栃木県・福田富一知事 官民連携で少子化反転を目指す
人口減少や産業構造の変化などの課題に近年直面している栃木県。人口減少・少子化問題の克服に最優先で取り組みつつ、DXや、ものづくり県としての強みを活かした新産業の育成など、多岐にわたる政策に取り組んでいる。6期目を務める福田富一知事に、栃木県の今後のビジョンを聞いた。
福田 富一(栃木県知事)
喫緊の課題は人口減少
子育ての喜びを実感できる社会へ
――2025年度に最終年度を迎える重点戦略「とちぎ未来創造プラン」のこれまでの成果や課題についてお聞かせください。
「とちぎ未来創造プラン」では、18のプロジェクトに取り組んできました。そのうち17プロジェクトは概ね順調に進んでいますが、人材育成戦略の「とちぎの未来を担う人材育成プロジェクト」のみ、進捗がやや遅れています。学力向上に向けた取組やDXによる教育の質の向上が課題と考えており、2025年度にはCBTを活用した学力定着プログラムの構築や英語教育の強化に取り組みます。
人材育成戦略では、「笑顔輝く子ども・子育て支援プロジェクト」にも取り組み、概ね順調に進んでいますが、合計特殊出生率は依然として低いままです。2024年度は、結婚、妊娠・出産、子育て支援の総合的かつ効果的な推進を図ろうと、栃木県こども未来推進本部を設置して「とちぎ少子化対策緊急プロジェクト」を推進してきました。
2025年度の早期に官民連携による栃木県人口未来会議を立ち上げ、市町、関係団体、民間企業等と認識の共有を図り、結婚支援の充実や子育て環境の整備、働き方改革の推進などに全県一丸となって取り組みます。
――現在、子育て支援の総合計画「栃木県こどもまんなか推進プラン(案)」の策定も進められていますね。
このプランでは、すべての子どもや若者が健やかに成長して幸せな生活を送り、希望に応じた結婚、妊娠・出産ができ、子育ての喜びを実感できる社会の実現を目指しています。具体的には、子どもや若者の人格の尊重や、社会参画、意見表明の機会を創出する取組を行います。子育てへのポジティブな意識を醸成し、「喜びのある子育て」をキーワードとして、結婚、妊娠・出産、子育てと切れ目のない支援を行っていきます。

栃木県は2024年12月、県の子育て施策の新たなキャッチフレーズ「こどもぎゅーっとちぎ」を発表
移住施策と少子化対策を
連携した取組に注力
――栃木県は移住先としても人気のようですが、どのような施策に注力されていますか。
東京のふるさと回帰支援センターにおける本県への移住相談件数と、移住支援金の支給件数は、ともに全国3位です。県外に本社を持つ企業が栃木県内に工場や研究所を立地した件数は、直近の発表では全国2位でした。
さらに本県が選ばれるようになるには、教育力の向上が必須だと考えています。私が知事に就任した当時の、全国学力・学習状況調査では、全国最下位クラスの教科もありました。そういう地域は、子どもの教育を考えると移住先には選ばれません。逆に、学力が高ければ高いほど移住先として選ばれる可能性は高まります。そういうこともあって、10年以上とちぎっ子学力アッププロジェクトに取り組み、2024年度の調査では、ほとんどの教科で全国平均を上回りました。
2025年度は、小・中学校では、CBTを活用した学力定着プログラムを構築し、新たな学力向上に向けた取組を推進します。英語教育では、話す能力が向上するAI学習アプリを導入した実践的な取組を行います。さらに、高等学校では、研究校を指定して国際社会で活躍できる人材の育成にも注力します。
また、移住施策と少子化対策を連携した取組にも注力します。本県は男性の比率が高く、世界的なものづくり企業で働くエンジニアや研究職の独身男性がたくさんいます。現在、首都圏在住の女性を対象に、プロモーションやバスツアーを展開していますが、2025年度からは移住と結婚支援を連携させた取組を始めます。本県の結婚支援センターのマッチングサービスを充実させるなど、県が出会いの場を提供して縁結びの役割を担います。さらに、子育ての喜びを㏚する取組や、将来の妊娠・出産のための健康づくりであるプレコンセプションケアなどにも取り組み、中長期的な視点で少子化トレンドの反転を目指します。
