「スポーツ×地域活性」の未来 日本に眠る「資源」の見つけ方

スポーツを活かし、地域を活性化するためには、何が求められるのか。東京・豊洲のまちづくりプロジェクト「TOYOSU会議」でチェアマンを務めるなど、スポーツと社会を結ぶことに力を注ぐ元プロ陸上選手、為末大氏に話を聞いた。

為末 大(元プロ陸上選手)

――為末さんは、現役時代に海外を転戦し、数多くの街を訪れました。「スポーツによるまちづくり」を考えた時、印象に残った街はありますか。

為末 僕はヨーロッパでの試合が多かったのですが、オランダのハーグという小さな街が印象に残っています。街の真ん中に競技場があって、朝は子ども、昼はお年寄りがいて、夕方にはお父さんがサッカーをしに来る。スポーツが街に根付いていました。もう一つ、3年間、アメリカのサンディエゴに住んでいたのですが、大学を中心に地域の住民がスポーツを楽しむ文化があって、すごく良い雰囲気でした。そうした街と比較すると、日本におけるスポーツは、「楽しむこと」よりも「教育」としての側面が強いように感じます。だから、スポーツは辛く苦しいものだと思われがちで、大人になると敬遠されてしまいます。

――日常的にスポーツを楽しむ文化を根付かせていくためには、どのような取り組みが必要だと思いますか。

為末 例えば、日本陸連であれば、日本陸連の中にレクリエーション部のような陸上を楽しむための部署をつくるのが良いと思います。現在、日本陸連の関心は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向いています。その一方で、30歳以上の世代に対しては全くケアがなされておらず、スポーツ人口の裾野を拡大する取り組みは、JOCやスポーツ庁の主導で進めることも考えられます。レク部ができれば、引退した選手たちの活躍の場が広まり、多くの人にスポーツの楽しさを伝えるだけでなく、引退した選手自身もスポーツを楽しめる環境ができます。

「校庭」は日本の重要な資源

――海外と比べて、スポーツ施設などハード面の充実については、どう感じられていますか。

為末 高齢社会の中で、予防医療による医療費削減、企業による健康経営の推進がうたわれていますが、一般の方が気軽にスポーツできる環境は全く整っていません。しかし日本は、スポーツ施設大国になれるポテンシャルを持っています。例えば、学校の校庭を開放するのも一案です。世界的に見ても、全国の至る所に、あれだけ広い校庭を持つ学校がある国は珍しい。都内の学校を土日と夜に開放するだけで、都民の運動実施率は高くなるでしょう。都内では、だいたいどの学校も徒歩10分ぐらいの距離にあります。2020年に向けて、徒歩10分でスポーツを楽しめる環境がある国を実現すれば、世界に対してもインパクトがあると思います。また、大学も地域住民に開放すべきです。日本の大学は設備が充実しているので、大学がスポーツ関連の施設を開放すれば、それは地域のブランディングにもつながります。

――為末さんがチェアマンを務め、各界の若手有識者が新豊洲のまちづくりを語り合う「TOYOSU会議」では、陸上のトラックや広場を備えたトレーニング施設の新設を計画しています。ハードを新しくつくる際に求められることは何でしょうか。

為末 僕は絶対にカフェとバーが必要だと思います。欧米の感覚では、競技場にカフェとバーがあるのは当然です。都内の競技場すべてに、おいしいものを食べられる施設をつくり、スポーツが目的ではない人でも、フラっと立ち寄れるようにすることが大事です。校庭の開放も、少子化で空いている教室を使って、市民が憩えるカフェを併設するぐらいまで持っていけたら面白くなるでしょう。

「観光×スポーツ」の可能性

――地方におけるスポーツを活かしたまちづくりについては、どう見ていますか。

為末 各地域の自然や地形の豊かさなどを含めて、地方にはすごく可能性があると思います。2015年の夏に、徳島県の祖谷に行きました。秘境のようなところで、そこにラフティングができる場所があって、今、お客さんが殺到しているんです。言ってしまえば、川にゴムボートを浮かべただけなのですが、それで良いんです。気合いを入れて人工的なコンテンツをつくろうとしないほうが、地方には可能性がある気がします。これからの時代、建物や看板を取り除き、自然の景観を整えたら観光客が来るようになったという成功事例が生まれ得ると思います。

光のリングに彩られた「新豊洲アート広場」。為末氏がチェアマンを務める「TOYOSU会議」は、「SPORT×ART」というコンセプトでまちづくりを進めている

――地域の資源をどう活かすのか、地域ごとの戦略が問われるのですね。

為末 それぞれの地域が特徴を活かし、競争し合うことも必要でしょう。ほとんど同じ距離、同じ条件なのに、現時点では千葉の房総地域に移住する人よりも鎌倉に移住する人の方が圧倒的に多い。房総地域が鎌倉と勝負するなら、例えば海沿いの空き家を市が買い取ってロッカーをつくり、サーフボードを預けられるようにして、市がしっかりと管理する。そうやって特定のニーズに絞り込んで、とにかく楽しめるような環境をつくるのは有効だと思います。その施策に惹かれるのは人口の数パーセントかもしれませんが、それでも数万人はいるかもしれない。僕も陸上トラックが常時開放されている街があったら、そこに住もうかなと考えると思います。

