グリーン鉄を世界標準に!カーボンニュートラルを目指す日本製鉄の本気度

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2025年6月11日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素の同時実現を目指している日本――。第7次エネルギー基本計画では、脱炭素化が難しい分野においても、これを推進していくことが求められるため、水素やアンモニア、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)などを活用した対策の必要性が明記されている。こうした分野の一つ鉄鋼業では、イノベーションにより脱炭素の高いハードルを乗り越えようという試みが続いている。また、こうした排出削減の取り組みを通じて生み出されるGX推進のためのグリーン鉄(※)の市場形成も重要な課題となっている。

※GX推進のためのグリーン鉄…企業単位での追加的な直接的排出削減行動による大きな環境負荷の低減があり、排出削減行動に伴うコストを上乗せした場合には、一般的製品よりも価格が大きく上昇する鋼材。

国内総排出量の14%占める鉄鋼業。脱炭素は「経営上の最重要課題」

鉄鋼業は、二酸化炭素(CO2)排出量は産業別で最も多く、国内総排出量の14%程度を占めている。鉄を作るためには、鉄鉱石から酸素を除去(還元)する必要があり、従来、高炉の中で石炭を用いて炭素と化学反応させ、酸素を取り除いてきた。その際に必然的にCO2が発生する。1トンの鉄を製造するのに2トンのCO2が発生する。他の工業用素材と比べて1トンあたりのCO2発生量は少ないが、使用される量が膨大であるため、CO2の発生総量は大きい。

鉄鉱石を還元する際にCO2が発生する(提供:日本製鉄)
鉄鉱石を還元する際にCO2が発生する(提供:日本製鉄)(※画像クリックで拡大)

脱炭素の実現を「経営上の最重要課題」と位置づけ、取り組んでいるのが業界最大手の日本製鉄だ。「日本製鉄カーボンニュートラルビジョン2050」を掲げ、「超革新的技術開発」によるCO2削減を目指している。

「鉄鉱石から鉄鋼製品を作り出す原理は『ヒッタイト※』の時代から変わっていません。カーボンニュートラル(CN)を実現するためには、ある程度手段が見えている分野もあります。しかし、鉄鋼の場合は脱炭素技術が今あるわけではありません。開発から実装する所まで、一貫で作り上げていくことが鉄鋼業全体の使命なのです」

折橋英治・常務執行役員グリーン・トランスフォーメーション推進本部長はそう語る。

※ヒッタイト…紀元前2000年代中ごろ、小アジア(地中海とエーゲ海、黒海に挟まれた西アジアの半島地域)に移動してきたインド・ヨーロッパ語族に属する一派とその王国。鉄器、戦車などを用いることで軍事的に優れ、紀元前14~13世紀にはメソポタミア・シリアに進出し、大帝国を築いた。

CO2排出量2030年30%削減、2050年ゼロへ。電炉、水素還元……

「日本製鉄カーボンニュートラルビジョン2050」では、2030年にはCO2排出量を2013年時点に対し30%削減し、2050年のカーボンニュートラルを目指すとしている。では、どのように進めようとしているのか。大きく三つの方向を模索している。

一つは、高炉の代わりに大型電炉を使った製鉄だ。鉄のスクラップや還元鉄を溶かし、自動車用の鋼板など高級鋼の製造を目指している。すでに2022年から瀬戸内製鉄所広畑地区(兵庫県姫路市)の新設電炉で商業運転を開始するとともに、グリーンイノベーション基金を活用して、スクラップに含まれる不純物を取り除く技術の開発などを進めている。

二つ目は、水素を使って還元してCO2の排出を抑える「直接水素還元」と呼ばれる製法だ。具体的にはシャフト炉と呼ばれる筒状の炉の上部から鉄鉱石を投入、下部からは水素を吹き込み、両方がすれ違う過程で酸素を除去し、「還元鉄」と呼ばれる固体をつくり出す。現在、波崎研究開発センター(茨城県神栖市)に試験炉を建設中で、2025年度下期には稼働させ試験を開始。2027年にはより大きな試験炉の実証検討を進めていく方針だ。2040年頃の実用化を目指している。

波崎研究開発センターで建設中の試験炉(同)
波崎研究開発センターで建設中の試験炉(同)

