量子コンピュータの社会実装へ QunaSysと兵庫県立工業技術センターが挑む技術連携

(※本記事は経済産業省近畿経済産業局が運営する「公式Note」に2026年10月1日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

公設試の技術とともに挑む量子コンピュータの社会実装

公設試験研究機関(以下、公設試)とスタートアップ企業の連携事例にフォーカスする本シリーズ。

第3回は、量子コンピュータの社会実装を目指すスタートアップ・株式会社QunaSysと、兵庫県立工業技術センターの連携事例をご紹介します。

1.企業紹介(株式会社QunaSys)

代表:楊 天任
所在地:東京都文京区白山1-13-7 アクア白山ビル9F
設立:2018年
事業内容:量子コンピュータ向けソフトウェア・アルゴリズム開発

──まず、株式会社QunaSys Research Solution部長の高椋さんにお話を伺います。

QunaSysは、量子コンピュータの社会実装を目指し設立されたスタートアップです。設立から8年ほど経っているので、まだ「スタートアップ・ベンチャー」と言っていいのか少し迷うところはありますが、「ディープテック(※1)」という言葉がほとんど知られていなかった時から、量子コンピュータというディープテック分野の社会実装に向けた開発に取り組んでいます。

量子コンピュータは、大きくハードウェアとソフトウェア、2つの領域があります。ハードウェアは巨額の投資が必要で、国内では挑戦できるプレイヤーが限られます。一方、この技術を社会実装していくには、ハードウェアだけでなくソフトウェアの進化も欠かせません。QunaSysが取り組んでいるのは後者で、量子コンピュータの性能を引き出し、実際の産業へ応用していくためのアルゴリズムやソフトウェアの開発です。

もっとも今の段階では、「これを導入したらこれだけの費用対効果が得られる」という性質のものではないため、将来的な産業への応用を見据え、活用可能性をお客様と一緒に検討していくコンサルティングにも取り組んでいます。

※1:事業化・社会実装を実現できれば、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決など、社会にインパクトを与えられる潜在力のある技術。

左:高椋さん、右:河野さん
左:高椋さん、右:河野さん

──高椋さん自身のお仕事について教えてください。

社員数は約60名、その半数近くが、私を含め博士号を取得しています。

研究開発色の強い組織でありながら、ビジネスサイドの部門においても専門性の高い人材が関わっていることが特徴です。私自身も、QunaSysにおいて、ビジネスサイド担当の一人です。

大学では化学工学を専攻し、プラント設計の技術者を養成する学科で学びました。大学院では計算化学(※2)や分子シミュレーションを専門とする研究室に所属していました。

その後、化学メーカーに就職し、工場のIoTやセンサーによる生産プロセスの制御に従事しましたが、大学院での研究を活かしたいと思い、QunaSysに転職しました。

計算化学・ソフトウェアと製造業の双方を経験し、それぞれの分野で用いられる用語や現場のお困りごとが理解できるので、現在はその知見を活かし、企画立案などビジネスサイドをメインに仕事をしています。

※2:コンピュータを用いて化学的な現象を解析・予測する学問分野。量子力学や統計力学に基づいた理論計算を行い、分子の構造などをシミュレーションする。

2.研究者紹介(河野 雅博さん)

兵庫県立工業技術センター
河野 雅博
https://researchmap.jp/Masahiro-Kouno

河野雅博さんは、兵庫県立工業技術センター 材料・分析技術部の研究員です。高専、高専専攻科から大学院へと進学し、金属錯体(※3)に関する基礎研究を積み重ねた後、民間の化学メーカーにおいて製品開発に従事。

そうしたバックグラウンドを活かし、現在は計算化学を活用した研究・企業への技術支援にも取り組まれています。

※3:中心にある金属イオンに、他の分子やイオンが結合して形成される化合物。

研究中の河野さん
研究中の河野さん

3.高椋さん、河野さんに聞きました

今回の協業の背景には、量子コンピュータそのもの以前に、もっと手前の課題がありました。高椋さんは、量子コンピュータの産業応用に向けて取り組む中で、ある種の“壁”を感じていたといいます。

