「正しいところにレバレッジをかけないと負け戦続く」 CMU山﨑加周氏、日本のフィジカルAIに警鐘

東北大学の産学共創拠点「東北大学ZERO INSTITUTE」(宮城県仙台市)と、AI・先進技術に特化したベンチャーキャピタルのDEEPCORE(東京都文京区)は2026年10月28日、「フィジカルAI」をテーマとしたメディア向け勉強会を開催した。フィジカルAIは「身体を持ち、現実世界で知覚・判断して動くAI」のことであり、VLA(視覚・言語・行動)モデルやロボット基盤モデルの登場により、世界25億人の肉体労働市場が大きな転換期を迎えている。同イベントでは、カーネギーメロン大学(CMU)言語技術研究所(LTI)博士課程でロボット学習を研究する山﨑加周氏が自身の研究内容を紹介したほか、トークセッションで日本がこの分野でどう戦うかを議論した。

(左より)DEEPCOREの根本紘志氏、カーネギーメロン大学の山﨑加周氏、東北⼤学ZERO INSTITUTEの渡邊拓氏

山﨑氏は、CMUのカテリーナ・フラグキアダキ氏の研究室で、物理シミュレーションを応用したロボット学習を研究している。研究室が公開した物理エンジン「Genesis」を基に、現在はロボット学習基盤「Eden」の開発を率いている。ロボット開発では、人が遠隔操作でロボットを動かし、その動作を1件ずつ記録して学習データにする方法が現在の主流だ。しかし、この方法では作業者の時間とロボットの台数がデータ量の上限になる。これに対しシミュレーションでは、現実の物体の形状や質量を仮想空間に再現し、何千、何万という環境を並列に作ってロボットに試行錯誤させる。山﨑氏は「GPUなどの計算資源がある限り、スケールさせていくことができる」と話す。

同氏の研究の背景には、AIの大きな変化がある。これまでフィジカルAIには、画像と指示文を入力して動作を出力するVLAモデルが使われてきた。山﨑氏によると、2026年8月頃に登場したOpenAIの「Astra」やAnthropicの「Claude Opus 5.5」といった言語モデル系のエージェントのほうが、ロボットの課題をより多く、より賢く解けることが分かってきた。「Eden」は、こうしたエージェントが自ら使いこなせるよう、シミュレーション基盤をゼロから設計した点が特徴だ。米中では学習やデータ生成、評価にシミュレーションを取り入れる企業が増えているが、山﨑氏は「日本には、シミュレーションベースで開発を進める企業はまだ見当たらない」と指摘した。

トークセッションでは、山﨑氏とDEEPCOREディレクターの根本紘志氏が登壇し、ZERO INSTITUTE副インスティテュート長の渡邊拓氏が進行役を務めた。「シミュレーション学習はどこまで通用するのか」「フィジカルAIの主権は何で決まるのか」「日本の『現場』を強みにするには何が必要か」の3つのテーマで議論した。

シミュレーション学習がどこまで通用するかについて、山﨑氏は「シミュレーションしにくいのはロングテールの部分で、8〜9割の主なタスクは基本的にシミュレーションで解けるのではないか」と語った。ロングテールとは、稀にしか起きない特殊な状況を指す。途中で物性が変わる料理などは再現が難しい一方、ボルトを締めるような組み立て作業は意外と簡単だという。根本氏は、日本のスタートアップからは「シミュレーションしても現実では使えないという声が結構ある」と明かす。根本氏が研究所の関係者から聞いた例では、米国製の四足歩行ロボットは広い道を前提に作られていたため、道の狭い日本では壁にぶつかり使い物にならなかった。シミュレーションの環境が現場と違いすぎると、学習したロボットは役に立たないという。

山﨑氏は、シミュレーションと現実を「一度で行き来するものではなく、ループ的に回っていくもの」と捉える。仮想空間で学習させたロボットを現実に投入すると必ず差が生じ、その差を埋めるように調整して再び学習させる。このループには実際の現場が欠かせないため、「そこで日本の特殊な現場環境は使える」という。根本氏は、粉末を混ぜる作業を例に挙げた。粉末の大きさや物質によって抵抗が大きく異なり、実際にやってみて初めて分かる違いがある。材料・素材も、その応用先となる産業も日本が持っている。根本氏は「日本にしかない高品質な現場と、フィジカルAIを開発する研究者が、どの段階で一緒にやれるかがすごく大事」と話した。

では、日本はフィジカルAIにおいて、どこで勝負すべきか。山﨑氏は、AI研究で知られる「Bitter Lesson(苦い教訓)」を挙げた。人が工夫して知識を教え込むより、大規模なデータで学習させたほうが良いAIができるという考え方で、フィジカルAIでも同じことが起きるとみる。ただ、米国企業はすでに1万台規模のロボットで遠隔操作データを集めている。渡邊氏も、中国が数十万台のロボットを動かしてデータを作る中で、日本が突然数百万台のロボットを投入するのは現実的ではないと指摘した。山﨑氏は「計算機でより多くのデータを得られるシミュレーションのパラダイムに乗り換えたほうが、実際は勝ち目があるのではないか」と語った。

日本でこの研究に取り組む意義を問われ、山﨑氏は「日本はソフトウェアで負け続けてきた。現場があるだけでは絶対に勝てない。ベースとなるソフトウェアスタックを日本から出さなければならない」と答えた。日本全体でフィジカルAIへの投資が進む中、「正しいところにレバレッジをかけないと負け戦を続けることになる。シミュレーションは絶対に押さえておいたほうがいい」と訴えた。