクターを繋ぐ融合の場)である。個々の公的・私的セクター、つまり企業や自治体、大学は単体だけでは変革はできない。そこで第二次大戦後に米国でVC(ベンチャーキャピタル)が形成されたように、「社会×経済イノベーション」のための場の確立が要請される。

5月5日、同法人は特別アドバイザーの野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)、小泉英明氏(日本工学アカデミー上級副会長)とともに緊急共同提言を行った。内容は、COVID─19の危機の最中こそ「利他」と「共感」の精神による協調が不可欠だというものである(詳細は本誌143ページを参照)。

世の中には変わるもの、変わらないものがある。不変なのは社会や顧客の重視、とくに環境や社会、人間にとっての本質的価値の追求である。また、「変わるべきことを変えない」こと、つまり連続的非連続であるイノベーションが重要である。求められるのは、未来に対してただひとつの運命論的ビジョンしか抱かないシンギュラリティ(単一特異点)の原理でなく、多様な可能性を探索するプルーラリティ(多元共生)の哲学ではないだろうか。


1 紺野登 「ドラッカー視点で問う、日本企業は世界でエコシステムを作れるか」日経クロストレンド 2019年12月26日 https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/watch/00013/00766/
2 エコシステムは事業レベルから地域、国家レベル、またエコシステムのつながりによる大きなエコシステムもあり得る。基本的要素は、プラットフォームとその提供者、価値の提供者、享受者、ユーザーなどである。プラットフォームと、結果的に生まれるエコシステムは必ずしも同一のものではない。
3 家計貯蓄率(貯蓄額を可処分所得で割った比率)は1990年には16%近かったが2017年には4%ほどでドイツや韓国、アメリカよりも低い水準にまで低下した。
4 2018 Edelman Trust Barometer https://www.edelman.com/research/2018-edelman-trust-barometer
5 H・ミンツバーグ(2015) は、資本主義と社会主義の二項対立から脱するためには、企業でも政府でもない「第三の柱」、つまり「政府や投資家に所有されていないすべての団体」によるセクターが力をもつ必要があると述べる。https://ssir.org/articles/entry/time_for_the_plural_sector

 

紺野 登(こんの・のぼる) 
多摩大学 大学院 教授、エコシスラボ 代表

 

『人間会議2020年夏号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 アート思考とクリエイティビティ
特集2 不確実な時代を生き抜く経営哲学

(発売日:6月5日)

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