ものづくり産業を躍進させる
「戦略3産業」と「未来3技術」
――県の既存産業の振興においては、現在どのような施策に注力されていますか。
本県では、自動車産業、航空宇宙産業、医療福祉機器産業を、ものづくりの「戦略3産業」と位置付けて重点的な支援を行っています。また、①AI・IoT・ロボット、②光学、③環境・新素材を「未来3技術」として、新技術・新製品の開発、戦略3産業等への活用を促し、ものづくり県としてのさらなる発展を目指しています。
本県では、企業の新技術・新製品の開発や、人材育成、販路拡大、産官学金連携への支援などを行うほか、中小企業の脱炭素化促進、ものづくり産業における経済安全保障対応促進、AI技術等によるスマートファクトリー化促進などの支援も行っています。
総務省・経済産業省による「2023年経済構造実態調査」では、本県の製造品出荷額等は約9兆5千億円と、本県の過去最高額となりました。今後さらなる飛躍を遂げるために、優れた技術を持つ産業集積の強みを活かした施策を展開し、栃木を牽引する新たな産業の育成を進めます。
また、2025年度は、新たなイノベーション創出につながる中堅・中小企業やスタートアップ企業と大学等との連携構築支援や、半導体や宇宙産業など今後成長が期待される分野への新規参入や競争力強化に向けた支援にも注力します。
農業を観光資源に
インバウンドに人気の「農泊」
――栃木県は2023年の農業産出額は全国10位と、農業も盛んです。農業のさらなる競争力強化に向けた戦略や、今後の方針についてお聞かせください。
栃本県では、県内外からの人材の呼び込み、稼げる農業の展開とともに、活力ある農村づくりを進めています。このため、将来を担う農業者の確保・育成に向けて、若手農業者の活躍する姿の発信や、個々の就農ニーズに応じた柔軟かつ多様なオーダーメイド型の就農支援に取り組んでいるところです。
新年度はスマート農業の推進拠点を立ちあげる予定です。併せて、スマート農業に適したいちごや水稲など主力品目の新品種や新技術の開発・実証を行うとともに、最先端技術を取り入れた園芸団地の創出を支援します。また、本県の特産品であるナシ「にっこり」や、いちご「とちあいか」「スカイベリー」などの知的財産の活用を図りながら、販路拡大を目指します。本県は都心から近いため、鮮度の良さを強みに首都圏を中心とした有利販売を推進するほか、海外に向けたプロモーションを展開し、輸出にもつなげていきたいと思います。
農村の活性化については、大田原市では、農村に宿泊する「農泊」がインバウンドに人気となっています。これを全県に拡大していきたいと考えているのですが、外国人観光客にどのような食事を出せばよいのか、宿泊してもらうのにどのような準備をすればよいかなど、農村の方々にはハードルが高いようです。
しかし、実際に農泊を行っている農家の話を聞くと、日本ならではの家屋に泊まり、農家の方々が普段食べているものを一緒に食べることこそが、外国人観光客の求めていることで、農家の方々の参入ハードルはかなり低いことがわかりました。また、農泊を体験した東京の男子中学生は、農家の食卓には食べたことがないものが出てきて印象に残った、農家の食事は美味しいと話していました。こうした地域資源を磨き上げ、新たなビジネスを生み出し、農村の稼ぐ力の強化を図っていきたいと思います。
左/最先端技術を取り入れたスマート農業団地のイメージ 右/栃木県の主要農産物の1つであるいちご。生産量は56年連続全国1位
半導体・蓄電池・宇宙産業
将来有望な産業の集積に注力
――新たな成長産業の創出や、スタートアップ支援ではどのような施策に取り組まれていますか。
2024年3月に半導体・蓄電池産業などの新たな成長産業の集積等に向け た取組方針を策定しました。この方針では、①誘致と定着強化、②技術開発と販路開拓支援、③人材確保と育成の3つを柱に据えています。