もう一つは、既存の高炉を使い、石炭の一部を水素に置き換える「高炉水素還元」と呼ばれる技術だ。2022年から千葉県君津市の試験炉で実証試験を開始し、2024年には加熱水素を使い、CO2排出量を43%削減することに成功した。これは世界最高の削減率だ。2026年からは実際の高炉で常温水素を使った実証を開始する予定で、2040年ごろの実用化を目指している。

水素の安定確保、使用電力の脱炭素化……。課題も山積み

もちろん、課題も少なくない。炭素の場合、酸素と反応する際、発熱反応となるが、水素の場合、熱を奪う吸熱反応であることから、これを防ぐため水素を加熱する必要がある。炉温が低下すると「還元鉄製造では粉化、固着化が進むと水素が炉内を流れにくくなりますし、高炉水素還元では反応が持続しない、鉄が溶融しないなどの現象が起こります。これを抑えるためには、温度をどのように設定していくかが技術的にはカギとなります」と折橋さんは解説する。

また、「水素直接還元」に適した鉄鉱石は希少で、世界の鉄鉱石の供給量の10%以下にとどまっている。しかも、日本が鉄鉱石の多くを輸入している豪州、ブラジルなどには少なく、北米、欧州といった比較的日本から遠い地域に存在する。

さらには、このように2050年カーボンニュートラル実現に向けた鍵となる水素について、コストの低減と利用の拡大をどのように進めていくかという大きな課題がある。日本製鉄は、カーボンニュートラル達成を目指す2050年の水素需要を400~500万トンと見積もっているが、水素の確保についてはこれからの課題だ。実用化に最も近い大型電炉にしても、動かすには電力が必要になる。現在、製鉄に必要な電力は高炉で発生する副生ガスやエネルギーを無駄なく利用して自前で賄っている。しかし、大型電炉に切り替えると副生ガスの発生が無くなり、電炉を動かす電力は購入する必要がある。カーボンニュートラルに近づくには、購入電力の脱炭素化が必要だ。

日本製鉄が想定する水素の用途と需要規模(同)
日本製鉄が想定する水素の用途と需要規模(同)(※画像クリックで拡大)

技術開発、市場形成を同時並行で。「難しいが、これは使命」

折橋さんは「オールマイティーなものはありません。三つの方法を組み合わせて、進めていくことになると思っています」と語る。日本製鉄ではカーボンニュートラル達成までの設備投資に4~5兆円、研究開発費に5000億円が最低でも必要だとしているが、さらに膨らむことは確実視されている。

「通常であれば、市場ができて、利益が出るかどうかを判断した上で投資を決定するものです。しかし、鉄鋼の場合、脱炭素の技術開発、標準化、市場形成を同時並行で進めていかなければなりません。議論の仕方も大変難しいのですが、これは使命だと思っています」

脱炭素の価値共有。グリーン鉄を「ペットボトルの水」のような存在に

その上で、折橋さんは「作る側」「使う側」、社会全体で脱炭素の価値を共有していくことの重要性を強調する。

「CO2削減価値を持つグリーン鉄の市場形成は重要な課題です。私たちは小学校の校庭で水道の蛇口から水を飲んでいました。今の子供は飲みません。ペットボトルの水を買って飲みます。『水は無料』という感覚だったのが、いつの間にか水も買う時代になっています。価値を認めて普通に対価を払うようになった。ペットボトルの水は価値があるという市場をつくっていったわけです。我々もこれと同じことに取り組む必要があります」

グリーン鉄を「ペットボトルの水」のような、価値ある当たり前の存在にしていきたいというわけだ。

「カーボンニュートラルへの取り組みは我々の使命だ」と語る折橋さん
「カーボンニュートラルへの取り組みは我々の使命だ」と語る折橋さん

「目の前の巨大な崖」の向こうに成長への道。「もうやるしかない」

「ヒッタイトの時代からずっと同じ事を続けてきた中、突然ここ十数年で非常に大きな変化を迫られています。様々なテーマがいっぺんに押し寄せ、目の前に巨大な崖があり、これを登り切らなければいけないといった状況です」

折橋さんは鉄鋼業の現状をこう表現する。そして、その先には……。

「非常にハードルの高い取り組みだと理解していますが、それを乗り越え、我々の技術が先頭を走ることになれば、大きく成長するチャンスでもあります。多少の情勢の変化はあるでしょうが、脱炭素への大きな流れ変わらない。もうやるしかないのです」

【関連情報】
GX推進のためのグリーン鉄研究会

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