デジタルは社会実装できてこそ! 経済産業省局長と政策・技術・産業界をつなぐIPAの理事長が対談

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年6月5日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

AIを活用したデータ分析や文章・画像の生成、クラウドコンピューティングの普及や自動運転技術の進化など、デジタル技術が社会を大きく変えつつある。国家の競争力は今や、個々の産業政策や優れた技術・人材だけでは測れない。これらを一体的にとらえ、実際の経済社会でいかに機能させて変革を実現するか、その「実装力」が問われ、政策のあり方でも、制度や予算措置が実社会で価値を生み出すまで責任を持つことが求められている。

経済産業省のIT政策実施機関である独立行政法人情報処理推進機構(IPA)(2004年設立、前身は1970年設立の特別認可法人情報処理振興事業協会)は、政府・産業界・アカデミアの三者と接点を持つのが特徴で、2026年6月、組織の英語表記を「Information-technology Promotion Agency」から「Innovation Platform Agency」に変更。「デジタル技術の実装を通じたより良い社会と暮らしへの変革を設計するプラットフォーム機能を担う」との姿勢をより鮮明にした。今回の政策特集では、IPAの様々な取り組みと政府のデジタル関連政策の最前線を紹介する。初回は、経済産業省商務情報政策局の野原諭局長=写真左=とIPAの齊藤裕理事長=同右=に、社会実装の重要性やIPAの機能拡充などについて語ってもらった。

野原諭局長と齊藤裕理事長の対談

IPAの業務拡大の背景にある「二つの変化」

――IPAは「デジタル基盤の提供」「デジタル人材の育成」「サイバーセキュリティの確保」を事業の三本柱に据えて日本の情報化とデジタル化を推進していますが、近年、業務内容が拡大しています。その社会的背景や、IPAを所管する経産省の狙いを教えてください。

野原 少し長いスパンで物事を見ていただく必要があります。IPAは、伝統的には情報処理技術者試験の運営主体としての業務に加え、ソフトウェア産業の強化や突出したIT人材を発掘して育てる「未踏事業」といった、スタートアップの支援や人材育成などに取り組んできました。ところが、この10年でみると、業務内容が大きく拡大しています。例えば、2020年には政府・民間の依頼に応じてSociety5.0を実現するための社会や産業構造のアーキテクチャ設計に取り組む「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)」が設立されました。2024年2月には、AIの安全性に関する評価手法や基準の検討などを行うため12府省庁・5関係機関が参画して設立した「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」の事務局が設置され、2025年の情報処理促進法の改正では金融支援機能が追加されました。

<IPAが展開する事業の3つの柱>

IPAの資料から
(IPAの資料から。クリックで拡大)

こうしたIPAの業務拡大の背景には、二つの変化があると考えています。

一つ目は、デジタル技術が情報産業だけにかかわるものではなくなったことです。現代では製造業や小売業、交通、金融、エネルギーなどあらゆる産業において、競争力の中核にデジタル技術が組み込まれています。二つ目は、全ての産業を横断するデジタル技術が、社会基盤、すなわちインフラとしての性格を強く持つようになったことです。電力供給や金融決済、物流などがマヒすれば社会経済活動が止まってしまいます。デジタル技術の「横断化」と「インフラ化」という二つの変化が同時に進んだことで、従来は「情報産業の振興」という文脈で語られてきた政策の対象や狙いが変わり、IPAが果たすべき役割も変化しているのです。

野原諭(のはら・さとし)=経済産業省商務情報政策局長。1991年通商産業省(現・経済産業省)入省。2006年経済財政政策担当大臣秘書官、2012年経済再生担当大臣秘書官、2016年経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長、2018年大臣官房会計課長、2019年大臣官房審議官(商務情報政策局担当)、2020年内閣官房成長戦略会議事務局次長(内閣審議官)を経て、2021年10月から現職。
野原諭(のはら・さとし)=経済産業省商務情報政策局長。1991年通商産業省(現・経済産業省)入省。2006年経済財政政策担当大臣秘書官、2012年経済再生担当大臣秘書官、2016年経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長、2018年大臣官房会計課長、2019年大臣官房審議官(商務情報政策局担当)、2020年内閣官房成長戦略会議事務局次長(内閣審議官)を経て、2021年10月から現職。

――政策の対象が個別の産業振興から、より広い社会基盤の設計へと変化したわけですね。IPAはどのように受け止めていますか。

齊藤 民間企業の経営者だった私の経験を踏まえて考えると、この変化は非常に本質的なものだと感じています。かつてITが主に効率化やコスト削減の手段としてとらえられていた頃は、作り手側の技術力や考えで製品を開発し販売するプロダクトアウト的な手法が多かったように思います。しかし、データやAIなどの活用が事業の競争力を決めるようになった今、顧客であるユーザーが何をしたいのか、マーケットインの発想で対応することが求められています。

