岐阜県揖斐川町 林業DXで従事者の安全と業務効率化の実現へ

山間部にある林業現場では、通信環境の悪さが作業員の安全確保や生産性向上の妨げとなっていた。この課題を解決するべく、大垣共立銀行を主幹事としたコンソーシアムを組み、NTTコミュニケーションズや揖斐郡森林組合、その他団体の協力のもと「林業不感地帯解消実証事業」を行っている。

左より、野原 義弘(揖斐郡森林組合 参事)、
寺田 啓起(揖斐郡森林組合 業務課長)

事故の連絡や情報共有に
片道30分かかる電波不感地帯

岐阜県の最西部に位置する揖斐川町は、伊吹山、金糞岳などの緑豊かな山岳部、揖斐川とその支流、渓谷、滝、池などの自然環境に恵まれている。森林率は約91%に達し、林業も盛んだが、その労働環境については複数の課題を抱えていた。

「作業現場は、山間部などのモバイル電波が届かない電波不感地帯であることが多く、けがや遭難などの事故発生時に外部へ連絡する手段がないことから、安全確保の必要性に迫られていました。また、機材故障などのトラブル発生時においても、通信可能な環境下まで車で片道30分以上かかってしまうなど、効率の悪さや低生産性を解消する必要もありました」と、揖斐郡森林組合の野原義弘参事は説明する。

2024年11月から12月にかけて、揖斐川町で実証実験「林業不感地帯解消実証事業」が実施された。その狙いは、電波不感地帯となっている作業現場のネットワーク化、および外部との連絡を可能とするコミュニケーションツールの導入により、就業環境改善の検証を行うことだ。同組合が実験フィールドを提供するとともに、利用者である森林技術職員と事務所職員からヒアリングを行い、効果や課題を抽出した。

ネットワークエリアの構築には、衛星ブロードバンドサービス「Starlink」やモバイル回線、IoT向け無線LAN「Wi-Fi HaLow」を活用。この際、マルチ無線プロアクティブ制御技術「Cradio®」を用い、地形データや周囲の無線電波状況をもとに最適なネットワーク端末の配置場所を自動で導出することで、簡易に最適なネットワークを整備し、安定した通信環境を構築することができた(図)。

図 林業不感地帯解消実証事業での実証実験のイメージ

出典:大垣共立銀行、NTTコミュニケーションズ

さらに、トランシーバーアプリ「BONX WORK」を使用し、音声通話に加えて写真共有を含むテキストチャットによって、現場と外部とで連絡が取れるようにした。

コミュニケーションに奇跡
DXの前に訪れる変化

実証実験中には重機が故障する事案もあったが、現場から即座に事務所に連絡が入り、迅速な対応ができた。トラブルに至る前に、現場の画像を事務所と共有し、事務所からアドバイスや判断を即時に受けることができるため、技術職員たちからは安心・安全面について高い評価が得られたという。また、トランシーバーアプリの音声と画像をもとに報告書が下書きされるため、業務負担が軽減された。

「事務所にいながら現場の状況を把握できるなんて、奇跡のような心境でした。スピーカーから作業音や声をかけあっている様子が流れてくるだけで、現場との一体感が高まるものなのですね。単に『片道30分』がなくなるといった直接的な効率化だけでなく、コミュニケーションの改善が業務効率化につながるという、間接的な効果も出てくるのではないかと期待しています」(野原氏)

労働環境の改善は、「3K」と言われがちな林業に若い人材を呼び込むにも一役買いそうだ。1995年に7つの組合が合併して生まれた揖斐郡森林組合は、「従業員のため、その家族のため、組合員のため、次世代へ森林を繋げるため」という理念を掲げ、間伐を主とした森林整備、作業道開設などの従来事業に加え、木くずの処分、チップ化といった素材生産やバイオマス燃料の供給など、次世代を見据えた新事業やそのための人材育成に取り組んできた。

同組合業務課長の寺田啓起氏は、こう語る。

「担い手不足解消のため、職員がオリジナルのロゴマークをデザインしたり、制服をリニューアルしたりと、イメージアップを図ってきました。少しずつ若い人が増えてきた代わりに、技術と知識の継承という新たな課題も見えてきたので、実証実験の結果を就業環境の改善につなげて、他産業と遜色のない職場にしていきたい。それが、林業就労者の育成と定着につながるはずですから」

地域共創リーダーとして
地銀が果たす役割は?

今回の実証事業の主幹事を務めた大垣共立銀行は、基本理念「地域に愛され、親しまれ、信頼される銀行」の実践こそが地域密着型金融であると定義し、地域の面的再生への積極的な参画を図ってきた。そして2022年5月に自治体向けコンサルティングチーム「ローカル・コ・プロジェクト」を発足し、共創型のアプローチで地域課題の解決に挑んでいる。

今回の実証実験を統括した同行ローカル・コ・プロジェクトの山内裕治氏は、「ICT活用の他、地域アプリの導入支援やご当地グルメの開発など、地域課題の解決やブランディングに資するさまざまな事業を行ってきました。今回は林業分野でのICT活用がテーマだったため、当社グループとしても森林空間の活用をテーマとした『アウトドアフィールド構想策定業務(2022年度~)』などでご縁のあった揖斐川町にお声がけしました。古いおつきあいだけに、この地の魅力も課題も把握できており、実証実験にぴったりだと判断したのです」と振り返る。

大垣共立銀行
ローカル・コ・プロジェクト プロジェクトリーダー 山内裕治氏

同事業に参画した他の企業・団体も、地域内でつながりのある間柄だった。岐阜大学がアカデミアとしての知見を、よだか総合研究所がアンケート等の設計を、岐阜県立森林文化アカデミーが林業のアドバイスを行い、GOCCO.が成果を伝える動画等を制作し……と、互いの強みを活かし合った共創がスムーズに進んだという。

一定の手応えを得た実証実験だが、Wi-Fi HalowとStarlinkを組み合わせた今回のシステムが「100%完璧とは言えない」と山内氏は言う。例えば、通信規格の都合で速度制限がかかるため、現場によっては通信が途切れてしまうケースもある。また、揖斐郡森林組合の野原氏が「奇跡」と表現したように、DXによる業務改善を図る前に、ICT整備によって解消できる課題がまだまだ潜在している可能性がある。

「これまで遅れていた分、伸び代が大きいということです。実証実験の結果をしっかりと分析し、さらなる改善に取り組み、『揖斐モデル』として県内他地域に広げられるようなソリューションにしていきたいと思います。そして、同様の課題を抱える全国の地域にも普及させていきたいです」(山内氏) 

 

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