高椋さん:前職時代に大きな課題と感じていたのが、「化学メーカーの中で、シミュレーションソフトがほとんど使われていない」ということでした。

専属部門は存在していても、現場では依然として従来のアナログな検証方法がメインで、実際には十分に活用されていない状況です。そのため、もし突然、高性能な量子コンピュータが現れたとしても、現場にシミュレーション文化が根付いていなければ、結局使われないんです。そこを広げるような事業に取り組まないと、量子コンピュータが実用化しても事業に繋がらないと考えました。

そうした背景から、双方を経験している私が、この取組の事業統括に任命されました。

──量子コンピュータを“使える技術”にするには、まず計算そのものを現場の中に位置づけ直す必要がある。そうした問題意識があったのですね。

高椋さん:そのタイミングで再びつながったのが、大学院時代の知人でもある、兵庫県立工業技術センターの河野さんです。河野さんとは、専攻は全く異なるのですが、大阪大学の博士課程教育リーディングプログラム(※4)の中で知り合いました。このプログラムでは、経済的な支援を受けながら研究開発に取り組むことができ、合宿や学生主導で国際シンポジウムの企画、研究発表などを通じて交流がありました。

ただ、その当時は研究テーマ的にも、すぐに一緒に何かやろうという感じではなかったんです。

※4:大阪大学 博士課程教育リーディングプログラム

数年後、QunaSys側で「実験的な観点で、アドバイスしてくれたり、一緒に考えてくれたりする人がいたらいいな」と思っていたところ、よく出入りしていた大阪大学の関係者を通じて、河野さんが地元の兵庫県、しかも自分の現在の住まいの近くに戻ってきていることを聞き、連絡を取りました。

その後、地元の飲食店で開かれた、共通の知人も交えた食事会の場で「何か一緒にできないか」という話が持ち上がりました。
河野さんの現在の立場なら、ある程度自由に企業とも関わることができますし、河野さんが研究していた領域(金属錯体)が、量子コンピュータが比較的得意とする領域と重なる部分もありました。

QunaSysとしては、実際の利用者の立場で高精度計算がどう活きるかという知見を得るため、河野さんとしては、その高精度な計算が自身の研究にどう活かせるかという観点で、定期的にディスカッションを重ねながら協業を進めていこうという話になりました。

取材中も仲良く談笑する高椋さん(左)と河野さん(右)
取材中も仲良く談笑する高椋さん(左)と河野さん(右)

──河野さんが同センターで勤務してから、計算化学に取り組むまでの経緯を教えてください。

河野さん:博士号取得後は、民間企業で製品開発に携わっていました。その後、地元の兵庫県に戻って働きたいという思いもあり、同センターに入庁しました。ここでは企業からの相談対応を行いながら、自分自身で研究テーマを作っていく必要があったんです。

ただ、大学院の時と同じ研究をそのまま続けることは容易ではありませんでした。最初は、学生時代のテーマを活かそうと考えたものの、扱っていたのがロジウムのような非常に高価な金属であり、継続的に使用するのは現実的ではなかったのです。それで、今後の研究テーマを考えたときに、「計算なら、パソコンさえあればできるじゃないか」と考え、計算化学に取り組み始めました。

──あらたに計算化学に取り組む中で、苦労はありましたか。

河野さん:当時は、現在のように生成AIがあるわけではなく、ブログなどを参考に手探り・独学で研究を進めていました。また計算化学は、それが何に使えるのかが分かりにくいんです。そのため、計算をすることでこういうことが分かった、こんな価値が見つかった、という実績を積み重ねなければ、なかなか事業として評価してもらえない面があります。

そこでまずは、所内予算を活用し、計算化学を使って物質を設計するというテーマで研究を続けてきた結果、徐々に研究の価値が認められるようになってきました。

──そうした中でのQunaSysとの協業は、河野さんにとっても大きな転機になったのでは。

河野さん:計算化学分野における企業との協業としては、第一号でした。今では他の企業とも少しずつ共同研究が始まっています。これも、QunaSysとの取組を通じて、技術が蓄積されたことに加え、研修セミナー(※5)を通じて企業との交流が広がってきたことも大きいと感じています。

こうしたセミナー開催は、関心のある企業が集まる場でもあるので、自分たちの技術を広く知ってもらう、活用してもらうのに有効な機会です。

高椋さん:こうしたセミナーでは、「参加することで何を持ち帰れるか」がタイトルから想像できるようにするなど、企業目線での企画が重要です。もちろん、技術を持っていることは大事ですが、技術発信に偏り過ぎないことも重要です。こうした点は、ディープテック・スタートアップも陥りやすい課題でもあると感じており、気を付けています。

