2015年10月号

環境会議

水へのアクセスは国際的な行動目標の象徴

沖 大幹(東京大学生産技術研究所 教授)

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自然の変動に伴って数年に一度の割合で起きる渇水時に水不足が生じてしまうような地域で水ストレスが高いとされる。世界人口の増加や都市部への人口集中は、今後さらに、世界の水ストレスを増大させるとみられている。一方、水ストレスが少ないといわれる日本にも、水供給の課題は存在する。人口減少が進む中で、長い年月をかけて造られてきた水を使いこなすための施設を、次世代に残していくことが重要となる。

都市部への人口集中で水ストレス増大も

水ストレスは、「水を使いたいだけ使うことができず、何らかの制約がかかっている状態、あるいは制約がかかる可能性がある状態」を指す。水資源は時間的な変動が大きく、同じ地域でも時期によって、多過ぎる、少な過ぎるといった状況が生じるため、問題になる。

「飲み水がない、あるいは足りない場所に人は住みませんが、普段は水が足りており、年によって足りなくなるような地域には住んでいます。数年に一度の割合で起きる渇水時に水が不足するような地域において、水ストレスは高いと言えます」と東京大学生産技術研究所の沖大幹教授は指摘する。

沖 大幹 東京大学生産技術研究所 教授

水不足の要因としては、地球温暖化も考えられるが、むしろ人口増加や経済発展による水需要の増大が重要となる。先進国のように溜め池や水路のような設備が整っている地域では、水の変動に対する備えは比較的できているが、それらが整っていない地域では、わずかな水の変動でも水不足が生じる可能性がある。先進国でも渇水が長引けば被害は避けられない。例えば米カリフォルニア州では、過去2年半にわたって大渇水が生じ、水の使用を制限する事態となっている。また、4年前に大洪水が起きたタイでも、今年は大渇水の傾向にある。タイには川の流量で2年分程度を溜められる規模の貯水池があるが、昨年に続いて今年も渇水になったことから水不足が生じている。

「砂漠のような地域よりも、普段はある程度の水があり、利用可能なぎりぎりのレベルまで水が使われている地域の方が、水の変動に対して脆弱なのです」

一方、世界人口は今後も増え続け、特に都市部への人口集中が進んでいくとみられている。人口集中は、環境への影響や経済活動への配慮とは関係なく進むことから、都市における水ストレスの増大が懸念される。

世界の農業用水供給で鍵となる地下水利用

世界の水利用を見ると、消費量ベースで9割程度、取水量ベースで7割程度が農業用として使われている。一方、過去の農業生産の伸びは農地拡大よりも、主として単位面積当たりの収量拡大によって実現されており、そのために多くの水や肥料、高収量品種が投入されてきた。

このような中で、世界では将来的にも農業用水が足りるかどうかが議論されている。その推計には様々なものがあるが、沖氏によれば「鍵となるのは地下水利用」だ。

世界的に見ると、地下水を利用できる乾燥地は、天候に恵まれていることから不作が生じにくく、農業生産に適した土地となっている。同様に、半乾燥地で付近に川があり、安定した灌漑が可能な地域も、農地には適している。例えば、米カリフォルニア州やパキスタン、インドなどにそのような場所が多く、これらの地域で行われる農業では、水さえ調達できれば多くの収量が期待できる。

「しかし、これらの中には、かつて気候が湿潤だった時代に溜まった『化石水』と言われる地下水を使って農業がなされている乾燥地もあります。このような場所では、降雨がなくても水を確保できますが、地下水面が次第に下がり、将来的には使えなくなる可能性があります」

川の水や循環している地下水を使用して行われる農業では、年間に使用できる水量は限られるものの、持続可能な水利用ができる。しかし、化石水を使用した農業では、枯渇すれば、その後は水の調達ができなくなる。

「人口がどの程度増加し、人々が何を食べるかによって水への影響は変わりますが、グローバルに見ると、将来的には現在よりも水が不足する時期が増えると予測されています。現在も水不足が生じている地域では、より深刻な事態になると考えられます。社会的な変動に加え、地球温暖化の影響で降雨日数が少なくなる傾向にあり、結果的に渇水は生じやすくなるとみられています」

図1 地球表層に存在する水の割合(%)

地球表層の水は1385×109k㎥で、地球全体の重さの0.02%、地球の体積の0.1%。淡水は水全体の約2.5%で、使いやすい淡水は全体の約0.01%。

出典:沖大幹『水危機 ほんとうの話』(新潮社、2012年)より作成

健全な生態系維持にも重要となる健全な水循環

世界の水問題解決に向けては、2000年に国連で採択された「国連ミレニアム宣言」で、2015年までに安全な飲み水にアクセスできない人口の割合を半減するという目標が掲げられた。さらに、2002年のヨハネスブルグ・サミットでは、「改善された衛生施設(トイレ)を利用できない人々の割合を半減する」という目標も追加されている。