県内の半導体関連企業には、2024年度から技術開発やサプライチェーンの強靭化に向けた生産設備導入に対する助成や、展示商談会への共同出展による販路拡大支援などを行っています。また、半導体・蓄電池関連企業の企業立地補助金限度額を30億円から国内最大規模にあたる70億円に引き上げました。今後は県内の大学や半導体関連企業と連携しながら、人材の確保・育成への支援にも努めていきます。
2024年3月、半導体・蓄電池産業などの新たな成長産業の集積等に向け、取組方針を策定
また、県内には優れた技術を持つ航空宇宙関連企業も集積しています。特に宇宙分野は今後の我が国の経済を担う産業の一つとして期待されており、宇宙デブリの発生を防止する装置開発等の事業を行うスタートアップなど、海外から引き合いがくるような企業も本県から生まれています。
県ではこれまで人工衛星など宇宙機器産業への参入支援等ハード面での取組を進めてきましたが、2025年度はとちぎスペース・イノベーション事業を立ち上げ、衛星データ利活用等の宇宙ソリューション産業に係る関連企業の掘り起こしや衛星データ利活用等について学ぶワークショップを開催するなど、ソフト面からのアプローチも行っていく予定です。県外の方からの参加も受け入れるので、県内企業との交流から新しい技術が生まれるなど、技術力の底上げにつながればと期待しています。
県庁DXで、2025年度中に
800の手続きをキャッシュレス化
――これまでの行政・産業のDXへの取組や、今後の戦略についてお聞かせください。
県庁内のDXでは、例えば窓口での納税証明などの交付、職員採用試験の受験申込などに電子申請システムの導入を拡充しています。会計業務では、2024年10月から収入証紙対象手続きにキャッシュレス決済を段階的に導入し、2025年度中には約800の手続きが、キャッシュレス決済に対応する予定です。多様な支払方法を可能にし、利用者の利便性を向上させるとともに事務の効率化を図ります。
2024年度は電子データによる契約書のやり取りを行う電子契約システム等を本格的に導入しました。2025年度からは財務会計に関する疑問を効果的に解決するICTツールも導入し、事務作業を効率化していきます。
市町のDX推進の支援では、各市町にアドバイザーを派遣して、それぞれの市町のニーズに沿った伴走支援を行っています。
産業分野への支援では、とちぎビジネスAIセンターを拠点として、県内企業のAIやIOT導入や利活用促進、人材育成、スマートファクトリー化支援などに取り組み、本県産業の力強い成長に向け、DXをさらに進めていきたいと思います。
県全体では、2024年4月に栃木県デジタル社会形成推進条例を施行しました。この条例では、誰もが便利で快適に暮らし続けることができる地域社会の実現を目指しています。その1つがスマートシティの取組です。具体的には、データ連携基盤を整備し、2025年度からGISを活用して道路や河川などのインフラ情報、空き家情報、防災情報などを一元的に提供できる仕組みを構築し、県民が必要とする情報をいつでもどこからでも入手できるような環境を整備します。
5つの柱に基づく施策を
次期プランに盛り込む
――最後に、栃木県の今後のビジョンを改めてお聞かせください。
2024年度は、「とちぎの挑戦2024」という政策集を公表しました。その中で、少子化トレンドの反転や、女性・若者の活躍促進など、5つの柱を掲げています。いずれの柱も本県の未来創生に欠かすことのできないものです。5つの柱に基づく施策を2026年からスタートする次期プランにも盛り込みたいと考えています。
2025年度は、人口減少・少子化問題の克服に最優先で取り組みます。女性や若者のさらなる活躍推進のために、2025年度早々、女性活躍推進フェローを任命します。また、栃木県人口未来会議を立ち上げ、議論したことをプランに反映させていきます。可能なものから速やかに着手し、スピード感をもって取り組み、しっかり緒に就けて事業化への道筋を描いていきたいと思います。

- 福田 富一(ふくだ・とみかず)
- 栃木県知事