「運ぶを最適化する」Hacobu 佐々木太郎社長が描く物流インフラ革新への構想
50兆円規模の企業間物流市場では、今も年間数万件のFAXが飛び交い、トラックドライバーは平均1時間28分の待機を強いられ、トラックの積載効率は40%に満たない。この物流インフラの課題を、デジタルの力で革新しようと挑むのがHacobu代表取締役社長CEOの佐々木太郎氏だ。「運ぶを最適化する」というミッションを掲げ、物流業界の構造的課題の解決に挑む同社の10年にわたる軌跡と、これからの構想を聞いた。

物流DXプラットフォーム「MOVO」が変える物流の未来
株式会社Hacobuは現在、物流DXプラットフォーム「MOVO(ムーボ)」シリーズを展開し、数多くの企業の物流デジタル化を支援している。中核サービスであるトラック予約受付サービス「MOVO Berth」は、倉庫でのトラック待機時間を大幅に削減し、入荷予約システム分野で5年連続シェアNo.1を獲得。配送案件管理サービス「MOVO Vista」など、物流の各工程をデジタル化するサービス群で、業界の構造改革を推進している。
しかし、この革新的なプラットフォームが生まれるまでには、幾多の試行錯誤があった。佐々木氏が物流業界に飛び込んだ10年前、誰もがこの巨大なアナログ市場のデジタル化は困難だと考えていた。
社会課題解決に資する事業へ 3度目の起業で見つけた使命
佐々木氏のキャリアは、アクセンチュアでのコンサルタント経験から始まる。その後、米国留学を経て日本に帰国し、起業の道を歩み始めた。
「2回の起業を経て、フリーランスのコンサルタントとしてプロジェクトに参画していた時期がありました」と佐々木氏は振り返る。
転機となったのは、物流改革プロジェクトへの参画だった。物流費削減という課題に取り組む中で、佐々木氏は初めて企業間物流の現場を目の当たりにした。
「それまで物流における課題といえば宅配便のようなラストワンマイルのイメージでした。ところが実際の現場では、巨大なトラックが倉庫間を行き来し、電話・FAX・紙帳票で動いている。このインフラには大きな革新の可能性があると直感しました」。
しかし、すぐに物流事業に取り組んだわけではない。佐々木氏が本格的に物流の課題解決を決意したきっかけは、株式会社アスクルの創業者で初代代表取締役社長を務めた岩田彰一郎氏(現・Hacobu社外取締役)からの「大義のあることをやりなさい」という言葉だった。
「これまでの起業は『あったら便利』というNice to Haveのビジネスでした。でも物流は違う。これはMust Have、社会に不可欠なインフラです。ここに人生を賭ける価値があると確信しました」。
現場から生まれた発想 アナログからデジタルプラットフォームへ
2015年にHacobuを創業した佐々木氏だが、最初から明確な道筋が見えていたわけではなかった。積載効率向上のヒントを探る中で出会ったのが、貨物利用運送事業者の存在だった。
台東区にある事業者を訪問した際の光景は、佐々木氏に強烈な印象を残した。
「複数のスタッフが電話で荷物と車両のマッチングを行っていました。どのようにやっているのかを聞いたら『私たちの頭の中に、どこの運送会社のどの車両がいつどこを走っているか、全部入っている』と。驚きと同時に、これをデータベース化すれば革新的な効率化ができるはずだと考えました」。
当初は、国土交通省認定のデジタルタコグラフを開発し、トラックに搭載、GPSから位置情報を収集する構想だった。しかし、既存企業による堅固な市場構造やハードウェアベンチャーとしての課題に直面し、新たな方向性を模索することになった。
転機は2016年、200社の荷主企業を集めたセミナーだった。ある大手企業から「トラックの入荷予約をFAXから電子化したい」という要望が出た。
「この瞬間、プラットフォーム化への道筋が見えました。大手小売業がトラック予約受付サービスを導入すれば、納品するサプライヤーも必然的に使うことになる。複数の大手企業が採用すれば、そこに膨大な企業間ネットワークが自然に構築されるんです」。
そして、このトラック予約受付サービス「MOVO Berth」こそが、物流プラットフォームを一気に拡大させるキラーコンテンツになると確信した。佐々木氏はこの戦略を「ファミコン理論」と呼ぶ。
「ファミコンというゲーム機が爆発的に普及したのは、スーパーマリオという誰もが遊びたくなるキラーコンテンツがあったから。プラットフォームビジネスの本質はここにあります。MOVO Berthは、トラックの待機時間を削減し、荷主にとっても運送会社にとっても必須のサービス。これが物流領域のスーパーマリオとなり、我々のプラットフォームを一気に拡大させる起爆剤になると確信しました」。
実際、この読みは的中した。MOVO Berthを導入した大手企業に納品する数百社のサプライヤーが次々とプラットフォームに参加。そこから生まれるネットワーク効果が、さらなる企業の参加を促すという好循環が生まれている。
