本を中心に事業領域を拡げる丸善雄松堂 ゆるやかにつながる場を提供
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1869年に創業し、本にかかわる事業を150年以上にわたって続けてきた丸善雄松堂。本の事業を取り巻く環境が厳しさを増す中、本が果たしてきた機能に着目し「まなびのつながりを育む」をブランド・プロミスに掲げ事業を展開している。
矢野 正也 丸善雄松堂 代表取締役社長
洋書や医療機器輸入から事業開始
知の拡大を支援するビジネスが核
丸善雄松堂の創業者は、岩村藩(現在の岐阜県)の医師であった早矢仕有的(はやし ゆうてき)。江戸に上り、慶應義塾で福澤諭吉らに学び、明治維新直後の1869年に横浜で洋書や医療機器の輸入販売を行う丸屋商社を創業した。その後、舶来文具・文化・雑貨を扱う書店や出版業へと業容を拡大していく。戦後は、書籍販売業、出版事業の他、図書館向けサービスを展開していったが、2007年に大日本印刷の傘下に入る。
2010年には図書館流通センターと経営統合し、共同持株会社 CHIグループ(現・丸善CHIホールディング株式会社)を設立。2016年には同グループ内の雄松堂書店を吸収合併し、丸善雄松堂に社名を変更。現在は、丸善CHIホールディングスの下で、丸善ジュンク堂が書店ビジネスを、図書館流通センターが図書館の受託事業を、丸善出版が出版事業を、丸善雄松堂が知に関わる情報・空間・活動の事業を展開している。
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「創業者の早矢仕は、常に知とは何かを問い続け、時代を先取りした事業を展開してきました。それは現在、『知を鐙(とも)す 丸善雄松堂』というミッションに受け継がれています」と社長の矢野正也氏は語る。
福井県敦賀市の新施設
知育・啓発施設「ちえなみき」
丸善雄松堂の現在の事業は、大学図書館を中心とした受託運営を行う「まなびの場の企画・運営」、学術情報を中心とした「まなびのコンテンツ」の開発・提供、「まなびの空間づくり」 の3つに分けられる。「学び手の中には、強い意志を持った学び手もいれば、緩やかな学び手もおられます。これら3事業を通じて、知りたい、学びたいと願う誰もが、まなびを通してゆるやかにつながることで個人や社会のウェルビーイングを追求できるようにし、一人ひとりの未来の学びをデザインしていきたい」とブランド・プロミス「まなびのつながりを育む」に込めた思いを語る。
そうした思いのもと、新たなチャレンジとして2022年9月、福井県敦賀市のJR敦賀駅から徒歩1分の場所にオープンしたのが、3万冊超の書棚空間と良質な情報や体験に触れる機会を提供することを目指した施設「ちえなみき」だ。施設は敦賀市が整備し、丸善雄松堂と子会社の編集工学研究所が運営する、国内では例がない公設民営型の新しいスタイルの書店である。「図書館でもなく、書店でもないというコンセプトを掲げ、地域の知育・啓発施設というキーワードに沿って、市民の居場所づくりを目指した設計を行いました」。
敦賀駅前に2022年9月にオープンした公設民営書店「ちえなみき」。独自の選書により、新刊だけでなく、絶版本や洋書、古書も含めた約3万冊を販売している
並べられている本は一般的な書店のような新刊やベストセラーの並びではなく、迷路のような空間をさまよいながら興味のある本に誘われるつくりになっており、本棚の合間にはあちこちにソファや机が置かれている。また2階に用意されたスペースでは、市民の知りたい、学びたい気持ちに応える本にかかわるイベントも多く開かれている。オープン以来、1年余りで県内外から30万人が訪れ、2024年3月には北陸新幹線の金沢-敦賀間が開業し、さらなるにぎわいを見せている。
選書した本を介して人が出会う
「ほんのれん」で組織活性化
出版文化産業振興財団(JPIC)の調査(2022年9月時点)によると、書店が1つもない市区町村は全国1741市区町村のうち4分の1を超えた。「本を通じて学ぶ機会がますます減っていってしまうところを、私たちがこれまで築き上げたノウハウを持って埋めていきたい」と考える同社の新たな取り組みが、2023年に編集工学研究所と立ち上げた新サービス「ほんのれん」だ。
「ほんのれん」の利用イメージ。オリジナル本棚は、本を囲んでの対話を誘うテーブル型をしている。「問い」に対する意見を求めるなど、コミュニケーションのきっかけになるしくみをつくっている
「ほんのれん」は、約1畳分のスペースに置けるようにした本棚に、思考の基盤となる「わたしと世界の関係を考える100冊」を選び抜いて提供する小型ライブラリーだ。自治体のイノベーション創出拠点、企業や大学のオープンスペースに、知的好奇心を高め対話や交流を促す装置として採用が進んでいる。毎月、「『働く』、ってなんだ?」「『場』にはどんな力がある?」などといった個人や組織の価値観にせまる新しい「問い」とともに、それに沿った5冊の本を届ける。
棚はテーブルのようなつくりになっており、そこに集まってくる人の「共読」による対話も促す。「本を介して人が出会うと、本から多様な視点を借りたり、本の言葉を隠れ蓑にして自分の思いを伝えやすくなったりと、日常のコミュニケーションとは質の異なる対話や関係性が生まれます。本を使った対話の力を、手軽に日常の中で活用できる方法はないか。オフィスのライブラリースペースや学校の図書空間の活性化に課題を抱えるお客様の声に背中を押されて開発しました」。
「ちえなみき」のような新しいタイプの交流施設や「ほんのれん」については、今後も展開が拡大していくと同社では予測している。それぞれ、地域・組織に合わせた選書やテーマ設定により、利用者のひらめきや対話を促し、地域を担う人材育成に貢献していく考えだ。
少子化、読書人口減にあらがう
全体を俯瞰できる人材を育てたい
ネットの台頭、人口の減少など、本を取り巻く環境が厳しさを増しつつある中、新事業を生み出していくためには、書店、図書館運営の事業を持つ丸善CHIホールディングス傘下の企業とのシナジー効果も強化していくことが欠かせないと考える矢野氏。その中でも注目しているキーワードが「電子書籍」だ。
「コロナ禍を経て自治体の図書館でも導入される事例が増えています。絶版になった書籍を入手可能にするという観点からも、電子書籍には可能性があると考えています。教科書の電子化も進んでおり、将来は、教科書だけでなく、大学の授業を丸ごとテキスト化・書籍化して蓄積することで、知の共有が進むのではないかと考えています。そのためにも、それぞれの人材について専門分野を深めるだけでなく、全体を俯瞰できるような人材を育てたい」と述べ、ブランドプロミス「まなびのつがなりを育む」を体現する取り組みをさらに拡げていこうとしている。

- 矢野 正也(やの・まさや)
- 丸善雄松堂 代表取締役社長