群馬県・山本一太知事 世界で戦えるデジタル・クリエイティブ産業を生む

2期目を務める山本一太群馬県知事は、今期を「攻めの4年間」と定め、「デジタル・クリエイティブ産業」という新しい産業を育て、群馬県の経済の柱にする取組を進めている。この新たな産業は、世界での競争力を持ち、クリエイティブに関心の高い若者世代を群馬県に惹きつける力があるという。

山本 一太(群馬県知事)

2040年に向けた
群馬県の3つの近未来構想

――2期目を迎えられ、どのような県政を目指されていますか。

1期目の4年間は新型コロナ対応を中心に危機管理の連続で、一言で表すなら「守りの4年間」でした。一方で守りながらも様々な新しい試みに挑戦して、未来に繫がる道筋や実績を残すことができたと思っています。2期目は「攻めの4年間」として、県政を進めます。

まず、2024年は半年かけて、県内12の地域で「群馬県未来構想フォーラム Next Stage」を実施しました。それぞれの会場に500人ほどが集まり、知事自ら群馬県のこれまでの取組や実績、そして目指すべき未来像についてお伝えしました。本県が目指すのは、「年齢や性別、国籍、障害の有無等にかかわらず、すべての県民が、誰一人取り残されることなく、自ら思い描く人生を生き、幸福を実感できる自立分散型の社会」です。この目標のもとに、具体的な近未来構想として次の3つを掲げています。「①リトリートの聖地」、「②クリエイティブの発信源」、「③レジリエンスの拠点」。

①は、都心から近く、温泉、自然、食などに恵まれた群馬県の強みを生かした取組です。地域における旅行者の受入環境整備やコンテンツの磨き上げを支援するとともに、リトリートプランの提供や情報発信などに取り組んでいます。②は、人材育成、企業集積、ロケ誘致、最新の知見の収集等を通じてエコシステムの構築に取り組みます。③は、より災害に強いまちづくりを目指します。群馬県には関東の中で震度4以上の地震発生率が圧倒的に少ないというアドバンテージがあります。それも踏まえた上でさらに災害に強いまちづくりを進めることで、レジリエンスの拠点を構築します。この取組は企業誘致にも繋がると考え取り組んでいきます。

攻めの4年間は、特にこの3つの近未来構想の実現に取り組みます。

デジタル・クリエイティブ産業の
日本初の集積地を目指す

――県の産業の特徴と、産業振興において現在力を入れていらっしゃる施策についてお聞かせください。

群馬県の主要産業の1つに製造業があります。本県にはSUBARUのマザー工場があるため、特に自動車関連企業が集積しています。一般的に製造業は各都道府県の経済の2割程度を占めますが、本県は4割を占めており、製造業に支えられた経済構造となっています。

農畜産業も盛んです。キャベツやホウレンソウの生産量は全国1位、生乳生産量はトップ10に入っています。また、観光では日本一の温泉王国でもあります。こうした産業を今後も本県の強みとして、大事にしていきます。

一方で、製造業と並ぶくらいの新しい産業をつくりたいと考えています。それが、先ほどの3つの近未来構想の中の②に関連する産業で、「デジタル・クリエイティブ産業」と名付けました。デジタル・クリエイティブ産業とは、主にデジタル技術を活用したコンテンツ制作やデザイン、映像、ゲーム、アプリ開発など、クリエイティブな分野に特化した産業を指します。そこには、IT企業であったり、映画やアニメ、ドラマの制作に携わるエンタメ系の企業であったり、様々なプレーヤーが存在します。

この産業が目指すのは、地域の特性を生かしながら、若者の雇用創出や地域活性化を実現すること。また、デジタル技術の進展に伴い、デジタルアートやVR、ARなど新たな表現手法が広がっているため、これらを取り入れた新しいビジネスモデルの構築も含まれます。地域の文化や資源を生かしつつ、全国的または国際的な競争力を持つ産業の育成を目指しています。デジタル・クリエイティブ産業の育成は、その他の既存の産業(製造業や農業や観光業等)の生産性の向上にも繋がると考えています。

