実務家教員の求められる背景 目指すべき社会ビジョン「Society 5.0」

実務家教員の2類型

前回は、実務家教員と社会人教授について考えることで、実務家教員の固有性を検討してきた。実務家教員は、自らの実務経験を対象にするからこそ固有の研究手法(知識生成の方法)が必要になることを確認した。

筆者は実務家教員の役割として大きく2つあると考えている。ひとつは、今まさに実務の現場で使われている実践知を教えることである。もうひとつは、実務の領域においてある程度安定的に使われている実践知の構造を教えることである。

このように考えると、たとえばある実務家教員が実務の現場から離れてしまったとしても、後者の実践知の構造を伝達することはできる。この点については、のちに深く考察をしていきたい。

実務家教員を求める社会とは

そもそもなぜ、社会は実務家教員を求めることになったのだろうか。実務家教員の役割は、実務者がもっている暗黙知を形式知にして継承し、さらに理論化・体系化することによって誰もがそれを利用可能にし、生産性の向上へとつなげることである。すなわち知識の多様化というのが社会から求められていることになる。

今、私たちが生きている社会はどのような社会であろうか。例えば、人生100年時代によって私たちの健康寿命が伸びてライフキャリアプランはこれまでとは異なっている。あるいは、SDGs(持続可能な開発目標)に目が向けられ世界全体を捉える視点の重要性が謳われている。パソコンやスマートフォンを見れば情報社会のように見え、AI・自動化の動きとあいまって、人間がなすべきことは一体何かを考えさせるような社会でもある。私たちが生きている社会は、たくさんの見るべき論点がある社会であるといえる。

Society 5.0

さまざまな見るべき点がある現代社会のなかで、政府はこれから目指すべき社会像としてSociety 5.0を掲げている。Society 5.0は、2016年に策定された第5期科学技術基本計画で掲げられた社会ビジョンである。それはどんな社会ビジョンかというと、我々が抱えている社会課題を、知識を利活用することによって解決できる社会のことをいっている。

科学技術基本計画は、科学技術基本法によって4年に1度策定することが義務付けられている。したがって2020年度には、第6期科学技術・イノベーション基本計画が策定されており、そのなかでもSociety 5.0という社会像は継承されている。2020年には、科学技術基本法が改正されて科学技術イノベーション基本法となった。その結果、科学技術基本計画から科学技術・イノベーション基本計画へと変更されている。筆者はこの改正で注目すべきだと考えているのは、これまで人文社会系が除かれていたが、人文社会系が含まれるようになった点である。

Society 5.0とは、超スマート社会である。しかし、「超スマート社会」と言われてもなんだかよくわからない。第5期科学技術基本計画の本文には、「必要なもの・サービスを必要な人に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」と書かれている。このような社会像がそもそも示されたのはどのような経緯なのだろうか。

我が国は、高齢社会や人口減少など課題先進国であるといわれている。ここでの問題は、社会の担い手が少なくなることだ。より直接的な表現をいとわなければ、労働生産人口が少なくなることである。量が少なくなったら、質で補うしかない。それでは、その質とは何か。科学技術基本計画の文脈のなかでいえば、先端的な(文系理系問わず)科学技術を用いて課題解決をし社会発展をさせることが目指される。