例えば、企業のIT投資もAIの性能が高いだけでは価値を生み出しません。顧客の要望に応じてデータやデジタル基盤、セキュリティ、人材などが接続され、継続的に機能して初めて、成果を生み出します。現代のデジタル投資では、「機能させる構造」の設計力が問われているのです。我々IPAも、世の中の変化に合わせて、デジタルのよい使い方やリスクマネジメントといったサービスの提供も含めて、社会実装により寄与する組織に変わっていかなくてはなりません。

齊藤 裕(さいとう・ゆたか)=IPA理事長。1979年日立製作所入社。2006年情報・通信グループ情報制御システム事業部長、2014年代表執行役執行役副社長情報・通信システムグループ長などを経て、2016年4月代表執行役執行役副社長IoT推進本部長。2018年ファナック副社長執行役員(IoT担当)、2020年取締役副社長執行役員IoT統括本部長。2020年IPA顧問、2022年特別参与を経て、2023年4月から現職。
齊藤 裕(さいとう・ゆたか)=IPA理事長。1979年日立製作所入社。2006年情報・通信グループ情報制御システム事業部長、2014年代表執行役執行役副社長情報・通信システムグループ長などを経て、2016年4月代表執行役執行役副社長IoT推進本部長。2018年ファナック副社長執行役員(IoT担当)、2020年取締役副社長執行役員IoT統括本部長。2020年IPA顧問、2022年特別参与を経て、2023年4月から現職。

野原 公共政策では、制度や予算、税制を整備することに目が行きがちです。しかし、これらの政策が社会で実装され、経済的な価値をどれだけ生み出したのかという視点は非常に重要です。制度や補助金、技術をただ持っているだけでは不十分で、これらを結びつけて動かす基盤の有無や信頼性、実装のスピードが国家の競争力になっています。

実装は民間任せでは成立しない…ガバメントリーチの再定義

――政策や社会のニーズ、高い技術、人材などを結び付けて実装につなげるプラットフォームがIPAというわけですね。ただ、実装の最終段階では、導入する民間の資金力や経営思想も課題となります。

野原 「政府は市場環境の整備に注力し、社会実装は民間主体で」という考え方がありますが、民間に任せればすべて解決するとは限らないのも事実です。特にデジタル分野では、「テック・ジャイアント」と呼ばれる、世界的な影響力と莫大な資金力を持つ巨大IT企業が存在します。それゆえ、例えば、ある企業が技術やサービスを独占してしまうと、競争環境が歪んでしまったり、経済安全保障上のリスクが生じたりすることがあり得ます。

「政府は何に、どこまで関与すべきか」――。ガバメントリーチの考え方は時代とともに変化しており、再定義する必要性があるでしょう。IPAには、市場が望ましい形で機能し、経済や企業が成長できるよう、全体を俯瞰した取り組みが求められます。

齊藤 個別企業の合理性と、社会全体の最適は必ずしも一致しません。特に投資額が大きくなるデジタル分野ではそのズレが大きくなる傾向があります。企業が大局的な視点で事業を計画しても、短期的な利益の増減を重視する株主の意向に耳を傾けなければいけないこともあるでしょう。ある企業にとって合理的な選択が、産業全体や国家の視点では、かえって他への依存やインフラの脆弱性を高めてしまうことがあるのです。

これからのデジタル社会では、ガバメントリーチを再定義したうえで、企業や業界の垣根を越えた第三者的な組織が、社会のみんなのために、協調できる領域を構築する必要があると言えます。

野原諭局長と齊藤裕理事長の対談風景

イノベーションは「意図的に設計するもの」

野原 金融サービスと情報技術を結びつけた「Fin Tech(フィンテック)」にみられるように、現代のイノベーションは単一の要素では成立しません。しかし、イノベーションに欠かせない技術やデータ、人材、制度などの要素が自然に組み合わさることはまず、ない。誰かが、起こすべきイノベーションを意図的に設計し、必要な要素を選んで結びつけて、調整する必要があります。

齊藤 先に述べた通り、個別最適を積み上げるだけでは、全体としての競争力強化につながらないケースを多数、見てきました。そもそも、かつてのプロダクトアウトの時代は、データを他部署が使うという発想がありませんでした。閉じられたシステムの中で完結する形態は、短期的には合理的でも全社的にはデータの分断を招き、AIを導入しても十分に活用できません。つまり、イノベーションは技術そのものではなく、設計された構造のもとで成立するものへと変化しているのです。日本でもイノベーションの設計力が高まれば、社会や経済が大きく発展・成長し、国際的な競争力を備えられると思います。