安全な飲み水へのアクセスがない人口の割合を半減するという目標は、その後に達成されているが、世界には今なお、そのアクセスを持たない多数の人々が7億人程度存在する。また、世界では下痢で死亡する子どもたちも多く、衛生施設に関する目標については、まだ達成されていない。

沖氏によれば、水へのアクセスは国際な行動目標において、1つの象徴となっている。「水へのアクセスがない人たちは、エネルギーや交通路、教育、医療へのアクセスもないことが多いのです。それらの人たちに水へのアクセスを与えることができれば、水汲みという何も生み出さない労働に多くの時間を費やす必要はなくなり、余剰時間が生まれます。それによって経済発展を促し、エネルギーや道路、医療、教育も得られるようにしていくのが、世界の重要なアジェンダとなっています」

水はまた、人間だけでなく生態系にとっても重要で、生態系が健全であることは人間にも重要であるということが、20世紀末から世界的に認識されるようになった。

「生態系の健全さを維持するには、水の循環が健全であることが必要です。水は人間だけが、使いたいだけ使って良いというものではないのです」

国内の水を使いこなす施設次世代に残すことが課題

国際社会は水を象徴として、世界平和や持続可能な社会の実現を目指しており、そのための努力は日本にも求められている。人口が減少傾向にあり、今後、水を大量に使う新たな産業が生まれる可能性も低いと考えられる日本では、将来的に水不足が生じる可能性は低い。しかし、海外で起きる水不足は、様々な形で日本にも影響を及ぼす。

「日本企業のサプライチェーン、バリューチェーンは世界に広がっています。経済的なつながりに加え、世界各地で内戦が起きている状況において、日本や先進国の人々だけが平和に暮らせるという訳ではありません。また、海外で起きた干ばつや洪水被害による食糧生産の壊滅が、日本に大きな影響を及ぼすこともあります」

水に関するリスク管理は、日本企業が海外に拠点を置く際にも重要となる。タイで起きた洪水では、その重要性が改めて認識された。また、水に関するリスクとしては、洪水のような自然の変動によるものだけでなく、社会経済的リスクや風評のリスクも挙げられる。

©Adisak Tounjuntuek/123RF.COM

「国によっては、企業が水を使う権利を没収されるリスクもあります。また、海外でミネラルウォーターや清涼飲料水の工場を造り、周辺の水位が下がったことで、工場への反対運動が起きた例もあります。水位低下の主な要因が、周辺農民による大量の水利用などであった場合でも、企業が一旦、悪者と見なされれば、その風評を取り除くことは困難です」

欧米を中心に、製品のライフサイクルにおける水使用量を算出し、水資源への負荷を定量化する「ウォーターフットプリント」への注目も高まっている。例えば、大手スーパーのウォルマートは、水資源の利用を含む「環境フットプリント」の開示を、納入業者に求めるようになっている。

またロンドンの非営利団体であるCDPは機関投資家を代表し、企業に環境リスクへの対応戦略等の開示を求めている。「水リスク」について、企業にリスク認識や対応戦略を問うプログラム「CDPウォーター」が2010年にスタートした。

「持続可能な発展に関して投資家らが見ているのは、企業が自社の長期的な価値を考えているかどうかだと思います。環境投資、環境配慮は単に、企業の社会的責任(CSR)ではなく、その企業が事業継続をどの程度の視野で考えているかの1つの目安となります」

一方、水ストレスは少ないとみられている国内の水供給にも、課題は存在する。東日本大震災の教訓を踏まえ、国内では現在、近隣の自治体間をつなぎ、災害時にも飲み水を融通できるようにするなどの施策が打ち出されている。しかし、これらの対策では、今ある水資源や供給施設を維持できることが前提となる。

「問題は人口が減少し、税収が減ってきた場合に、それらの維持更新ができなくなる可能性があることです。その意味で、今後は水供給のシステムを変えることも考える必要があります。コンパクトシティと言われるように、次世代は現在よりもまとまって居住するといった国土設計も重要になるでしょう」

日本で現在、水不足が生じにくいのは、恵まれた気候のためだけではなく、長い年月をかけて造られてきた、水を使いこなすための施設があるためだ。日本の水供給では、これらの施設を維持し、次世代に残していくことが重要な課題となっている。

図2 地下水利用の用途別割合

出典:農林水産省「農業用地下水の利用実態」(平成23年)

 

沖 大幹(おき・たいかん)
東京大学生産技術研究所 教授

 

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