――政府が、インバウンド(訪日外国人)3000万人を目指すなかで、外国人の獲得も地域活性のキーワードです。「観光×スポーツ」で外国人を惹きつけるには、何が必要だと思いますか。

為末 以前、「雪が降る場所を買いたい」と、北海道に土地を買いに行った中国人に会ったことがあります。地方の方々は、東京と比べていろいろなものが不足していると考えてしまうのですが、視野をアジアと広げると、大きな優位性があることに気付いていません。地域のポテンシャルを活かすには、新しい視点を持つ外部の人のアドバイスが重要になります。スポーツでまちづくりというと、すぐに「グラウンドをつくる」といった議論になりがちですが、世界最大のスポーツはランニングで、一番使われているのは公道です。そして、日本ほど公道がきれいな国はありません。わざわざ新しくハードをつくらなくても、地域の資源を活かして公道を活用する方法を考えれば良いのです。例えば、地元の方が「こんな車の来ない道なんて......」という道があったとします。でもそれは、自転車の愛好者にとっては最高の道だったりするんです。自然豊かでアップダウンがあり、車の少ない道こそ「走りたい!」という人は世界中にいます。

企業による「新しい貢献」

――まちづくりというと、行政の役割がクローズアップされますが、「スポーツによるまちづくり」に、民間企業ができることはありますか。

為末 企業とスポーツの関係は、スポンサードの金額に応じてユニフォームのロゴがどれぐらい大きいか、場所がどこかといった話がほとんどですが、そのスタイルには限界があると思います。広告や金額の話ではなく、これからの時代は本業によるスポンサードをもっと考えるべきです。例えば、2014年のサッカーW杯・ブラジル大会の時、ドイツ代表のスポンサーだったSAPは、資金を出すのではなく、本業のビッグデータ分析の技術を代表チームに提供し、戦術の構築に貢献しました。もう一つ、これは聞いた話ですが、F1のマクラーレンは「ピットインしてからタイヤを交換し、出ていくまでのコンマ何秒を競う作業の効率化に関するノウハウ」をスポンサー企業に提供していたそうです。こうした本業の交換であれば、資金力は問われません。ということは、地方の企業が自社の強みを活かして地元のクラブに貢献する、あるいは地方のクラブが地元の企業に貢献することも可能になるでしょう。一例として、これは思い付きですが、トヨタ自動車がスポーツの指導者に対し、カイゼンや問題解決のアプローチを伝授することで、そのスポーツのレベルアップに貢献できたら面白い。

いろいろな技術や知識が日本のスポーツを強くする、貢献できると思うとワクワクします。本業でスポーツを支えることで、企業とスポーツチームが本当の意味でのパートナーになっていくのだと思います。

――為末さんは「TOYOSU会議」のチェアマンとして、行政と企業を巻き込みながらまちづくりを進めています。今後の展望を教えてください。

為末 今はスポーツをしていない大人でも、学生時代に部活動を経験した人はたくさんいます。いわば「大人の部活」をつくり、それが地域のコミュニティになれば、会社と家庭以外の第3の場所として機能します。そうした文化をつくっていきたい。僕は陸上出身なので、まずは陸上でコミュニティをつくろうと思っています。特にマスターズ(35歳以上の選手を対象にした大会)に関してはすごく要望が多いので、豊洲にできる施設で陸上のマスターズの大会を計画しています。これからはもっと、スポーツが持っている価値を社会に還元すること、社会問題をスポーツで解決する活動に力を注ぎたいと考えています。

「世界最大のスポーツはランニングで、日本ほど公道がきれいな国はない。視野を広げれば、地域に資源はある」


── 為末 大

 

為末 大(ためすえ・だい)
元プロ陸上選手

 

Athlete Interview

アスリートこそ「知ること」、「学ぶこと」が大切

古木克明 元プロ野球選手、事業構想大学院大学 3期生(2年次生)

プロになるようなスポーツ選手は、小さい頃から、そのスポーツに特化した能力を磨く一方で、視野を広げる機会が限られています。

プロ野球選手も、首脳陣や球団から野球に打ち込むことが奨励されるばかりで、ビジネスや社会に対する関心を育む機会には乏しい。実際、引退した元選手にヒアリングしても、「もっと早くから、いろいろなことを勉強しておけば良かった」という声が聞かれます。

プロ野球では、戦力外通告が11月に行われ、選手としての契約期間は12月までなので、収入を途絶えさせないためには、1月から仕事を始めなければなりません。そのため、自分を見つめ直すための十分な時間はとれず、安易に飲食店経営などに乗り出してしまう人も多いのが実状です。

アスリートを対象にした再就職支援の会社もありますが、仕事を紹介するだけで、その人の定着・成長を促すような仕組みにはなっていません。雇用主も、アスリートの知名度に期待し、広告塔として活用するだけで、キャリアとして積み重なるような仕事には就けないケースが数多くあります。

私は、現役の人たちに、「知ること」や「学ぶこと」の大切さを伝えていきたい。そのために、プロ野球の選手会と協力して、選手にキャリアプログラムを提供する取り組みを考えています。そして、それを他の競技にも広げていきたい。

スポーツ界では、「セカンドキャリア」という言葉が、挫折からの再スタートといった暗いイメージで語られがちですが、それを変えたい。次の人生に希望をもって踏み出せるように、まずはプロ野球の世界で、変革に挑戦していきます。

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