行政DX推進人材の確保と育成 変化に対応できる人と組織が重要

現代は、変わりやすく不確実で複雑、曖昧な「VUCA(ブーカ)」の時代といわれる。このような時代における行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)では、ユーザーを中心に、予測不能な変化にも対応し続けられる人・組織づくりが最重要課題となる。

狩野 英司 一般社団法人行政情報システム研究所主席研究員

VUCA時代の行政DXで
重要な人と組織づくり

行政を取り巻く様々な課題には、まずグローバル化やデジタル化のような環境変化の加速がある。一方、地域レベルでは少子高齢化や人口流出、財政のひっ迫などが進み、行政の持続可能性リスクは増大している。他方で、スマートフォンやインターネットを通じた便利なサービスが人々の生活に浸透する中、住民による行政サービスへの期待値は上がっている。

「現在は『VUCAの時代』といわれ、VUCAは変わりやすく不確実で複雑、曖昧な状況の変化を意味します。変化の影響をまず受けるのは住民や企業で、行政はそれらの影響にいかに向き合っていくかが問われます。そして行政のDXでは、ユーザーを中心に、予測不能な変化に対応し続けられる人や組織をつくることが最も重要な課題になります」。一般社団法人行政情報システム研究所主席研究員の狩野英司氏は、こう指摘する。

図1 全職員が参加するDXに向けて

全ての職員にDXへの参加の機会を与えるために、人づくり・組織づくりの2つの面で必要な施策があり、それぞれが密接に関係している

 

人づくりでは、DX推進人材の確保や育成、デジタルリテラシーの向上、デジタル格差の解消が課題となる。組織づくりでは、DX推進の中核集団形成、全庁的な合意・協力体制、組織文化の変革が求められるという。

図2 組織文化を変えるために

組織文化・マインドセットの変化はゆっくりと進む。変化を加速するための方策が必要だ

 

DX推進人材の育成と
外部専門人材の登用

DX推進に必要となる知識は、改革と活用という2つの側面に大きく分けられる。「改革にはICT改革のほか、業務改革や人材組織開発が含まれます。活用にはデザイン思考、データ活用、デジタル技術の活用があり、それらの前提となるDXの意義への理解も求められます」。

例えば、ICT改革の具体的な取り組みには、オンライン化やペーパーレス化、テレワークがある。また、人材組織改革では、DX推進組織に所属していなくてもポテンシャルを持つ人材もいるため、それらの人材にいかに活躍の場を提供するかも課題となる。他方ですべての職員に必要なデジタルリテラシーもあり、そこではデジタル技術への理解やデジタルサービス活用の実体験が求められる。

「DX推進人材はDXを自らのイニシアティブで推進できる人材で、デジタルの専門人材に限りません。またDX推進人材は組織内での役割に応じて異なる素養や能力が必要になります。その役割は大きく、チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)、デジタル化推進組織のリーダー層、業務部門のリーダー層、一般職員層に分けられます」。

CDOは全体の戦略立案や統括を行うため、専門的な知見や組織マネジメントの視点のような素養・能力を持つ人物がふさわしい。また、デジタル化推進組織のリーダー層は全庁的にデジタル化を進める役割を担い、業務部門のリーダー層はデジタル技術を活用して現場の課題を解決する。このため、リーダー層ではITプロジェクトの経験・知識やデジタルリテラシーが重要になる。さらに一般職員層には、デジタルリテラシーとデジタルの受容が求められる。

これらの人材では外部からの登用が必要になることもあるが、中長期的に職員を育成することも大切だ。その育成では、例えば、リーダー層には実際のプロジェクトでの伴走型アドバイスが、一般職員層では集合研修やオンライン学習、利用体験が重要になる。

また、人材育成の1つの方法である研修では、基礎知識習得には動画研修が効率的で、意識変革に向けては集合研修も有効になる。そしてスキル獲得では、座学に加えてグループワークも効果的で、ノウハウ獲得ではプロジェクト伴走型のOJTが注目される。また、必要に応じてデジタルが苦手な職員に、体験的な研修を行うことも大切だ。

外部の専門人材では、最適な登用方法(契約形態)は活用目的によって異なる。正職員として採用する場合は基幹人材とし、高度な専門人材にはアドバイザーとして参画してもらうことも考えられる。外部人材の活用では、まず採用の目的を明確化することが大切で、その際、過剰な期待をしないこと、外部人材のキャリアパスにも配慮することが重要だ。企業からの人材派遣では企業のメリットも尊重する必要がある。

ユーザーを中心に柔軟な
試行錯誤ができる組織に

DXに向けた組織変革では、まず改革の推進に必要となる組織機能として企画立案・実行、協力・合意形成をどのように作っていくかが論点となる。企画立案・実行に向けて近年、多くの自治体で行われているのはDX推進の担当部門設置だ。また、協力・合意形成では全庁的なDXの推進体制を部門横断で構築し、トップに市長が就任する例もある。

他方で、狩野氏によれば、より大切なのは質的変化で、組織の変革を中からどう進めるかだという。「従来のような静的・ヒエラルキー型の組織では、世の中の変化に十分対応するのは困難です。今後はユーザーを中心に、オープンかつ柔軟にトライ&エラーできる組織が求められます」。

また、今後の行政ではプロジェクトの進め方でも運営方法が変化する。DXの推進では、プロジェクト・ファシリテーションの観点がより重要で、そこでは人を協働、自走させ、最終的に価値を生み出すことが求められる。このような組織の文化やマインドセットは簡単にはできず、中長期的な取り組みが必要になる。

民間企業では、抜本的なトランスフォーメーションを行なった北國銀行の事例がある。北國銀行では銀行業務からコンサルティング業務へ完全に軸足を移し、審査部門の廃止や店舗の統廃合を進めた。さらにシステム開発の内製化や人事考課制度の廃止、給与制度の抜本的な改正なども行い、大規模な変革を実現させた。社内では事前に数年に及ぶ議論を行い、コンセンサスを通じて変革に到達したという。

「北国銀行の変革のきっかけは、ユーザー調査で満足度の低さが明らかになったことです。そこでリカレント教育を進め、ユーザーへの理解を徹底し、変わり続けることにも徹底的に慣れさせました。そして対話を積み重ね、意思決定を透明化したそうです。行政のDXでも最も大切なことは、ユーザーを中心に予測不能な変化に対応し続けられる人と組織を作ることです」。