MOVOが創出する価値 業界全体の最適化へ
Hacobuが目指すのは、単なる業務効率化ツールの提供ではない。ラストワンマイルだけでなく、企業間物流全体の構造的な課題を解決し、新たな価値を創造することだ。
「物流には荷主、物流事業者、運送会社など様々なステークホルダーが関わります。情報がFAXや電話で分断されているため、各社が部分最適に陥ってしまう。全体で協働すべきなのに、結果として業界全体が非効率になっているのです」。
この課題を解決する鍵は、情報共有を可能にするデジタルプラットフォームの構築にある。佐々木氏は、成功したプラットフォームに共通する3つの要素を挙げる。
「クラウドの仕組み、多くの人が持つ共通ID、そしてデータベースへのデータ蓄積。この3つを物流領域で実現することが、我々のミッションです」。
MOVO Berthが入荷予約システムとして5年連続シェアNo.1を獲得できた理由について、佐々木氏は独自の視点を示す。
「他社は入荷予約システム単体では大きな収益にならないと判断していました。でも我々は違う。これはプラットフォーム構築への第一歩であり、そこから蓄積される物流ビッグデータこそが、業界全体の革新を可能にすると信じて投資を続けました」。
物流改革の追い風 歴史的転換点を捉える
2024年、物流は大きな転換点を迎えた。トラックドライバーの労働時間規制強化により、輸送能力の不足が顕在化。いわゆる「2024年問題」だ。
「物流という言葉がメディアに出ることはほとんどなかった2014年の創業時と比べて、環境は劇的に変わりました。昨年の通常国会では物流関連二法が改正され、今年はトラック新法で多重下請け構造の解消が図られています」。
2026年には、年間貨物取扱量9万トン以上の大手荷主企業にCLO(物流統括責任者)の設置が義務付けられる。この一連の法改正について、佐々木氏は「すべてが我々にとって追い風」と前向きに語る。
「これらの法改正も我々のビジネスを強力に後押ししています。後から振り返れば、2024-2025年がこのインフラを大きく変える歴史的転換点だったと言われるはずです」。
佐々木氏は、単にツール提供に留まらず、物流を経営課題、さらには社会課題として広く浸透させるための取り組みにも力を入れている。主要ターミナル駅での広告展開もその一環だ。
「物流が経営の重要な要素であるという認識を持ってもらいたい。同時に、社会全体で物流の重要性を理解してもらう必要があります」。
2030年への壮大な構想 大義を実現する組織づくり
Hacobuは2030年に「物流情報プラットフォーム」の完成を目指している。しかし佐々木氏は、これも「通過点に過ぎない」と語る。
「プラットフォームができれば、さらに解決すべき課題が見えてくる。その課題解決が新たな事業になっていく。2030年には、複数の革新的な事業がそれぞれ立ち上がっている姿を描いています」。
この構想を実現するために最も重要なのが人材だ。佐々木氏は、社員に対して「経営を担える人材になってほしい」と大きな期待を寄せる。
「各事業に経営チームが必要になります。そのためには意思決定の量と質を高めていく必要がある。戦略を考える力を養うため、実際のケースを使った実践的な研修も行っています」。
組織文化の醸成にも力を入れる。7つあるバリューの中に、「Think Outside the Box(思い込みを、とっぱらおう)」と「Creative dialogue("正・反・合"で、対話しよう)」という考え方がある。
「当たり前を疑う姿勢と、正反合による建設的な議論。これらのスキルが、変わらなかったインフラを変革するための必須要素です」。
変化を楽しむ 進化し続けるプラットフォーマーへ
10年前、誰も注目していなかった物流のデジタル化。佐々木氏は「大義」を胸に、この領域で革新を続けてきた。
「3度の起業を通じて実感したのは、社会課題を解決したいという思いで大義を語り起業をすると、応援してくれる人の質と量が全く変わるということ。どういう大義で事業を起こすかが、成功への最も重要な要素だと実感しています」。
2030年、そして2035年に向けて、物流はさらなる変革期を迎える。自動運転の実用化、AI活用の本格化など、技術革新も加速するだろう。
「自動運転が本格化するのは2035年頃と見ています。それまでに、デジタルツインで物流ネットワークを可視化し、最適化を実現できる革新的な世界を創造していきます」。
佐々木氏の挑戦は、一企業の成長物語に留まらない。日本の産業インフラそのものを、デジタルの力で再構築する壮大な構想だ。「運ぶを最適化する」というミッションのもと、Hacobuは物流の輝かしい未来を切り拓いていく。

- 佐々木 太郎(ささき・たろう)氏
- 株式会社Hacobu 代表取締役社長CEO