このような日本初のデジタル・クリエイティブ産業の集積を群馬県につくろうと考えています。

産業を集積するためには、さまざまな企業の誘致を進める必要があります。現在進めているのは、映画ロケの誘致です。東宝・東映・松竹・Netflixのトップと会談して、本県が映画のロケにいかに適しているか、ロケに対する支援策なども打ち出しながらアピールしています。

東京からのアクセスが良く、豊かな自然に恵まれ、災害も少ない群馬県では、安定した環境でロケ撮影が可能。群馬県は「ぐんまフィルムコミッション」を設立し、映画・ドラマ・テレビ番組等の撮影について、県内ロケ地の紹介や案内、撮影支援を行っている

さらに、クリエイターに群馬県で仕事をしたいと思ってもらえるような環境整備も進めています。本県最大のメリットは東京に近いということです。いざという時はすぐに東京に行くことができます。東京に近いのに広大な土地があり、日照時間も長い(全国3位)。物価は安く生活環境も良い。群馬県でロケをして、編集をし、映像を完成させて発信するエコシステムを構築したいと考えています。群馬県から1つでもシリーズ化されるようなヒット作が生まれれば、エコシステムが回り始めるはずです。

「tsukurun」や「TUMO」で
デジタルクリエイティブ人材育成

――企業等の誘致とともに、人材の育成にも注力されているようですね。

2022年3月に、「tsukurun(ツクルン)」というデジタルクリエイティブに特化した人材育成拠点をつくりました。この施設は最先端のデジタル機材やソフトウェアを備えており、群馬県に在住、または在学の小中高生は全て無料で使うことができ、子どもたちに大変好評です。様々なイベントや作品コンテストなども行っています。そこからプログラミングの全国大会で優勝するような人材も誕生しており、将来が非常に楽しみです。

2022年3月に開設したデジタルクリエイティブ特化の人材育成拠点「tsukurun」

もともと本県は、子どもたちの非認知能力開発・育成では全国で先頭に立っています。子どもたちの能力は千差万別です。勉強やスポーツが苦手でもアニメ制作や映像制作、プログラミングなどの能力が高い子どもたちもいます。そうした子どもたちにとって、tsukurunが登竜門になればいいなと思っています。

さらに高度な仕組みの導入も進めています。アルメニアの中高生向け教育機関TUMOセンターを高崎市に誘致して、「TUMO Gunma」を開設する予定です。TUMO Gunmaは中高生が無料で利用できるデジタルクリエイティブ人材育成施設で、アジアで初めてTUMOセンターの育成プログラムが導入されます。我々はこれを「放課後ミライ革命」と呼んでいます。

中高生のためのデジタルクリエイティブ人材育成施設「TUMO Gunma」のイメージ(左)と、告知ポスター(右)

tsukurunやTUMOで育ったデジタルクリエイティブ人材が、群馬県のデジタル・クリエイティブ産業を支えるようなエコシステムを構築していきたいと思っています。

世界での競争力を高めれば
既存産業の強化にもつながる

――デジタル・クリエイティブ産業の育成は、人口流出対策にもつながるでしょうか。

北関東は若者が定着しにくい傾向にあります。特に若い女性が定着しません。デジタル・クリエイティブ産業は、若者を群馬県に惹きつける作用があると思っています。また、デジタル・クリエイティブ産業は非常に競争力が高いことから、作り出される作品は世界でも勝負できるものになるはずです。さらには、既存産業のレベル向上にもつながっていく、そういうサイクルもつくりたいと思っています。

エンターテイメント市場は莫大です。映画1本で何百億円も稼ぐケースはたくさんあります。そういう、世界で通用する作品をつくる人材を育成するために、海外の力も借りようと思っています。イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートという世界最高峰の美術系大学院と人材育成で連携するため、イギリスへ出張した際に副学長と面談を行いました。また、ジョージ・ルーカス氏を輩出した南カリフォルニア大学映画芸術学部と人材交流を通して、さまざまな知恵を借りたいと考えています。群馬県の未来は世界にあると思っています。世界に打って出るのにデジタルクリエイティブはぴったりなのです。