野原諭局長と齊藤裕理事長の対談風景

IPAの英語表記変更 プラットフォーム機能を鮮明に

――それで、イノベーションの構造を設計し各要素をつなぐプラットフォームの役割をIPAが担う、というわけですね。

野原 IPAの役割を拡大してきた理由はまさにここにあります。政府が制度や予算を整えるだけでは社会実装に至らず、実装を民間に委ねるだけでは経済安全保障上のリスクやデータの分断状態が継続する可能性があります。政府、産業界、アカデミアのいずれとも接点を持ち、実装を主体的に推進するプロデューサーのような役割がIPAに期待されているのです。

齊藤 近年のIPAは、個別の技術支援や人材育成のみならず、社会の方向性や制度設計に関与するアーキテクチャの設計、AIが社会基盤として機能するために必要な信頼性やガバナンスを検討するAISIの事務局業務などにも取り組んでいます。増加する業務を別の組織で担ってもらう考え方もありますが、それでは価値を効果的に生み出すことにはつながりません。IPAの各業務はイノベーションに必要な様々な要素との接続を前提にしており、全体像を理解したうえで取り組む方が効率的です。

イノベーションをもたらす実装は、IPAだけでできるものではありません。政府、産業界、アカデミアに加えて、地域、学び直しや新たな挑戦を志す個人、将来を担う若者など多様な主体がIPAの事業に参画し、みんなでよりよい社会を実現する基盤でありたい。こうした意味を込めて、IPAの英語表記を「Innovation Platform Agency」に変更しました。

IPAは2026年6月に英語表記を変更し、ロゴマークも刷新した(IPA提供)
IPAは2026年6月に英語表記を変更し、ロゴマークも刷新した(IPA提供)

半導体など戦略的領域に金融支援

――IPAの業務拡大では、2025年に追加された金融支援機能も注目されています。実際にIPAは次世代半導体の開発・量産に取り組む「Rapidus(ラピダス)」に2026年2月、1000億円を出資しました。

野原 デジタルを活用したイノベーションでは意図的な構造設計が重要ですが、戦略的に取り組まなければ社会実装を制約するボトルネックとなる領域も存在します。その典型例が、重要な戦略物資である半導体の製造です。半導体を安定的に調達できなければ、日本の経済社会は停滞し、国家の競争力は高まりません。ただ、半導体の製造やAIの開発などは投資額が大きく、不確実性も高いことなどから、民間や市場に委ねるだけでは十分な投資が行われないという課題があります。

こうしたことを背景に、国が責任を持って投資に関与できるよう、IPAに出資を含む金融支援機能を持たせました。2030年度までにAI・半導体の分野において10兆円以上の公的支援を行う予定です。

齊藤 「産業のコメ」とも呼ばれている半導体は、日本のあらゆる企業が必要としており、国が一定のリスクを取って投資することに社会的な合理性があると思います。しかし、重要なのは、確保できた半導体が、データやAI、システムと接続され、社会実装につながることです。金融機関ではない我々に金融支援機能が付与されたのは、国が供給する資金がイノベーションのどの構造を支えるのか、産業戦略という一本の線の上できちんと位置づけたうえで、「IPAなら効果的な支援を実行することができる」と見込まれたからだと理解しています。今後は半導体の製造に限らず、ソフトウェアの開発やクラウドなどIPAが所管する他の領域でも社会全体のために投資する必要があれば、支援を行うことになるでしょう。

野原 そういった意味では、IPAの金融支援機能追加は、ガバメントリーチを再定義し拡張した結果と言えると思います。

野原諭局長と齊藤裕理事長の対談風景

「成果を出す」「若い世代にも魅力的な組織に」

――最後に、経産省がIPAに寄せる期待、IPAを率いるうえの意気込みをそれぞれ、お聞かせください。

野原 イノベーションの実装は、(1)データ基盤やセキュリティ、人材などの構造が成立するように支えるプラットフォーム(2)企業が競争し価値を生み出す領域(3)国家として関与する戦略領域――の三つの領域でとらえる必要があります。政府、産業界、アカデミアとの接点と幅広い視野を持つIPAには、(1)を担いながら、(2)や(3)の領域ともつながり、全体が機能するように牽引する中核的な役割を果たすことを大いに期待しています。

齊藤 国民から資源を託されているIPAには、成果をきちんと出すことが求められています。各種事業で成果を着実に積み重ねながら、小さなことからでも日本社会を変革し、イノベーションプラットフォームとしての存在感を示していきたいと思います。これからの時代は、AIを活用した社会変革が必ず起きます。人々の働き方への影響も出てくるでしょう。こうした変化を敏感にとらえ、社会経済の発展・成長に貢献したいと考えています。

IPAには、突出したIT人材を育成する未踏事業をはじめ、デジタル基盤づくりやサイバーセキュリティ確保などの最前線で、イノベーションを設計し実装する仕事があります。次の時代を作る若い方たちが飛び込んできたくなるような、魅力的な組織にもしていきたいですね。

野原諭局長と齊藤裕理事長の対談風景

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