※5:ものづくり基盤技術入門研修事業

セミナーで講演する河野さん
セミナーで講演する河野さん

──あらためて、QunaSysにとって、この連携の価値は何でしょうか。

高椋さん:将来的に、量子コンピュータを使った計算が、産業にどのようなインパクトを与え得るのか。どういうポテンシャルを持っているのか。その検証が必要ですが、計算だけでは分からない部分もある。そこで、実際に高度な分析機器や技術を持つ公設試に、データ取得の面で技術支援いただくことで、計算結果が本当に意味のあるデータなのかを評価することができます。

当社が参画している内閣府プロジェクト(SIP)における実証データの取得という点においても、公設試の果たす客観的な役割は高く評価されています。国のプロジェクトが目指している「技術を社会に実装する」というミッションと、公設試の役割は本質的にかなり近いので、非常に相性がいいと感じています。

こうした実証・データ取得に向けた技術協力の枠組みと併せて、両者は未来の技術活用を見据えた協業にも取り組んでいます。

河野さん:企業がスタートアップ、特にディープテック・スタートアップとの協業を検討する際に、いきなりQunaSysのような専門性の高い企業に連携を依頼するのは、ハードルの高さを感じる企業も多いと思います。費用面での制約に加え、社内で理解を得るために、今回のケースで言えば「計算を使うとこういうことができる」といった具体的な事例の積み重ねが必要です。

そうした初めの第一歩として、少額・小規模から試せる場所として、公設試と一緒に取り組んでもらえれば良いと思います。そこで「使えそうだな」「さらに高度なことに取り組みたいな」と感じていただければ、その先は民間企業と連携していただく。そういう意味で、公設試はスタートの支援をする役割を担っていると思っています。

また、スタートアップとの協業は公設試側にも意義があります。これはスタートアップに限らずですが、協業の中で得られる知見、今回でいえば計算の技術は、私個人ではこれまで持ち合わせていなかったものです。そうした技術を、協業を通じて学び、蓄積していくことは、将来的には他の企業への支援にもつながります。

尖った技術を持つ企業と連携することで、職員側の技術レベルが少しずつ向上すれば、公設試全体の企業支援力の向上につながると思っています。

──最後に、今後の目標について教えてください。

高椋さん、河野さん:現在の協業で行っている計算は、まだ量子コンピュータそのものは使っていないんです。現状では、既存のコンピュータでも同等の計算が可能であり、むしろそちらのほうが性能が高いという状況です。しかし今後、量子コンピュータの精度がさらに向上した際に、意味のある計算結果を導き出せるようにしたい。

「これは今のコンピュータの計算では出来ない、量子コンピュータでなければ 出来なかった!」と言いたいですね。その成果を、対外的に発表できる日が来れば、一つ大きなゴールを達成したといえるのではないかと思います。

4.取材を終えて

量子コンピュータというと、どうしても「未来の」「最先端の」技術として語られがちです。

しかし今回の取材で印象的だったのは、その未来へたどり着くまでに必要なのが、実験と評価の繰り返しや、企業文化に計算化学を根付かせる取組など、極めて地道な仕事だということでした。

スタートアップが持つ尖った技術と、公設試が持つ企業支援の機能。そして、企業が新しい技術に一歩踏み出すための“まず試してみる場”としての役割。こうした要素が組み合わさることで、先端技術が現場の言葉で語られ、社会実装の可能性を高めることができます。

公設試とスタートアップ。これまで必ずしも強く結びつけて語られてこなかった両者ですが、その協働には大きな可能性がある。今回の事例は、そのことを具体的に示してくれるものでした。


New FOCUS [地域から見える新たな視点]

経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業施策の総合的な窓口機関として年間 1,000 件以上、地域企業の実態把握や施策立案のための企業訪問を行っています。

予測困難な状況下(VUCAの時代)において、地域経済を支える中小企業・小規模事業者が「稼ぐ力」を強化するには、固定観念に縛られず新たな取組に踏み出すことが重要です。「New FOCUS」では、新たな取組を実行する関西の地域や中小企業に焦点をあて、経営者や現場から見える新たな“視点”に着目して、事例紹介を行って参ります。

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近畿経済産業局 公式note