もう1点、世界の潮流は、環境と経済の両立です。「ドーナツ経済」の著者で経済学者のケイト・ラワース氏は、地球環境を破壊するような経済成長ではいけないと言っています。ほかの産業と同様にデジタル・クリエイティブ産業も電気を必要としますが、既存産業と比較すると環境負荷が少ない部分もあります。また、群馬県は水力発電の割合が多く、これから開発するバイオマスや温泉熱などの再生可能エネルギーも組み合わせて必要な電力を賄うことで、ドーナツ経済学の考え方にも沿った経済成長が可能になると考えています。

県庁をフラットな組織に
若手職員も知事や上司と議論

―――知事は、県庁の改革にも積極的に取り組まれているようですね。

県庁内の組織のフラット化に取り組んでいます。フラットな組織とは、若手職員でも上司や知事とも、気を遣わずに遠慮なく議論ができるような雰囲気の組織です。幸いなことに群馬県庁は、優秀な若手人材が集まっています。それを今以上に人気の職場にして、群馬県で一番就職したいのは県庁だと言われるようにしたいと思っています。

そのために、面白いキャリアパスを整備しています。例えば、米国インディアナ州は本県と「友好交流及び相互協力に関する覚書」を締結しています。そこでインディアナ大学に職員を送りました。派遣期間は2年間なので学位を取得できます。他にも、海外の優良企業で他流試合をするためにインターンとして派遣することも考えています。こうした機会を与えることで、職員が生き甲斐と思えるようなキャリアパスをつくりたいと思っています。

若手職員のアイデアを聞く、プレゼンテーションの場も設けています。最近では若手職員以外の職員も参入するほど活況を呈しています。これは本県が目指すフラットな組織を表す象徴的な場だと言えるでしょう。知事と2人の副知事、主要な部局の部長、各部局から手を挙げた職員が参加して、6時間ほど議論を行います。この時のルールは、どのようなプレゼンテーションでも最初から「ノー」と言わないこと。最初から知事や副知事を含めて、活発に議論を交わします。このプレゼンテーションの会から実際に事業が生まれています。若手職員のレベルも毎年上がってきています。

若手人材の育成ということで言えば、本県では10人の高校生たちが、知事の相談役としてさまざまな提案やアドバイスをする「リバースメンター」として活躍しています。彼らの提言をきっかけにショッピングモールで子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の接種を行いました。このように、若い人たちの意見がちゃんと形になっています。

クリエイティブな暮らしを
したい人は、群馬に来てほしい

――最後に、知事として今後力を入れていきたいことや、未来のビジョンについてお聞かせください。

クリエイティブは、これからのキーワードになると思っています。これは私が勝手に言っているのですが、群馬県のキャッチコピーは「クリエイティブな人生」と書いて「クリエイティブなくらし」と読むのがいいなと思っています。クリエイティブな暮らしをしたいと考える人たちに、群馬県に来ていただきたい。群馬県は「2023年移住希望地ランキング」でも、過去最高の全国2位まで上がってきました。これは嬉しい衝撃でした。

この5年間、知事として様々な施策に取り組んできましたが、知事の役目を一言で示すと「スピリチュアルリーダー」だと思います。「こういう方向でいきましょう」と県民の気持ちをまとめ、行動変容を促す。それが知事のミッションです。行動変容を起こす方法は2つしかありません。1つは得をさせる。もう1つは面白いと思わせる。私は、世の中はエンタメで動いていると思っています。

メディアビジネスは今、転換点を迎えています。今や、テレビよりもポッドキャストの影響力が大きくなっている。メディアビジネスはどんどん変わっているのです。何が世の中を動かしているのか、知事はしっかり把握しておかなければいけないと思っています。

 

山本 一太(やまもと・いちた)
群馬県知事